豊かな音楽語彙から生まれた「現在」のサウンド

 アメリカの画家チャック・クロースによって2011年に描かれた肖像画の一部をあしらったジャケットによるポール・サイモンの新作。クロースはスーパーリアリズムの手法で、自画像やアーティストなどの肖像を描く画家で、近年の作品は、このジャケットのように画面を細かいグリッドに分割して、点描的な手法で描かれている。現在、半身不随となり、車いすでの生活をおくりながらも精力的に制作を続けている。彼が描くのはつねにポートレートであり、何を描くかではなく、どのように描くかがつねに問題とされる画家である。

 1986年の名作『グレイスランド』のプロデューサーとして、南アフリカに同行したロイ・ハリーは、続く90年の作品で、ブラジル音楽を導入した『リズム・オブ・ザ・セインツ』では、エンジニアをつとめた。ハリーは81歳で、すでに現役は引退していたが、サイモン(彼もなんと74歳)はハリーをプロデューサーとして再び召喚、ついに先の2枚の革新的な作品を凌駕する作品が完成された。

PAUL SIMON Stranger To Stranger Concord/ユニバーサル(2016)

 この作品の特筆すべき点は、息子からその存在を知らされたという、民族EDMクラップ!クラップ!の参加とともに、ハリー・パーチの楽器が使用されているということだろう。パーチは12平均律ではなく純正律による作曲を行ない、それにもとづく改造楽器、1オクターヴが43の微分音からなるオルガンなどの自作楽器によるアンサンブルで活動を行なった。ある創作上の行き詰まりの中から、パーチの音楽へと導かれたという本作では、それらと現代の電子楽器やビートが一体となった、きわめて希有な音楽が創造されている。インスピレーションとしてのパーチが、楽曲に浸透し、共鳴するそのサウンドは、さまざまな音楽の蓄積をいかに紡ぐのか、どのように歌うのか、ということが、現在のアクチュアルな音楽を作るのだということを思わされる。

 このアルバムは友人としてのクロースに、そしてS&Gのマネージャ、モート・ルイスに捧げられている。