INTERVIEW

ポーランド人ジャズ・ピアニストのレシェック・モジジェルが語る、ショパンを生んだ自国の音楽と自身の作品

(C)LukaszGawronski

 

ポーランド音楽 その光と影

 90年代以降のポーランドを牽引してきたジャズ・ピアニスト、レシェック・モジジェルが先月来日しCotton Clubで「Chopin - Classic go Jazz」と銘打ったピアノ・ソロ・コンサートを行った。プログラムは自身も含め、ほぼ全てポーランド人作曲家の作品で占められていた。日本人が断トツで一番好きな作曲家であるショパンを生んだ国ポーランドの音楽について現代最先端のアーティストの視点から語ってもらおう。

 「ショパンの音楽はきわめて複雑なものだ。例えばそのハーモニーも、彼の時代に誰も使っていなかった半音下げた音階を使った斬新なものだ。リズムは伝統のダンス音楽を引用しているのだけど、テンポ・ルバートという独特のテクニックを駆使しないと演奏できないんだ。僕は、階段を上れば上るほど降りるのに時間がかかるという例えでそのリズムを表現するんだけどね。ショパンに限らず、ポーランドの音楽にだけ聞かれる独自のリズムなんだ」

 コンサートではポーランド・ジャズのゴッドファーザーと言うべき伝説的な作曲家クシシュトフ・コメダの作品も演奏された。モジジェル自身もドイツのACTにピアノ・ソロのカヴァー・アルバムを録音している。

 「実は録音当時の僕は作曲家としての自分に自信を失って落ち込んでいたんだ。抒情的で劇的でありながら、苦しみも抱え込んだコメダの音楽を演奏するのがピッタリだと考えた。彼は少年時代両親に音楽を禁じられていたし、赤毛で片足が短くて周りからバカにされていた。だから自分の内面に想像の世界を作って、そこに逃亡するような音楽なんだよね。マイルスコルトレーンと同じくらい強烈な世界だと僕は思うよ」

 93年に発表された彼のデビュー作はショパンをピアノ・ソロで演奏する当時では画期的な大傑作だったのだが、実はショパン・ジャズ・ムーヴメントを仕掛けたプロデューサーの押しつけだったという。ネガティヴなところから出発して偉大な創造につなげるのは、悲惨な歴史を経て芸術大国になったポーランド人特有のスピリット。ブルースに通じるものもありそうだ。

 「いや、僕はブルースが苦手でね(笑)。魂の癒しにはなるだろうけど構造的には単純だから。そもそもジャズをやり始めたのはチック・コリアのエレクトリック・バンドを聴いて、学校で習っていた知的で複雑な作曲技法を新しいサウンドで演奏できると知ったから。僕にとって音楽は知的な満足を得るためのものだ」

 ポーランド人作曲家としての矜持も訊いてみた。

 「グローバルなアーティストであるためにはローカルを掘り下げないといけない。自分だけの独創性は、そうやってはじめて生まれるものだと思うよ」

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