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『PHANTASIA』という銀河系を〈いま僕らは通過したよ〉という報告なのかな

――他の曲のことももう少し聞かせてください。〈part1〉と〈part2〉に分かれて登場する“O.V.L.U.V.”。

中川「もともとは私がフレーズだけ作ってきた曲なんですけど、最初はちゃんとした曲になるのかな、くらいの感じだったんです」

MC.sirafu「当初アルバムを、全曲が繋がっているものにするアイデアがあって、そのときにインタールードになるような短い曲がいくつかあってもいいかな、と思ったんですよ。この曲も最初はインストかなと」

中川「“森のゆくえ”が最後にドン!と落ちるから、その落ちた状態からそのまま行けるような次の曲が欲しくて、これを持ってきたんです」

MC.sirafu「それで僕は中川が作ったメロディーをアレンジして、R&Bっぽい感じの〈part2〉を作った」

中川「歌詞としては〈part1〉では過去のことを言ってて、〈part2〉では未来のことを言っています」

――〈part2〉はその前の曲“summer cut”からの流れで、なつやすみ流R&Bとしても聴こえる感じがあります。

MC.sirafu「“summer cut”のアレンジには、DJコーツェあたりのちょっと変なハウスを聴いてた感じが出てるかな。“O.V.L.U.V.”の〈part2〉はドニー・トランペットのイメージとか、その頃SoundCloudで聴いた曲がいろいろ合わさっているような」

DJコーツェの2013年作『Amygdala』収録曲“Homesick”
ドニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメントの2015年のミックステープ『Surf』収録曲“Sunday Candy”
 

中川「“summer cut”は結構早い段階で出来た曲だったんですよ」

MC.sirafu「本当は“summer cut”が出来た時点では、今回はダンス・ミュージックっぽいアルバムになるのかなとも思ったんですけど、そうはならなかった(笑)」

中川「私がそういう曲を作れないので」

――でも、中川さんの声はこういうスタイルにも合いますよね。

中川「そうなんです。好きなんですけど、自分では作れなくて」

MC.sirafu「でも、今後はもっと自由になっていくと思いますよ。その始まりのような作品になったと思うし、もう次のことを考えてますから」

――と言いつつ、最後は“ハレルヤ”。実はこの曲がいちばん、いままでのザ・なつやすみバンドらしさが出た曲です。

中川「これがアルバムのなかでは最初に出来た曲でした」

MC.sirafu「前のレコ発のときに〈新曲です〉と言ってやった曲だから」

中川「これがあれば、とりあえず何をしても大丈夫かなという気持ちがあったんです」

――今回のアルバムにおけるザ・なつやすみバンドのチャレンジを聴いていったうえで、最後に聴く“ハレルヤ”はいままでと同じようにやっているはずなのに、可能性の広がりを感じさせます。

MC.sirafu「エンジニアもスタッフも変わったし、ゲスト・ミュージシャンもたくさん入った。リズム隊の2人も音へのこだわりが出てきているし」

中川「最近あるよね」

MC.sirafu「成長といえば喜べるけど、我が強くなったといえばやりにくいなとも思います。だけど、そういうのもバンドを長くやっていくうえでは必要だし」

――毎週2時間の生放送で4人が喋るラジオ番組も始まったし、いろんなことがやれるようになっていく気がします。〈MCがいつもおどおどしていて不安だな〉みたいな、ちょっとアマチュアっぽい雰囲気がいいという段階はもう過ぎて、その先に行ってほしいし、いろんな変化があっても軸にあるのはこの4人のバンド感だ、と言える力をさらに蓄えてほしいと思っています。

MC.sirafu「まあ、バンド感っていまの時代、もっと自由であっていいと思うんですよ」

――アレンジ面でも〈このバンドは限られた楽器で演奏するという変わった編成なんですよ〉という縛りからいつの間にか脱していますよね。キーボードが2台になる場面も多いし、中川さんがギターを弾く曲もある。

中川「そうですね。そういえば」

――もうひとつ今回感じたのは、ソングライターである2人の曲や歌詞がだんだん似てきているということなんです。“ファンタジア”を曲だけ聴いたときは、中川さんの楽曲だと思いました。

中川「えー? そうなんだ」

――逆に“FULL SWING!”はMC.sirafuだと思っていたら、クレジットを見ると逆で。ザ・なつやすみバンドのソングライター同士として、お互いの曲の個性や変化は感じていますか?

MC.sirafu「2人は全然違うタイプじゃないですか。でも、それがザ・なつやすみバンド感になるという整合性の部分を、たぶんリズム隊の2人が担っているんですよ。彼らはテクニカルには絶対ならないし、アカデミックにもならない。その感じはあの2人じゃないと出ない」

中川「お互いの曲は全然違いますよね。絶対自分が書けないメロディーだし。でも、歌詞は似てきた感じはするんだよね」

MC.sirafu「中川さんが僕に寄せてきてるんだよ(笑)」

中川「寄せてないけど(笑)。でも、今回は歌詞だけ聴くと、どっちが書いたのかあんまりわからないかもしれない。私が歌っているから、私の言葉が自然と(MC.sirafuの歌詞に)寄ってきているのかも」

MC.sirafu「バンドとしての共有意識はありますからね。僕も中川が歌うことを考えて歌詞を書いているんで。片岡シンが歌うわけでもないし(笑)」

※MC.sirafuも所属する片想いのヴォーカリスト

片想いの2016年作『QUIERO V.I.P.』収録曲“Party Kills Me(パーティーに殺される!)”
 

――このアルバムを制作するにあたって4人で共有された音楽はあるんですか?

MC.sirafu「特にないですね。中川はブラジル音楽なんかをよく聴いていますけど。4人全員が共有しているような音楽って、あるのかな?」

中川「ない!」

MC.sirafu「あんまりそういう音楽的な会話はしない。〈ちょっとこういうリズム叩いて〉とお願いすることはあるけど」

――好きな音楽の共有はないけど、ザ・なつやすみバンド感が共有されているというのは、むしろ好きなお菓子が一緒とか、世間話をしていても楽だなという関係性からきているんですかね。

MC.sirafu「文化祭っぽいんですよ」

――文化祭のバンドには、メンバーも寄せ集めで各自が好きな曲をカヴァーしているだけという、いい加減だけどとことん楽しい感じがありますよね。

MC.sirafu「そうそう。そのノリは正しいのかも。好きな曲をみんなでやっているだけなんだけど、整合性は取れてるじゃないですか」

――“GRAND MASTER MEMORIES”とか引っ提げて、嫁入りランドと一緒に高校の文化祭とかに出ても絶対おもしろいですよ。それを目撃したことで〈バンドってこんな方法もあるんだ〉と発見して、自分でバンドをやりたくなる人も出てくるはず。自分たちがいる場所と素晴らしい音楽が鳴っている未知の世界が繋がっていると想像できるだろうし。

MC.sirafu「(惣田紗希による)ジャケット・デザインがまさにそうなんです。いろんな星や、いろんな奴らが住んでいる惑星が点在していて、それらをまとめて宇宙になっている。このアルバムは、『PHANTASIA』というひとつの銀河系を〈いま僕らは通過したよ〉という報告なのかなと思っています」