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鈴木雅之、ブラック・フレイヴァーで日本の歌謡シーンを変革してきたラヴソングのマエストロたる偉大な歩みを振り返る

【PEOPLE TREE】 鈴木雅之 Pt.1

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  • 2016.08.04

30年前にソロ活動をスタートして以降は、ラヴソングのマエストロとして絶対的なポジションに君臨しているマーチンこと鈴木雅之。〈還暦ソウル〉を掲げて赤いジャケットを纏ったニュー・アルバム『dolce』は、衰え知らずなヴォーカルで過去と未来を繋ぐ、ビターでスウィートな魅力に溢れる充実作に仕上がっている。サングラス越しに日本の歌謡シーンを見つめ、ブラック・ミュージックのフレイヴァーを注いでマイルドに変革してきた、そんな男の偉大な歩みをここで振り返ってみよう!

 昨年でデビュー35周年、還暦を迎える今年がソロ・デビュー30周年……と考えれば、もはや活動歴におけるソロ・キャリアの積み重ねには揺るぎないものがある。そうした長い歳月を通じ、ラヴソングのパティシエとして苦くも甘い歌世界を伝えてきた鈴木雅之。〈マーチン〉の愛称で親しまれる彼が日本の音楽シーンに絶対的な地位を確立するうえで個性の核としてきたのは、いわゆるブラック・ミュージックへの敬愛だろう。ドゥワップに端を発し、同時代のソウル~ディスコブラック・コンテンポラリーと並走してきた彼は、R&B/ヒップホップが世界的な大衆性を獲得してポップスのメインストリームに浸透する以前から、それを表現の源泉としてきたのである。今回は節目を飾るニュー・アルバム『dolce』を機に、そのキャリアを駆け足で振り返ってみよう。

鈴木雅之 dolce エピック(2016)

不良性とソウルフルな色気

 1956年9月22日生まれ、東京の大森出身。小学生の頃から姉の影響でソウル/R&Bを聴いていたという早熟な彼が、高校時代に観た映画「ロックンロール・ エクスプロージョン(Let The Good Times Roll)」(73年)に魅了され、やがて学生時代の仲間や幼馴染みたちとシャネルズを結成したのは75年。映画「アメリカン・グラフィティ」(73年)の余波で世界的なオールディーズ・リヴァイヴァルが進んだ時代、シャ・ナ・ナに倣ってアメリカン・オールディーズを演奏していたバンドも、そこからドゥワップを個性として強調していくようになる。そこに説得力を与えていたのが、不良性とソウルフルな色気を兼ね備える鈴木のリード・ヴォーカルだったのは言うまでもないだろう。

 趣味性の高さを追求しながら活動を始めたグループに、アマチュア時代から目をかけていたのが大滝詠一だ。彼の『LET'S ONDO AGAIN』(78年)には鈴木やシャネルズが変名で抜擢され、ステージでも共演(後に鈴木の『ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~』にて79年の共演ライヴの模様が音源化された)。そのように早耳から支持を広げてTV出演なども経験していった結果、シャネルズは80年にデビューを果たすのだった。

鈴木雅之のベスト盤『ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~』ダイジェスト音源
 

 シャネルズといえば、往年の黒人コーラス・グループへの憧れを無邪気に表現したヴィジュアルのイメージが強いという人も多いだろう。肌の黒塗りに派手なタキシード、白い手袋という装束は、デビュー前に多くのコンテストを経験するなかでインパクトを欲した結果だというが、そんなエンタメ精神とドゥワップを基盤にした新鮮な歌謡性はお茶の間にも強烈な印象を残し、デビュー・シングル“ランナウェイ”はいきなりチャート首位を獲得している。続く“トゥナイト”(3位)、翌81年の“街角トワイライト”(1位)、“ハリケーン”(2位)と次々にヒットが誕生。83年にはシャネルズからラッツ&スターに改名して“め組のひと”や“Tシャツに口紅”などの名曲を重ねていく。グループは85年の“レディ・エキセントリック”を区切りに実質的な活動休止に入るのだが……そんな濃密な期間もマーチンのキャリアにおいては序章に過ぎなかった。

 

大人の味わい

 86年2月、三十路を前にした鈴木はシングル“ガラス越しに消えた夏”でソロ・デビューを果たす。同時リリースのアルバム『mother of pearl』共々、作曲とプロデュースに大きく携わったのは、当時のレーベルメイトだった大沢誉志幸だ。グループ時代からソングライターとしても成果を残し、実姉である鈴木聖美のデビューを後見するなど裏方としても手腕を発揮するマーチンではあったが、いわゆる自作自演やセルフ・プロデュースにエゴを傾けないスタンスは、折々のコンテンポラリーなスタイルへ己の適性を磨き上げる歌い手としてのチャレンジ精神、ヴォーカリストとしての個性に対する自信の表れでもあったのかもしれない。

 そこから山下達郎小田和正安藤秀樹中崎英也松尾清憲といった多様な顔ぶれ(いわゆるシンガー・ソングライターの書き下ろし曲が多いのも特徴だ)をパートナーに迎えてコンスタントにリリースを続け、毎年のツアーで精力的にパフォーマンスを重ねていくなかで、彼はシンプルに歌い手としての魅力を浸透させていく。ソウル・ミュージックへの強いこだわりは当然ありつつ、それはもう野暮なアピールをする必要もなく滲み出るものとなっていた。黒人音楽への憧れを根源とする彼の持ち味は強固なものであり、その娯楽性をソウル・ヴォイスによって日本のポップスと意欲的に結び付けることで、鈴木雅之のワン&オンリーな魅力は醸成されてきたのだ。

 ゆえに、90年代に入ってJ-Popのフィールドにおいて〈大人の歌〉が求められるようになった時節に、そのソウルフルな魅力がより広範な支持を獲得したのは必然だった。初のベスト盤『MARTINI』(91年)がミリオンを記録する一大ブレイク作になったのを契機に、“もう涙はいらない”(92年)、“恋人”(93年)、“違う、そうじゃない”(94年)、“夢のまた夢”(94年)などコマーシャルなヒットを数多く輩出。並行してポール・ヤングとの“COME ON IN”(91年)や菊池桃子との“渋谷で5時”(93年)などの名デュエットも残しつつ、グループ時代のイメージから自然に色合いを成熟させ、コンテンポラリーなソロ・ヴォーカリストとしての地位を不動のものとするに至ったのである。

 ソロ・デビューから10年という節目の96年にはラッツ&スターを再集結させ、大滝詠一の後見を受けた久々のシングル“夢で逢えたら”とベスト盤をリリース。それ以降のツアーではグループ時代の楽曲も披露するようになり、2001年には初のカヴァー・アルバムとしてルーツにあるソウル名曲を取り上げた『Soul Legend』を発表するなど自身のルーツを顧みるような局面も増える一方で、より積極的にコラボレートの幅を広げていくようになったのは、マーチンの軸にある表現の揺るぎなさの証明でもあった。この時期には『Tokyo Junction』(2001年)や槇原敬之田島貴男らをプロデュースに迎えた『Shh...』(2004年)で深みのあるミディアム~スロウを主体に洒脱な大人ぶりを見せている。

 後進からの評価も改めて浮き彫りになってきたこの時期には、MUROの招きで“浪漫SOUL”(2005年)に客演したり、トリビュート盤『SUZUKI MANIA』(2004年)も登場しているが、なかでも『Shh...』で腕を揮ったゴスペラーズとの縁は、ソロ・デビュー20年目のタイミングで初作『GOSPE☆RATS』(2006年)を発表したゴスペラッツの結成に実を結んだ。なお、そこにSkoop On Somebodyを加えた〈同好の士〉の集まりは、毎年恒例のイヴェント〈SOUL POWER SUMMIT〉へと発展していくことになる。

 

普遍的な歌心

 そこからの10年が30年史における直近のディケイドになる。この10年はさらに作風の振り幅を広げた時期と言ってもいいだろう。島谷ひとみとのヒット“ふたりでいいじゃない”(2007年)をはじめ、ゴスペラーズの黒沢薫と組んだエナメル・ブラザーズでの“She's My Girl”、菊池桃子と15年ぶりに再会した“恋のフライトタイム~12pm~”(2008年)などのキャッチーなデュエットも披露しながら、松尾潔をブレーンに迎えた『Champagne Royale』(2007年)以降の自作では、大御所の椅子に収まらない身のこなしで現行アーバンにも通じるソウル歌謡の更新に取り組んでいる。

鈴木雅之のベスト盤『ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~』収録、斉藤和義とのコラボ曲“純愛”
 

 一方、より広い意味で〈日本の歌〉を伝える思いが強まったのもこの数年の傾向で、2011年には初の邦楽カヴァー・アルバム『DISCOVER JAPAN』を発表。そこからさらに完成度を上げてきた続編『DISCOVER JAPAN II』(2014年)を聴けば、大滝詠一の急逝後はその気持ちがさらに深まったようにも思えてくる。そうでなくても、KREVAさだまさしMONGOL800キヨサク斉藤和義といった近年のコラボ相手を列記するだけで、偏狭な区分けを越えて自由に歌への愛を表現する彼の自由なモードは伝わってくるに違いない。アニヴァーサリー作品でありながら、ルーツにも未来にも等しく思いを馳せる新作『dolce』を聴く限り、心に残る歌を紡ぐマーチンの作法はこの先も変わることがないだろう。

 

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