勘違いの末に見つけた最高のグルーヴと、誰でも口ずさむことのできる最高のメロディー。音楽と共に生きる喜びに溢れたオリジナルのダンス・ミュージックに合わせ、さあ、歌って踊ろう!

 

勘違いのグルーヴ

 スカイツリーが目の前にそびえる下町の銭湯。その番台に座る男が〈フジロック〉で歌ったことがあることを知っていたら、浴室の壁に描かれた立派な富士山の絵がひときわ輝いて見えるに違いない。東京を拠点に活動する8人組、片想い。そこでヴォーカルを担当する片岡シンは、現在、銭湯を切り盛りしながらバンドを続けている。その両立について、片岡はこんなふうに語ってくれた。

 「僕だけじゃなくて、うちのバンドのメンバーは働きながら音楽をやっているのがあたりまえなんです。音楽だけで食っていけるようになりたいとか、そういう焦りはない」(片岡)。

 そして、サウンド面の要であるMC.Sirafu(ギター、スティールパンほか)はこう付け加える。

 「僕とかベースの伴瀬(朝彦)とかドラムのあだち(麗三郎)とか音楽で食ってるメンバーもいるんですけど、かたや風呂屋をやっている奴や子育て中の主婦がいたりする。ウチはいろんな人間が集まった社会の縮図みたいなバンドなんです。そんなバンドが、ビッグネームとかと肩を並べて、例えば〈フジロック〉とかで演奏してるのって痛快だと思うんですよね」(MC.Sirafu)。

片想い QUIERO V.I.P. KAKUBARHYTHM(2016)

 片想いが結成されたのは2003年。インディー・シーンにしっかりと根を下ろした彼らは、2013年に初作『片想インダハウス』を発表して注目を集めた。そしてこの夏、3年ぶりのニュー・アルバム『QUIERO V.I.P.』がリリースされる。MC.Sirafuによると「前作を出した後、メンバーそれぞれの生活に大きな変化があって。それぞれどういうスタンスでバンドをやっていくのか考え直す時期だったんですけど、その答えが新作を作ることで見えた気がする」とか。そして、レコーディングは「40近いおっさんたちがいるバンドなのに、バンドの初期衝動が戻ったような」(MC.sirafu)、熱気溢れるものだった。

 「バンドの出発点って、楽しいから曲を作るだけじゃないですか。自分が好きな音楽、自分たちが得た知識を曲に反映させるのが楽しい。〈こういうことやったらおもしろいじゃん!〉っていう初期衝動を持ちながら、そこにそれぞれがこれまで培ってきたキャリアを活かすことができたんです」(MC.Sirafu)。

 そんなわけで、曲作りのアプローチは変化する。「前作では曲作り担当がいたんですけど、今回はそこを広げて〈ここ考えてくれないかな?〉とか別のメンバーに頼んだりして、それで出来上がったものを聴いて〈こういう方向になってきたから次はこうだね〉っていうふうに組み立てていった。だから作詞も作曲もメンバーの粋を集めた作品になったと思います」と片岡は振り返る。

 その結果生まれたアルバムは、ディスコファンク、ヒップホップ、ブラジル音楽などさまざまな要素を盛り込みながら、「下町ロケット」的な手作り感覚で完成させたソウルフルなポップソング。MC.Sirafuいわく「普通、歳を取るとサウンドはまとまっていくんですけど、うちはもうメチャクチャ(笑)」だというおもしろさがあるが、前作以上にリズム・セクションに磨きがかかっていることにも注目したい。

 「今回、リズム隊はかなり練習しましたね。もともとダンス・ミュージックをやりたいと思ってバンドを結成したんですけど、なかなか思ったようにできなくて。ceroとかSuchmosみたいな若い世代は自然にダンス・ミュージックが身体に入っているんですけど、僕らの世代はどこか勘違いしているところがあって(笑)。でも、そこがカッコイイ。例えば伴瀬君のベースラインはちょっとエグいというか、いまのダンス・ミュージックのベースラインとはちょっと違うけど、そこがカッコ良くて。あだち君のドラムもそうですけど、それぞれが隠し持っていたダンス感をあえて出すことで、新しいものになったと思います」(MC.Sirafu)。

 

新たに見つけた〈踊る理由〉

 思えば、海外から影響を受けてきた日本のポップスは勘違いの積み重ね。だからこそ、そこにオリジナリティーが生まれる。片想いの生み出すグルーヴにも、片想いにしか生み出せない匂いがある。もちろん、それは加齢臭じゃなくて、夕暮れ時にどこからか漂ってくるカレーの匂いのように、なんだか懐かしくて人懐っこい。そして、そのグルーヴに乗る親しみやすいメロディーも大きな魅力だ。

 「曲を作る時はいつも普遍的なものを作ろうと思ってるんです。メロディーが一番重要だと思ってるし、時間が経ってもみんなが歌える曲を作りたい」(MC.Sirafu)。

 「でも、人が聴きやすいメロディーを作ることよりも、まず自分が歌っていて心地良いかどうかが重要なんです。そうやって作っても、自分が歌いやすいメロディーって敷居が低いので、結果的に誰が歌っても歌いやすいメロディーになるんですよ」(片岡)。

 片想いは自分たちのサウンドを〈R&B(リズム&慕情)〉という言葉で紹介することもあるが、本作にもそんな笑って泣ける片想い的R&Bナンバーが並んでいる。なかでも、演劇的な演出が施された“Party Kills Me(パーティーに殺される!)”は次のステップへと繋がる重要な曲になった。

 「(前作に収録された)“踊る理由”という曲を入り口にして片想いを聴くようになってくれた人たちがすごくいて。ここ数年、お客さんの〈踊りたい〉という気持ちに動かされてきたところがあったんです。でも、そうなると今度は、お客さんが望むことばかりやるのも……みたいな、天の邪鬼な気持ちも出てきて。バンドの方向性を悩んだ末に正解を見つけた曲が“Party Kills Me”でした。これが僕らなりのパーティー・ミュージックなんだって」(MC.Sirafu)。

2013年作『片想インダハウス』収録曲“踊る理由”のライヴ映像
 

 リスナーと同じ視線で、同じ風景を見ながら歌って踊る片想いの歌。そこからは、音楽と共に生きる喜びが伝わってくる。そんなバンドの中心人物が、銭湯という大衆の憩いの場で働いているというのもハマりすぎ。

 「ほんと、そうですよね。〈片想いは酒とか風呂みたいな存在でありたい〉って言ってきたんですけど、まさか自分が風呂屋になるとは。そういえば昨日、ウチの銭湯に来たサラリーマンが、番台にいる僕をジロジロ見てたんですよ。なんか対応が悪かったかな、と思ってたら、帰りにそのサラリーマンが〈もしかして片想いの片岡さんですか?〉って。なんか10年前にライヴに来てくれたみたいで、〈嫁さんがいまでも好きなんですよ!〉って言ってくれました(笑)」(片岡)。

 誤解から自分たちなりの正解へと辿り着いた片想い。そんな彼らの〈いま〉が詰まった『QUIERO V.I.P.』は、ホットでメロウな最高の湯加減だ。いや~、極楽、極楽。