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ニューヨークでの出会い、大切な人との別れ、すべてを音楽に込めて

 小4でチャーリー・パーカーの演奏と出遭い、5年へ進級した頃には地元・札幌のオーケストラでジャズを演奏していた。最年少記録の13歳でボストン・バークリー・アワードを受賞、高校時にメジャー・デビュー。バークリー音大へ進学してからも、アルバム制作や有名フェスティヴァルへの出演を適える躍進ぶりで、23歳ながらすでにその名は世界中に轟いている。

 「バークリーを卒業し、私は初めて音楽家として一人立ちをしました。日本人であり女性であり、言語の壁もあって厳しい現状を体験しています。でもアメリカと同化するのでなく、アメリカに暮らす日本人として何をやらなければならないか。そんな気づきを音にして残したい…それが制作の一番のきっかけでした」

 人の庇護のもとで演奏してきたこれまでとは異なる、人生における第二ターム。逞しく生きるしかなくなった寺久保の、その第1弾である。ブラインドで聴けばきっと、太っちょな黒人が汗水を飛び散らせながら無性にサックスを吹く図を思い浮かべるだろう。ただどこを切っても一分のダレを感じさせないこの繊細な16分音符の奔流は、彼女自身の表情に他ならない。

寺久保エレナ A Time For Love Celler Live/King International(2016)

 「ニューヨークへ出てすぐ、大切な出会いがありました。ヴィンセント・ハーリングさんとは、彼のライヴに飛び入りした時から固い師弟関係を結びました。志向がぴったり同じで、そんな存在って砂漠で指輪を探り当てるようなもの。どうやら彼は私に、宝物をプレゼントしてくれたようです。懇意にするレーベル社長とかけ合い、彼らの共同プロデュースで『ア・タイム・フォー・ラヴ』を制作させてくれたわけです」

 これまで以上にジャズ文化の源流を探るべく向学心が満載されていて、ビ・バップ好きには堪らない1枚になった。楽器の鳴りも変化を窺わせ、マウスピースは奥津乾のトラディショナルに(現在は同じ奥津乾のビンセント・ハーリング・カスタム6番)、リードはバンドーレンに変更。この組み合わせでまた新たな吹奏を入手し、創作意欲を掻き立てたものと思われる。

 「そして、デビューから私をプロデュースしてくださった伊藤八十八さんの逝去。ちょうど卒業したての頃で動揺したけど、私の独立を促してくれたんだと考えるようにしました。《88》は闘病中の八十八さんに捧げたオマージュ。さらに、ハーリングさんを通じてお会いする約束をしていたフィル・ウッズさんは、この録音が済んだ直後に亡くなられました。病床にありながら面会を楽しみにされていて、そんな複雑な心情もすべて、今回の作品には詰め込んでみました」

 何より各曲ソロで見せるすさまじい彼女のプレイ・スピリットに、誰もが度肝を抜かれるに違いない。