エラリー・ロバーツエボニー・ホールンによる男女デュオ、ラー。この2人は恋人同士でもある。付き合いはじめた頃はエラリーがマンチェスターに、エボニーがアムステルダムに住んでいたようだが、現在はエボニーの地元で同棲中だ。彼らの出会いは運命的だったとか。以下、先日行ったメール・インタヴューより本人たちの言葉を紹介しよう。

 「出会いは2012年の冬。怪我をして、流血しながら僕が家に戻った時だ。その家はマンチェスターの地元ミュージシャンやアーティストとシェアしていたんだけど、そこにエボニーがポツンと独りで座っていた。彼女は友人を訪ねてアムステルダムから来ていたみたいでね。瞬間的に僕らは何かを感じ合い、忘れられない週末を2人で過ごし、その後はネットを通じてコンスタントに連絡を取り続けた。そしてついに、一緒に暮らしはじめたんだ」。

 エラリー・ロバーツという名に見覚えのある方もいるだろう。何を隠そう、彼はウー・ライフでフロントマンを務めていた人物だ。同バンドでは現代社会に対する疑問を歌い、自分たちの歌を〈ヘヴィー・ポップ〉と形容していたエラリーだが、そのスタンスはラーにも受け継がれている。

 「この世界はゆっくりと内側から壊れていっているように感じる。テクノロジーの急速な発達、そのことが世界の至るところに及ぼす影響を横目で見ながら、人間の存在意義をみずからに問い続けているんだ。未来に見える〈魂の灯り〉を捉えられるように、また願いを込めた火の矢が〈将来〉という向こう岸に届くように、2人で日々がんばっているよ」。

LUH Spiritual Songs For Lovers To Sing Mute/TRAFFIC(2016)

 彼らの日々の努力の結晶とも言えるのが、このたびリリースされる『Spiritual Songs For Lovers To Sing』だ。ハクサン・クロークをプロデューサーに迎えたこのファースト・アルバムは、エモーショナルで、どこか厳かな印象すら受ける一枚に。激情が迸るエラリーのしゃがれたヴォーカルの後ろでは、電子音と生音が入り乱れ、さまざまな音楽テイストが飛び交っている。ラウドなギター・ロックもあれば、チェンバー・フォーク的なナンバーもあり、エレクトロ・グランジといった雰囲気のものもあって、収録曲は実にヴァラエティー豊か。アルバムのインスピレーション源を訊ねてみると、アムネシア・スキャナーグズグズといった気鋭のエレクトロニック系アーティストから、ナイン・インチ・ネイルズデペッシュ・モードなどの大御所まで、さまざまな名前を挙げてくれた。なるほど、数多くの要素が交配しているわけだ。

 そんな本作のなかからもっともユニークなナンバーを選ぶとすると、“$oro”だろうか。同曲は静謐なムードで始まり、突如激しいガバに変貌するという珍妙な構造になっている。リリックに込められたメッセージも興味深い。

 「“$oro”はバンコクで書いた曲。スラヴォイ・ジジェクの著書『終焉の時代に生きる』の内容を反映させながらね。この本は大衆文化、侵略的資本主義、国内資源開拓、限りある惑星での成長限界などについて書かれたものだよ。指摘されたガバについては、以前にエボニーから教えてもらったんだ。あのアッパーで能天気な感じが、〈消費者の馬鹿騒ぎ〉という“$oro”のテーマにピッタリ合致すると思ったよ」。

 〈消費者の馬鹿騒ぎ〉とは何とも挑発的な言葉だが、スラヴォイ・ジジェクは反資本主義を唱えていることでも有名な哲学者で、そう考えると妥当な言い回しにも思える。一方で、〈ラーだって音楽業界という資本主義の一部じゃないか〉なんてツッコミの声が聞こえてきそうな気も……。確かにいまの世界を生きるうえで、完全に資本主義から逃れるのは難しい。しかし、その仕組みの内側から現状打破をめざす2人の挑戦は、注目に値するだろう。

 


ラー
エラリー・ロバーツとエボニー・ホールンのデュオ。元ウー・ライフのエラリーと、ヘリット・リートフェルト・アカデミーでオーディオ・ヴィジュアルを専攻していたエボニーが2012年にマンチェスターで出会い、ユニットを結成。エボニーが拠点を置くアムステルダムで同棲を始め、音源や動画、写真を発表するようになる。2014年に配信シングル“Unites”がPitchforkの〈ベスト・ニュー・トラック〉を獲得。2015年10月のファーストEP『Lost Under Heaven』を経て、2016年初頭にミュートと契約。ハクサン・クローク制作の先行シングル“I&I”が話題を集めるなか、ファースト・アルバム『Spiritual Songs For Lovers To Sing』(Mute/TRAFFIC)をリリース。