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デヴィッド・ボウイから学ぶ
そして未来を考える

 デヴィッド・ボウイは不死身のように見えた人だった。彼と仕事でかかわった人を何人か、僕は子供の頃から知っていた為に、どこか身近に感じていた。ボウイは高度なアート、文学、哲学、シネマ、シアターからポップス、R&B、ファッションまでを一般的にヒットできる形で作品を発表出来た人だった。70年代ではボウイと共にルー・リードピーター・ガブリエルがこのように哲学や文学をロックやポップスの表現でヒットさせた。今は、ビョークが、このような活動をしている。ダンサーであり独特のシアターを作っているリンゼイ・ケンプとの出会いが、ボウイを成功させた『ジギー・スターダスト』のシアター・ロックを作るきっかけになった、という記事を多くの人は書いている。ケンプは様々な経験を教えたように思うが、影響はお互いにもあったと僕は思う。

 ボウイの父親はシアターの世界に入りたかった人だった。ボウイが生まれた頃には、パブリシティの仕事をしていた。13歳のボウイに文学と哲学書をたくさん読むように薦めていた。その中でも、オスカー・ワイルドは彼の作詞に大きく影響した。

 ボウイの母親側の家族には躁うつ病患者や分裂病患者が数人いた。遺伝的に伝わっているとみんなが信じていた。ボウイの異母兄は躁うつ病で病院に入院するようになり、1985年に自殺した。ボウイ自身はセラピーには絶対に行かないと決めていた。自分の感じている問題を芸術作品にして、作詞作曲をして、パフォーマンスをする事が自己セラピーになると語っている。それを聴く多くの人にとっても、そうした曲は、セラピーの代わりになると僕も思う。カール・ユングに次の言葉がある;『自分自身の暗闇が理解できれば、人の暗闇についても理解できる。自分を自分で受け入れるほど自分にとってコワイものはない。』『無意識にあるものを意識するようにしなければそうしたものがあなたの人生を支配してしまう。無意識にある世界に意識を向けることは、いたみなしではできない。』(『THE RED BOOK』よりAyuo訳)彼の異母兄が精神病院に入院した時に書いた《ALL THE MADMEN》等の曲にはこうした自分の暗闇を見つめるセラピー的な役目がある。

 

「★(ブラックスター)」と名付けられた最新作

 遺作となった2016年の1月8日に発売になったCDのシングル『ラザレス』には次の言葉を歌っている:『見て、今僕は天国に入る。人には見せられない傷を持っている。人には真似出来ない経験をしてしまった。みんなが僕を知っている。見て、僕は危機の中にいる。何も失うものがない。あまりにも、ハイになりすぎて、頭がいかれそうだ…。ニューヨークについた頃は王様のように暮らしていた。そして、君を探していた僕は、お金も全て使い果たしてしまった。この道か否か。僕は自由になる。あの青い鳥のように。』ボウイが二十歳の時から、今年の遺作までの多くの作品のプロデューサー、トニー・ヴィスコンティはこの詞を見て、『死をテーマにするの?』と聞いた。そうすると、もうすでに、癌の化学療法で髪や眉毛が抜けた姿のボウイは、ただ笑ったと語っている。彼は内心、死を恐れていた。それを詞や歌にして、自分の為にも人の為にも、その経験を歌い上げた。

DAVID BOWIE ISO/Columbia/ソニー(2016)

 

リンゼイ・ケンプとの出会い

 1967年にリンゼイ・ケンプと出会い、彼のダンス・クラスに行くようになった。ケンプは、英国ロイヤル・バレエ団の入学を断られた時に、自分で自分のスタイルを作ると決心したダンサーで、ストリートに住みながら、パフォーマンスを始めた。ダンスの世界にはゲイの人達が多く、ケンプもそうであった。ダンス、マイム、シアター、歌舞伎の影響を混ぜた独自のスタイルを作り、振り付け師としても注目され出した人だった。ケンプはコクトー、ジュネ、ワイルド等の影響から自分流のシアターを作っていた。ジュネのように犯罪者と共に暮らしていた。彼はボウイにも次のように教えた:『ここから少し盗み、あそこからも少し盗み、それから、想像力とテープとおがくずでくっ付けながら、元よりも良いものを作る。人に好かれていれば、みんなが手伝ってくれる。』

 ケンプはボウイに催眠術と身体を自由に使えるように教えた、と語っている。ケンプは不思議な魅力を持っている人だ。ケンプと彼のカンパニーのメンバーたちは、僕が中学生の頃に、僕の家族の家に数ヶ月の間、毎日のようにいた時があった。家で中世ヨーロッパ音楽からワーグナーラヴェルのレコードをかけて、シアターの音楽を選曲していた。その頃、ボウイに会いに行って、ケンプの『サロメ』の制作の為の寄付金をもらっていた。ボウイはケンプに無声映画『メトロポリス』を見せながら『ダイアモンドの犬』をきかせた。僕の当時の両親との家庭は、カンパニーのメンバー達の出入りがきっかけで崩壊した。面白い面もあったが、大変な面もあった。

 ケンプの衣装デザイナーで、後に70年代後期のボウイの衣装をデザインしたナターシャ・コーニロフが、ケンプは当時ボウイに厳しかった、と語っている。しかし、ボウイはそれ以後ディレクションをするのがうまくなっていた。彼は自分のバンドメンバーをバレエ公演等に連れて行って、その照明の使い方に注目してくれ、等と教えるようになった。ピアニストのリック・ウエイクマンはボウイを見て、プロの音楽家の本来の姿を理解した、と語っている。ボウイはギターで自分の曲を歌って見せ、そのプレイヤーからどんな音が欲しいのかを伝える能力を持っていた。バンドがちゃんと練習していないと、『練習してから来い』、と言って帰らせてしまう。

 

変化が進化であるために

 彼は常に時代の新しい事に敏感だった。デヴィット・ボウイは90年代の後半から誰よりも早く知的財産の価値がなくなる事を予想していた。知的財産とは音楽、映像や文章の権利の事だ。一つの答えとして、Bowie Bondsという株を97年に作り、10年間、ボウイの全ての著作物の権利を株にした。これは当時、革新的なアイディアだった。ジェームス・ブラウンもこのアイディアをすぐに真似した。ボウイの株は、売り出した97年には高い値段が付いていた。ボウイは最初5500万ドルを稼いだ。しかし、2007年にはジャンク品より少しましくらいの価値に落ちていた。これはYoutube、ダウンロードやシェアリングにより、CDセールスが全体的に落ちた結果として見られている。ボウイは、『この次の10年間で、今までの音楽の在り方は変わってしまう。著作権もだんだん無意味になり、音楽は水道の水や家庭電器のように流れてしまうものになってしまう。新しい音楽を制作するのは今のうちだ。そのうち、音楽家は稼ぐ為のツアーしか出来なくなるだろう』と語っている。

 CD、DVD、本、映画作品等の新作が作られなくなっている今の状況について、多くの人達が語っている。もう少し予算があったら、より良くなるだろうな、と思わせる作品が最近多くある。哲学者のハイデッガーは芸術が落ちて行くのは、その文明が落ちて行く前触れになるという事を語っていた。私たちは過去の文明を見る時、その残された芸術作品で判断している。これからの時代に必要なのは、哲学や科学を考えながら、新しい芸術を作ることができる新しいインテリジェンスだと僕は思う。

 21世紀になると共に、20世紀までの哲学(サヨク思想、ウヨク思想)は古くなった。オカルティズムの流行は哲学が左翼にハイジャックされて、信用が失ってしまったから勢いづいている。今の社会は50年前とは違う。今の社会は1968年の学生運動をやっていた世代がリードしている。ビル・ゲイツやグーグルを作った資本主義での共産主義のシェアリングの世界は文化全体に大きなダメージを残すだろう。ボウイは10年前に、イギリスの政治哲学者ジョン・グレイの影響を受けたバンド、ザ・ストリートを聴くと良いと言っていた。僕は、知的財産の問題についても多く語ってきたスラヴォイ・ジジェクを読むことも今重要だと思っている。時代は変わった。そして、これからも変わらなければいけない。新しいアートをサポートする人が今まで以上に必要になるだろう。

 


David Bowie(デヴィッド・ボウイ)[1947-2016]
1947年1月8日生まれ。本名デヴィッド・ロバート・ジョーンズ。ビートルズローリング・ストーンズらと並んで、20世紀のイギリスを代表するロックスターの一人。『ジギー・スターダスト』『レッツ・ダンス』などで次々とロックの歴史を塗り替える。映画『戦場のメリークリスマス』への出演も話題となった。2004年以降、第一線から退いていたが、2013年に『ザ・ネクスト・デイ』で電撃復活。2016年1月10日、癌により死去。69歳の誕生日に『★(ブラックスター)』を発表した矢先であった。


寄稿者プロフィール
AYUO(あゆを)

作曲家・作詞家・ヴォーカル、ギター、ブズーキの演奏者。十代の前半からデヴィッド・ボウイ、ルー・リード、ピーター・ガブリエルの影響でニューヨークで文学、哲学と音楽の総合作品を作り出す。18枚のCDを日米で1984年から現在まで発売。近年ではダンスと演劇的な要素を混ぜた音楽劇や室内楽の作品を発表している。2016年は渋谷の公園通りクラシックスとラスト・ワルツでシアター・ロックのバンド、ジェノームとソロで活動中。
ayuoworldmusic.wordpress.com/


ドキュメンタリー映画 『デヴィッド・ボウイ・イズ』

(C)2014 V&A MUSEUM

監督:ハミッシュ・ハミルトン
出演:ヴィクトリア・ブローク スジェフリー・マーシュ/デヴィッド・ボウイ
配給:カルチャヴィル(イギリス 98分)
◎2/20(土)より、MOVIX宇都宮、MOVIX伊勢崎ほか順次公開
◎2/27(土)~3/4(金)6日間限定上映 Bunkamuraル・シネマ 連日19:35~
*3/3(木)は休映
www.culture-ville.jp/