ピアノに愛された魔法の左手で世界を紡ぐ

NICHOLAS McCARTHY ソロ~左手のためのピアノ編曲集 Warner Classics(2016)

※試聴はこちら

 現代イタリアの作曲家エイナウディによる瞑想的でノスタルジックな人気曲《彩りの日々 / I Giorni》で幕を開け、有名なオペラ曲やラフマニノフのヴォカリーズ、リスト《愛の夢》と続く選曲の妙。このアルバムが〈左手だけ〉で演奏されているとは、にわかには信じ難いかもしれない。しかし生まれてから左手のみで世界と渡り合ってきた彼の努力がそれを可能にした。

 「自分の編曲でも共同作業でも、弾きたいと思った曲を仕上げる過程が好き。ペダルを駆使して音を持続させ、指を高速で動かすことで魔法が生まれるんだ」

 なかでもパラフレーズの天才、ゴドフスキーの手で超絶技巧の練習曲になったショパン作品2つは圧巻。

 「ゴドフスキーの編曲はオリジナルより音数が多いかもね。広く愛されている《別れの曲》は歌うような旋律はそのままで美しい変化が加えられ、《大洋》の方は波がうねってぶつかり合う様子がより効果的に表現されている。むしろ手が3本必要なくらいだよ(笑)」

 練習のやり過ぎで痛めた右手が回復する間、左手で演奏するためにスクリャービンが書いたという《夜想曲》はマッカーシーの運命を変えた楽曲とか。

 「初めて聴いた瞬間に夢中になったこの曲が、左手演奏曲という多様性のある世界への道筋を示してくれた。中間部の激しいところが負けず嫌いなスクリャービンの性格をよく表しているような気がして、凄く共感できる。以来、彼の音楽の虜になった。特に対照的な感情を描いた練習曲 作品8-12《悲愴》と作品2-1が好きで、ホロヴィッツが演奏する映像を目にした時には感動して涙が溢れた。今回《夜想曲》に加えて、信頼するアルトゥール・シミーロの編曲でこの練習曲2つを収録できたことが嬉しくてたまらないよ」

 後半ではスタンダードナンバーにもなっているガーシュウィンの2曲《私の彼氏》と《サマータイム》(マッカーシー自身の編曲)が聴きどころ。また、R.シュトラウスの壮大な歌曲《明日》にも歌心が感じられる。

 「歌手は自分にとって憧れの存在。例えば《明日》を演奏する時に、親指が歌い手で残りの指がオーケストラってイメージするとうまく弾けるような気がする」

 締めは英国人ナイジェル・ヘスによる書き下ろし曲。ピアノに愛された奇跡の左手に魅了される1枚だ。

 「デビュー盤なので制作には時間をかけた。編曲家としての一面も含めて自分のポートレート的なものにしたかったから。こだわったのは左手のために書かれたレパートリーの奥深さを紹介しつつ、ライトなクラシック・ファンにも楽しんでもらえるような選曲。僕自身いろんな音楽を聴くからね。ニーナ・シモンや近年はアデルを愛聴してる…彼女は英国の誇りだよ!」