レゲエに通じていなくても、音楽好きであればトロージャンという名前くらいは聞いたことがあるだろう。今夏、この名レーベルが発表してきた、リー・ペリーデニス・ブラウンをはじめとするレゲエのファウンデーションとも言うべきアーティストたちの名曲をまとめたベスト盤が、全8タイトル登場。そこで今回は〈いまさら訊けないトロージャン!〉ということで、このレーベルのあらましについて改めて紹介すると共に、このたびリリースされたベスト盤についてもがっつりしていきたい。うだるように暑いいまの季節、じっくり浸りたい楽曲が満載だ! *Mikiki編集部

 


What's TROJAN?

67年に設立されたイギリスのレゲエ・レーベル、トロージャン。このレーベルは老舗中の老舗である一方、〈勇士、奮闘家〉を意味する〈Trojan〉という言葉をレーベル名に掲げているだけあって、世界各地におけるジャマイカン・ミュージックの浸透を強烈に後押ししてきた開拓者的なレーベルでもある。このたび8タイトルのベスト・アルバムが日本盤としてリリースされたトロージャンの足跡について改めて振り返ってみよう。

トロージャンの創立者は、アイランド・レコードを立ち上げたクリス・ブラックウェルのオフィスの大家も務めていた、リー・ゴプサル。音楽ビジネスにのめり込んだリーは、ビート&コマーシャル・カンパニー(B&C)というジャマイカ音楽に特化した流通・配給会社を設立すると、67年にはロンドン各地に直営小売店をオープン。同年にはトロージャンを立ち上げている。

60年代後半のイギリスでは、ジャマイカ音楽が非ジャマイカ系も含む幅広いリスナーから人気を集めつつあった。きっかけはミリー・スモールが歌うスカ・ナンバー“My Boy Lollipop”(64年)など。この頃のイギリスではスカが一種のポップスとして広く認知され、感度の高い白人の少年少女にも聴かれるようになっていたのだ。

設立当初のトロージャンがターゲットとしていたのは、このような面々を含む幅広いリスナーだった。そのため、ジャマイカ産のそうした音源をピックアップすると同時に、現地のプロデューサーとのコラボレーションで、時にストリングスをまとったポップ・レゲエの楽曲も制作。ジミー・クリフ“Wonderful World, Beautiful People”(69年)、ボブ&マーシャ“Young, Gifted & Black”(オリジナルは69年にハリー・Jよりリリース)などはイギリスのナショナル・チャートに入るほどの特大ヒットを記録した。

さらにはハリー・J・オールスターズ“LIquidator”、デイヴ&アンセル・コリンズの“Double Barrell”などR&B色の濃いファンキーな楽曲もヒット。68年頃から存在感を増していたスキンヘッズたちからの熱烈な支持を得て、アップセッターズ“Return Of Django”のような荒々しいインスト・ナンバーも爆発的にヒットする(これらの楽曲は現在もスキンヘッズ・レゲエのクラシックとして崇められている)。

また、アタックアップセッターソング・バードムーディスクなどのレーベルを傘下に収めると、イギリスにおいて一大レゲエ王国を建国。傘下の膨大なカタログを利用して『Tighten Up』などヒット曲を集めたコンピもリリースする。

ルーツ・レゲエの時代に入るとその勢いも衰え、75年には親会社であるB&Cの経営悪化により権利を売り払われてしまう。だが、85年にふたたび権利を買い戻すと、CD時代に入ってからも充実したリイシューを続けている。

なにせかつては巨大なレゲエ王国を作り上げていたトロージャン。天文学的な枚数の音源の権利を所有しているだけに、いまだその財宝の全貌はあきらかになっていない。このたびリリースされる8タイトルは、そんなトロージャン王国への初入国には最適の内容。いまだ輝きを失わないお宝の数々とぜひ出会っていただきたい。 *大石 始

 

DESMOND DEKKER The Best Of Desmond Dekker Trojan/HOSTESS(2016)

ボブ・マーリーよりも先に、世界的にその名を知られることになったジャマイカ音楽のスター、デズモンド・デッカー。彼というと、やはりレスリー・コングがプロデュースを務め、トロージャンがライセンスした“Israelites”(68年)や“007 (shanty town)”(67年)だろう。なかでも“Israelites”はレゲエとしてUKチャート初の1位を獲得。日本でも〈イスラエルちゃん〉という邦題でリリースされた。だが、可愛らしいタイトルとポップな曲調とは裏腹に、リリックの内容はラスタファリアニズムの教えとルード・ボーイの美学に貫かれたハードなもの。朗らかな歌声に騙されがちだが、その奥にはジャマイカの厳しい現実が刻み込まれているのだ。

ジャマイカ国外ではアイランドからリリースされた出世作“Honour Your Mother And Father”(63年)や、こちらもUKチャートを駆け上った“It Mek”(69年)などクロスオーヴァー・ヒットも多数。イギリスへ移住後、80年代にはパンクや2トーン勢との距離を縮めるなど活発な活動を展開した。

活動歴の長いアーティストだけに、再演も含めてリリース楽曲は膨大な数に上るが、“Israelites”で始まり、スペシャルズとの“Jamaican Ska”(トロージャンからの93年作『King Of Kings』収録)で締められる今回のベスト・アルバムは、まさにデズモンド・デッカーの代表曲を網羅した決定盤。世界中の少年少女が熱狂したその歌声をいま改めて堪能したい。 *大石

 

LEE "SCRATCH" PERRY The Best Of Lee 'Scratch' Perry Trojan/HOSTESS(2016)

齢80を迎えた偉大なるジャマイカン・ミュージックの革新者、リー“スクラッチ”ペリー。ジャマイカのシーンにプロデューサーとして頭角を現した60年代後半には、ロックステディからアーリー・レゲエへの橋渡しを行うようなサウンドを、70年代になるとボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズと共にルーツ・レゲエをある種定義するような作品群を作り上げた男である。

73年に自身のスタジオ=ブラック・アークを設立した後は、〈ポスト・ルーツ・レゲエ〉とも言えそうな、サイケデリックなダブの音響的実験に繰り出した。今回のベスト盤には、こうした年代の楽曲が収録されている。ロックステディからアーリー・レゲエ期の代表作である“People Funny Boy”やアーリー/スキンヘッド・レゲエ期のインスト・クラシック“Return of Django”、そして70年代初頭のレゲエにおいてレベルやラスタファリアニズムといったトピックを強く印象付けた、ジュニア・バイルズの楽曲もまたリー仕事では重要だ。

そして彼がもっともプロデューサー/エンジニアとして成熟したブラック・アーク期の音源としては、マックス・ロメオの代表曲“Sipple Out Deh”(“War Ina Babylon”のジャマイカ・オリジナル版)を筆頭に、ヘプトーンズジュニア・マーヴィンのナンバーをぜひとも聴いていただきたい。

70年代末にブラック・アークは失火で焼失してしまうのだが、その直前のズブズブにサイケデリックなダブの英知を知りたければ、コンゴスの楽曲や、DJハーヴィなどのプレイによってハウス界隈でも話題になった“Disco Devil”あたりを。80年代以降はシンガーという側面が強くなる彼の、プロデューサーもしくは音響実験家としての60年代後半~70年代のサウンドが楽しめる、そんな音源集だ。  *河村祐介

 

DENNIS BROWN The Best Of Dennis Brown Trojan/HOSTESS(2016)

喜怒哀楽を情感豊かに表現し、ジャマイカ音楽史に残る名シンガーとして99年の死後も愛され続けているデニス・ブラウン。彼もまた名唱・名曲の多いシンガーだが、デニスの代名詞的な楽曲の一部を収めた今回のベスト盤で、彼の偉大さの一端を知ることはできるだろう。

デビュー自体はまだ10代だった60年代のことだが、シンガーとしてジャマイカ国内を越えた活躍を繰り広げるようになったのは、70年代後半に入ってジョー・ギブスらと『Visions Of Dennis Brown』(77年)をはじめとするルーツ・レゲエの傑作を連発するようになってから。『The Best Of Dennis Brown』の1曲目を飾る“Money In My Pocket”は、彼の代表的な名曲だ。レゲエDJのプリンス・モハメドをフィーチャーし、ロンドンのライトニング・レコーズから発表されたヴァージョンもヨーロッパで大きなヒットを記録した。

渋みのあるルーツからビタースウィートなラヴァーズまで、さまざまな曲調を歌いこなし、80年代中盤以降のダンスホール・レゲエ時代に入ってからも勢いを失うどころか、より存在感を増していったデニス・ブラウン。もちろん“Let There Be Light”などここに収められていない楽曲も多く、この編集盤だけであまりに広大なデニスの歌世界のすべてを知り尽くせるはずもない。だが、〈まずはここから〉というトロージャンらしいアイテムではあることは確かだ。まさにジャマイカ音楽史における世界遺産級の宝の宝庫。レゲエ・ファンならば知っておいて損はない、いや、知っておくべき楽曲がずらりと並んでいる。 *大石