〈夏が来れば思い出す〉で始まる、懐かしい歌。唱歌“夏の思い出”はいまから60年以上前に生まれた曲で、日本人なら小学校の音楽の時間とか、人生のどこかで耳にしたことがあるはず。でも、この何年かは、夏が来れば思い出すのはザ・なつやすみバンドのことだった。そういう人がじわじわと増えてきている。1年ぶりのニュー・アルバム『PHANTASIA』には、松田“チャーベ”岳二NAPPIら多彩なゲストが参加。さらに間口が大きく自由に広がったポップ・サウンドとロマンティックな詩情、そしてバンドとしての可能性を大きく更新する冒険性が散りばめられている。

今回は、ソングライティングなどバンドの中核を担い、2人のユニット=うつくしきひかりでも活動を共にする中川理沙(ヴォーカル/ピアノなど)とMC.sirafu(スティールパン/トランペットなど)にインタヴュー。NHK「助けて! きわめびと」に提供した“森のゆくえ”や、ラップ・ユニットの嫁入りランドを迎えた“GRAND MASTER MEMORIES”、ライヴで人気を集めている“ハレルヤ”、想像力が見せてくれる世界の広さや奥深さを讃えるタイトル曲“ファンタジア”など、新曲のエピソードを交えつつ、ザ・なつやすみバンドの〈これまで〉と〈これから〉を語ってもらった。

ザ・なつやすみバンド PHANTASIA スピードスター(2016)

 

想像力が何よりも大事

――前作『パラード』(2015年)から約1年でサード・アルバム『PHANTASIA』の登場。この早いペースにはちょっとびっくりしました。初作の『TNB!』(2012年)と『パラード』は約3年空いたから、前作にはライヴで結構やりながら固まっていった曲もたくさん入っていて。今作は、アルバムのための新曲がもっと多いですよね。

MC.sirafu「ちょっと初心に戻ったというか、より自由な感じがあるんですよね。みんながザ・なつやすみバンドに求めているイメージは、やっぱりファースト・アルバムなんですよ。あのアルバムは本当にお金もかかってないし、情熱とかそういうものだけで作ったんですけど、あれを聴いた人たちが捉えた〈なつやすみ感〉を見ると、こっちが意図していた以上に奇跡的なものがコンパイルされていたようなんです。ただ、バンドって進化していくわけで、もうあれは作りたくても作れない」

中川理沙「うん。あれはあれで、もういいんです」

MC.sirafu「『パラード』は、よりストーリー感を大切にした作品で、僕にはファーストとセカンドのどちらか一枚というより、2作全体で〈なつやすみ感〉がある。今回はその中間という感じがしますね」

――中川さんはどうですか?

中川「前作よりは、もうちょっと聴きやすく作ったかな。セカンドでもポップなものを作ったつもりだったんですけど、少しクラシックっぽくしたり、すっと入りにくい部分もあったのかなと思ってて。今回はそんなに難しいことは考えずに、でもおもしろいことをしたいと思っていました。わりと曲の構成もシンプルになった」

MC.sirafu「僕は、今回のアルバムについて〈普通にポップ・ミュージックだよ〉という意識があるんです。ただ、シンプルに作るという作業がすごく難しくなっていることにも気が付いて」

――演奏力や構成力が上がってくると、そっちの快感を求めてしまって、シンプルなままでいるというのが難しくなるのはわかります

MC.sirafu「でも、僕らが最初にロックンロールを見て感動したのは、そういうシンプルさなんですよ。意図的に構築されたものではないのに、無意識的にできちゃっている部分。あとは発想の純粋さですよね。そういう音楽には最初の一音で〈あ、これいい!〉と思える瞬間がある。この間対バンしたおとぎ話もそうですけど、〈この人たちはこれをやるためにすげえ長くバンドをやっているんだな〉という説得力に感動する部分もあるじゃないですか。そういう感覚を大切にしたいと思って作った曲たちが、今回のアルバムには入ってます」

――そういう意味では、前作までがザ・なつやすみバンドの〈これまで〉だったとしたら、今作には〈ここから〉を感じました。『パラード』には〈自分たちが暮らす日常を讃える〉という物語性があったと思うんです。そういう意味だと、今回は物語の先にあるものを描こうとしている。

中川「意識はしてなかったけど、出来てみると、そうなったのかもしれない」

MC.sirafu「実は、アルバムを作るうえでの特別なテーマはなかったんですよ。でも、集まってきた曲たちを並べていくうちに、『PHANTASIA』というアルバムのタイトルが決まって、そこから1曲目に収録された“ファンタジア”の、想像力や空想が放たれていくという歌詞が書けて。僕らの想いが突き抜けて誰かに届いたり、僕らの作るおもしろいものが弾け飛んでいったりするイメージを曲にしたんです」

中川「sirafuさんが作った“ファンタジア”の歌詞を読んで、そこからアルバムのテーマがなんとなく見えて、私も他の曲の歌詞が書けるようになりました。私も想像力が何よりも大事だと思っているから、その要素を自分なりに採り入れて、それまでに作りかけていた曲を仕上げていったんです」

MC.sirafu「この曲からアルバムが始まったというより、アルバムを作っている途中でこの曲が出来て、そこで見えてきた感じですね。アルバムを完成させるために去年からみんなで1年間やってきたことが、“ファンタジア”で実を結んだというか」

――この1年は、メジャー・デビューを機によりいろんな人たちに自分たちの音楽を聴いてもらう機会が増えた年でもあったと思うんですけど、それもある程度影響していますか?

MC.sirafu「NHKから音楽の仕事が来たり、届いているところには届いているんだなという感じはありましたね」

中川「お客さんも増えましたし。でも、自分たちではそういう影響とかは考えずに駆け抜けてきた感じがあります」

MC.sirafu「地方でライヴをして、その土地の人たちとの繋がりを感じる――そういう体験の結果が『パラード』だったとしたら、僕らの体験し得なかった部分で、ザ・なつやすみバンドの音楽が世の中に広がっていく実感が作用したのが『PHANTASIA』という部分はあるかも」

――“森のゆくえ”もNHKからの依頼で作られた曲でしたね。

MC.sirafu「NHKは2つの番組と仕事したんですけど、“D.I.Y. ~どこまででもいけるよ~”を提供した『シャキーン!』、“パラード”と“森のゆくえ”が使用された『助けて! きわめびと』のどちらにも、依頼してくれた側にザ・なつやすみバンドへの愛があったんですよ」

中川「そうなんです。楽曲を依頼されたときに、スタッフの方が〈どういう気持ちで番組を作っているか〉や〈どうして、ザ・なつやすみバンドに曲を頼みたいか〉を説明してくださって。テレビで伝える仕事をしている人たちの考え方には、勉強になったことが多かったです」

2015年作『パラード』収録曲“パラード”
 

――例えば依頼のときにはどういうことを言われるんですか?

中川「『シャキーン!』だったら、〈子供たちにいろんな見方ができることを知ってほしい〉ということをテーマにしている番組だから、ザ・なつやすみバンドにも〈ひとつの物事でも見方次第で変わるんだよ〉という曲を作ってほしい、みたいな依頼でした。本当に子供たちのことを考えている人たちなので、そういう姿勢を見ながら曲を作りましたね。『助けて! きわめびと』は、毎回テーマに沿った専門家が困っている人の悩みを解決していく番組なんですよ。だけど、解決するときもあれば、あんまり上手くいかないときもある。〈きわめびと〉のスタッフからは、ザ・なつやすみバンドの曲はどんなときでも〈がんばれ!〉と背中をドンと押してくれるというよりは、〈まあまあ、大丈夫だよ〉と一緒に寄り添ってくれるような感じがするから、そういう曲を作ってほしい、と言われました」

MC.sirafu「この間〈きわめびと〉を観たら、虫が触れない主婦を助けるという内容でしたね。最後に、その主婦がクワガタを触れるようになった瞬間に“森のゆくえ”が流れた(笑)」

中川「〈きわめびと〉は、“パラード”がオープニングで、“森のゆくえ”がエンディングなんです。“森のゆくえ”を録音しているときに、番組スタッフが〈ザ・なつやすみバンドで始まって、ザ・なつやすみバンドに帰っていくのがすごく安心すると思うんです〉と言ってくれて。“森のゆくえ”の歌詞が“帰る場所”や“お守り”をテーマにしたものだったので、自然と繋がっていったのは良かったなと思ってます」

MC.sirafu「創作部分で、外の人が歌詞の面などに直接コミットしてきたのは初めてのことだったし、おもしろかった」

中川「そうですね。だから“森のゆくえ”には思い入れがあります」

MC.sirafu「そうした作業というのは、人に寄り添うというか、社会に寄り添うということだと思うし、いままでそういう仕事をあんまりしてこなかったバンドなんで、それができたのもすごく大きい。そういう感じもアルバムには出ているんじゃないかなと思いますね」

――なおかつ、そういう要求に応えていく仕事って、〈自分たちらしさとはなにか?〉を考えていく作業でもありますよね。

中川「そうですね」

――今回、そこの定義がちゃんとできたからなのか、アレンジ面でもすごく自由になっている気がします。いろいろ自由にやっていても〈ザ・なつやすみバンド〉の音になっている。

MC.sirafu「ちょっとずつバンドの技術も上がっていますから」

中川「リズム隊の2人(高木潤村野瑞希)も、どんどん上手くなっているし」

――アレンジ面での自由さでいえば、アルバム後半の入り口になっている“GRAND MASTER MEMORIES”もいいですよね。“S.S.W(スーパーサマーウィークエンダー)”の続編的な性格もある曲だけど、ラップと寸劇で嫁入りランドが参加したことで、さらに予測できない楽しさが増しています。

MC.sirafu「最初はまた、“S.S.W(スーパーサマーウィークエンダー)”みたいに、子供コーラスでやろうと思ったんですよ。でも曲を作ってみたら、子供のノスタルジーというより、もうちょっと先にある中高生の頃の、マジでどうでもいいような、あのしょうもない感じが合う曲だなと思えて。毎日だらだらした空気感を過ごしていた頃のムードがあって、ちょっと甘酸っぱくもある。じゃあ、子供コーラスより嫁入りランドかなと思って〈どう?〉とメンバーに訊いたんです」

中川「みんな〈それだ!〉ってなりました」

2014年の楽曲“S.S.W (スーパーサマーウィークエンダー)”のトレイラー映像
 

MC.sirafu「嫁入りのみんなには、僕が適当にラップを入ったトラックをあくまで参考として渡しましたけど、リリックはみんなで好きにやってもらいました。最初に嫁入りからあがってきたリリックは、もっとえげつない感じでしたね(笑)。それも最高だったし、嫁入りのそういうところも活かしたいけれど、僕はこの曲が『みんなのうた』とかで流れたら最高だな、『みんなのうた』で嫁入りのラップが流れてほしいな、という気持ちがあって。悩みましたけど、彼女たちに〈エロ本はやめてくれ〉と言いました(笑)」

――エロ本(笑)!

MC.sirafu「なんかそれじゃもったいないというか、実験的な感じで聴かれるよりは、なつやすみと嫁入りで一緒にやったことで、ある程度社会とバランスの取れるラインの曲が出来て、NHKで流れたりするほうが痛快だと思ったんです」

嫁入りランドの2016年のライヴ映像
 

――まあ、この曲は中年の僕も胸が苦しくなるくらいの曲なので、いろんな人に聴かれてほしいというのはあります

中川「出来たときは、すごく感動しました」