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「GLOCAL BEATS」(共著)「大韓ロック探訪記」(編集)「ニッポン大音頭時代」(著)のほか、先月には新刊「ニッポンのマツリズム」を上梓するなどこれまでに多くの音楽書に携わり、ラジオ番組にも多数出演。世界の音楽とカルチャーをディープに掘り下げてきたライター/編集者/DJの大石始が、パワフルでオリジナルな活況を呈するアジア各地のローカル・シーンの現在進行形に迫る連載〈REAL Asian Music Report〉の第7回をお届けします。今回は〈タイのジャック・ジョンソン〉とインパクト大な異名を持つシントー・ナムチョークを直撃! 本国ではスター級の人気を誇るこのシンガー・ソングライターに、自身の生い立ちから現在のタイの音楽シーンについてまで語ってもらいました。また、9月には来日公演も予定されているので、気になった人はこの機会にぜひ足を運んでみてください! *Mikiki編集部

シントー・ナムチョークという名前を聞いて、すぐにピンとくる日本人は現在のところそれほど多くはないだろう。だが、YouTubeの再生回数はなんと5千万回オーヴァー! 本国タイでは絶大な人気を誇るシンガー・ソングライターであり、日本でも一部に熱狂的なファンが存在しているという。シントー・ナムチョークの持ち味はサーフ・ロック系に通じる緩やかなアコースティック・グルーヴだ。実際、彼は〈タイのジャック・ジョンソン〉などというキャッチコピーと共に紹介されることもあるが、その歌世界は各国に無数に存在するジャック・ジョンソンのフォロワーたちとは一味違うもの。その背景には、田舎町の貧しい家庭で生まれ育ちながら、歌とギターだけでタイ音楽界のトップランナーにまで勝ち上がった彼のサクセス・ストーリーがあった。

今回は日本デビューEP『Chok Dee』を先月リリースし、9月には来日公演も予定しているシントー・ナムチョークを直撃。日本ではあまり紹介されることのない彼のホーム=プーケットの音楽事情なども垣間見える興味深いインタヴューとなった。

SINGTO NUMCHOK Chok Dee Parabolica(2016)

 

TVでギターを手に歌うバンドを観て、これだ!と思った

――シントーさんはタイの東北部、ブリーラム県の出身ですよね? ブリーラムのどのような街で育ったんでしょうか。

「確かにブリーラム県の出身ではあるんだけど、実家があるのは街中じゃなくて、中心地から離れた村なんだよ。まだまだ開発が進んでいない地域で、街から行くにしてもソンテオというローカルの乗り合いバスに乗らなくちゃいけなくて。僕自身貧しい家庭に育ったけど、みんな親切な人たちばかりだし、とても良い環境だったよ」

――ご家庭が貧しかったために10代の頃から工場に働きに出掛け、昼休みにギターを弾くようになったのが音楽を始めたきっかけだと聞きました。この当時のことについて、もう少し詳しくお話を聞かせてください。

「僕がギターを弾きはじめたのは12歳の時。当時はバンコクの金属機器の工場で働いていたんだよ。あまり裕福ではない田舎の家庭では、誰かがバンコクに出稼ぎに行って実家に仕送りをすることはざらでね。僕はその頃に音楽に触れて、ギターの音に魅了されたんだ。それでTVでいろいろなバンドを観ていた時に気付いたんだよ、〈これだよ、これ!〉って。ギターを手に、みんなのために歌い奏でることがすごく格好良く思えて、すぐにミュージシャンとしての人生を歩みたいと思うようになった。その頃の僕にとっての音楽はクールなものだったけど、いまはどちらかというとハッピーなこと(幸福のためのもの)になっているね」

――タイの東北部、イーサーン地方というとモーラムやルークトゥンなどのローカル・ミュージックが盛んな地域でもありますよね。シントーさんもそういった音楽は聴いていました?

「うん、子供の頃から聴いてたよ。何せウチの父親はルークトゥンのアーティストだからね」

――えっ、そうなんですか!

「そうそう。だから、もはやその血筋と言ってもいいだろうね。父親は家でも常にルークトゥンをかけていたし、僕も自分が音楽好きであることを意識する前からルークトゥンやモーラムを吸収していたと思う。だから僕の血にはルークトゥンやモーラムが流れてるんだよ。すごくユニークな音楽だと思うし、故郷の文化を伝えるものだとも思うよ」

――シントーさんの歌の中にはしみじみとした情感がありますけど、それってもしかしたらルークトゥンやモーラムから受け継がれたものなのかもしれませんね。

「ひょっとしたらそうかもしれないね」

シントー・ナムチョークと同じブリーラム出身の大人気ルークトゥン歌手、インリー・シージュムポンの大ヒット曲“ขอใจเธอแลกเบอร์โทร(コージャイトーレークバートー)”
 

――タイの人気シンガー、ボー・スニターの歌にもっとも影響を受けたという話も聞きました。彼女の歌のどのような部分に衝撃を受けたのでしょうか。

「その通り、TVで観て強烈にインスパイアされたんだよ。その番組で彼女はアーティストになる前のことをいろいろと話していたんだけど、レーベルに自分の作品を送り続けたという内容で。アーティストになるにはとにかく努力が必要だってこと、そしてお金の力には頼れない、ということを僕はその時に知った。それから僕はいつかミュージシャンになることを夢見て、ギターと歌の練習に励むようになったんだ」

ボー・スニターの2006年の楽曲“หนึ่งในไม่กี่คน”
 

――ボー・スニター以外に当時好きだったミュージシャンは?

「彼女以外で僕にギターを練習する気にさせてくれたのはローソー(LOSO)というバンドで、当時のタイで彼らを知らない人はいなかった。リーダーはギターを弾き、作曲もすれば歌もものすごく上手い。そしても何よりも、〈有名になるためにはルックスは二の次だ〉ってことを教えてくれた。彼の半分の実力にでも追いつくことができれば、僕にだってチャンスは巡ってくると思うことができたんだよ」

ローソーの2000年作『Rock & Roll』収録曲“ใจสั่งมา(Jai Sung Ma)”
 

――その後、バンコクのバーでライヴを始めるようになりますね。

「そうだね。ようやく自信を持てるようになるまで腕が上達した頃、演奏させてもらえるよういろいろなバーを回ったんだ。経験がない身だから難しいのはわかっていたけれど、ほかにやりようがなかったからね。ライヴができるようにひたすらお店に頼んで回って、巡ってきた機会には何だって応える。そういった日々を重ねていくうちに、気が付けばミュージシャンが本職になっていたんだ」

――なるほど。また、シントーさんはMonoというバンドと共に2枚のアルバムを残していますね? Monoと一緒にやることになった経緯を教えてください。

「あるバーでエレキ・ギターを弾いていた時のことなんだけど、当時あまりにお金がなくてエフェクターを買えず、アンプに直接ギターを繋いで弾いていたんだよね。そうしたら、その演奏を観たMonoのメンバーが〈エフェクトを使わずに演奏しているなんて、すごくカッコイイね〉と言ってくれて。彼らはちょうどヴィンテージ・スタイルのギタリストを探していたところで、一緒にやることになってね。彼らとは2枚アルバムを作ったよ」

Monoの2003年の楽曲“อย่ามาพร้อมกัน”
 

――でもそのMonoを脱退し、プーケットに一人移ることになりますよね。その理由は?

「僕はロッカーだから、新しい場所に行って、まだ演奏したことのないところで演奏したいと思うようになったんだ。それに海が大好きだから、海の近くがいいなと考えているうちに、最終的にプーケットに落ち着いたんだよ。まずはミュージシャンを募集しているバーを見つけようとネットで片っ端から調べて、ようやくひとつのバーを見つけたんだけど、一緒にやる友達が見つからなくて、仕方なくアコギを片手に一人でやることにしたんだ。そうしたらそれがハマってね。何よりプーケットでは自分の愛する場所で歌い、ギターを弾いて、好きなことをすれば良かった。アルバムを作る必要もなければ、有名になるためにヒット曲を作る必要もなかった。ただ、歌を歌うだけで満たされるものがあったんだ」

 

僕の音楽は〈フィール・グッド・ミュージック〉

――あなたの歌はジャック・ジョンソンやジェイソン・ムラーズとも比較されますが、実際、彼らから影響を受けたのでしょうか。

「うん。ジャック・ジョンソンやジェイソン・ムラーズのようなスタイルの音楽と出会ったのはプーケットに移ってからだけど、まさにこれは出会いだと思ったよ。というのも、僕はたった一人でアコギ一本だけを持ってやっていたわけで、彼らのスタイルは当時の僕にぴったりだったんだ。それに彼らの音楽には、僕がそれまで一度も聴いたことがないようなリズムがあって、そうした要素をタイの音楽に採り入れたら素敵なものが出来るんじゃないかと思ったんだよ」

――プーケットはサーフィンのメッカとしても知られていますよね。シントーさんもサーフィンをやるんですか?

「うん、やるよ。それこそジャック・ジョンソンのようにね。彼の音楽に加えて、サーファーたちのライフスタイルからも多くのことを享受していると思う。ジャック・ジョンソンの音楽はただシンプルなだけじゃなく、そこには彼らのライフスタイルが反映されている。そこが気に入ってるんだ。プーケットでは確かにサーフィンが盛んだし、僕も自然と興味を持つようになった。ちっとも上手くはないけれど、すごく楽しいよ。ただ、時には危険なこともあるね」

――シントーさんはウクレレも弾きますよね。ウクレレを始めたきっかけは?

「ウクレレもプーケットに移ってから弾くようになった。初めてウクレレを目にした時は〈何だあの楽器は?〉っていう感じだったけど、とにかく小さいし作曲もできる。そのうえ値段も安いしね。僕が最初に手にしたものは1000バーツ(約3千円)ぐらいだったよ。弾けば弾くほど気に入って、いまではギターもウクレレも両方弾いているんだ」

シントー・ナムチョークがウクレレを演奏するパフォーマンス映像
 

――いまもプーケット在住なんですか?

「いや、バンコク在住だよ。そのほうが活動がしやすいからね。でも心はいつもプーケットにある。あの場所ほど僕に合う場所はないんだ」

――プーケットのなかで音楽リスナーがまず行くべき、シントーさんオススメの音楽スポットがあれば教えてもらえませんか?

「プーケットでは常に呑み屋やバーが移り変わっているから、僕が出入りしていたところがまだ営業しているかはわからないけど、長年営業しているところもあるね。それが〈Timber Hut〉というお店で、かけている音楽もいいよ。よく間違ってグラスを家に持って帰ってしまっていたんだけど、ある日警備員に〈随分とたくさんのグラスを持って帰っているじゃないか、返してくれ!〉と言われちゃってね(笑)。決してわざとやっていたわけじゃないんだけど、そのわりにはたくさんのグラスが僕の家には転がっていたな(笑)。プーケットに行ったらぜひ遊びに行ってほしいね」

――では、タイの音楽シーンについてもお話を訊かせてください。国外から見ていると、ここ5年ぐらいでシントーさんのように欧米の音楽から影響を受けたアーティストやバンドがかなり増えている印象があります。シントーさんはどう思われますか?

「音楽シーンの変化は当然世界中で起きているわけで、もちろんタイでも同じだよ。最近は以前よりも才能に長けたアーティストも増えたし、音楽のスタイルもかなり広がっていると思う。常に新しい種類の音楽に触れることができるので、僕もとても嬉しい。またタイの音楽シーンに問題点などもないわけじゃないけど、問題視するほどのものはないと思うな。どんな時代にも問題はあるものだし、少なくとも僕はみんなからのサポートを受けながら、自分の好きなように音楽を作ることができている。いま取り組んでいることを続けるだけ、そう思っているよ。あと、タイでも西洋の音楽だけでなく、アジア近辺や東南アジア諸国の音楽も耳にする機会が増えて、なかには衝撃を受けるものもあるよ」

――現在あなたが注目しているタイのアーティストがいれば何組か教えてください。

「まずはシントー・ナムチョークを聴いてみることだろうね(笑)。その後にタイの音楽について教えてあげるよ(笑)」

――わかりました(笑)。では、今回リリースされた日本デビューEP『Chok Dee』の聴きどころについて教えてください。

「僕は自分の音楽をいわゆる〈フィール・グッド・ミュージック〉だと思っているんだ。リスナーには気分良く、リラックスして聴いてほしいし、それだけで大満足だよ」

――この日本盤がリリースされるParabolicaからは、バンコクの女性ポップ・デュオ、ストゥーンディオ(STOONDIO)の日本盤をリリースされています。彼らにはどんな印象を抱いていますか?

「ストゥーンディオは僕の友達で、昔〈Stu-fe'〉というバーで一緒に演奏していた仲間なんだよ。最近はあまり会ってないけど、彼らもParabolicaと契約しているなんて本当に嬉しい。そのうち一緒に日本に行ける日が来たらいいんだけどね」

ストゥーンディオの2015年作『Plural』収録曲
 

――9月には2度目の来日公演を控えていますが、日本の音楽で何か知っているものはありますか?

X JAPANは昔から聴いているよ。hideのギターは凄すぎて、いつ聴いても頭を悩まされる。まったく、彼のようにプレイできたことなんてこれまで一度だってないからね。ほかに日本のアーティストで気に入っているのは、コーネリアスtoeDEPAPEPEあたりかな」

――それでは、最後の質問です。シントーさんが歌を通して伝えたいものや表現したいものとは?

「僕は音楽を演奏できることが本当に幸せだし、リスナーにもそれは感じてもらっていると信じている。僕の音楽を聴いて笑顔になってもらえるなら、それで十分。それだけで僕は満足なんだよ」 

 


Singto Numchok Japan Tour 2016

9月14日(水)東京・新宿MARZ 共演:Tempalayirideepsea drive machine
9月15日(木)東京・HMV&BOOKS TOKYOインストアイヴェント
9月16日(金)東京・新代田FEVER 共演:never young beachルルルルズ
9月17日(土)神奈川・タワーレコード横浜ビブレ店インストアイヴェント

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