COLUMN

豊かさは舞台だけでなく客席に宿る―「わかったさんのクッキー」が媒介して露わになる現実社会の縮図

「わかったさんのクッキー」2016年7/16-7/21@KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ (C)Kikuko Usuyama

 

子どもも大人も役者も! それぞれの中に着地するおしばいの可能性

 例えば演劇やコンサートを見に行ったとき、私は舞台上の演者ではなく、彼/彼女らに眼差しを向ける客席の観客に多くの関心を寄せる。それはある書籍の一文を読んだ経験に端を発している。

 「『無傷(わたしたちは無傷な別人である)』を僕たちは、舞台上で行われるパフォーマンスを、何かしらの完成品として捉えることをやめ、代わりにパフォーマンスを観客の心・意識の中に何かしらの完成品をつくりあげる、そういった現象を起こすのに寄与するための何かである、と考えながらつくった。」(『遡行 変形していくための演劇論』より抜粋)

 書いたのは、チェルフィッチュを主宰する演出家の岡田利規。ダラダラした話し言葉や、無意識に動いてしまう手足の所作など、限りなく日常に近い身振りを「演出」として取り込み、2000年代以降の現代演劇に大きな影響を与えた人物である。

 先に挙げた一文は、何らかのコンセプトを観客に届けるための媒介物としてパフォーマンスを捉え、それが完成するのは観客の内面にイメージが結ばれた瞬間である、という岡田の演技論を伝えている。私が舞台よりも客席に注視するのはまさにこれが理由で、舞台芸術が本質的に有する伝播性が観客にもたらす変化のプロセスをこそ、つぶさに観察したいと思っているからだ。そしてそれは、はるか古代において、ある共同体の合意形成のための場・儀礼として始まった演劇の起源に触れることでもあると思っている。

 先日、岡田利規が演出を手がけた『わかったさんのクッキー』の再演を見る機会を得た。2015年夏に初演され好評を博した本作は、現在、全国13劇場をツアーしている真っ最中である。クリーニング屋で働くわかったさんが不思議な出来事に巻き込まれる同名児童書を原作とした本作は、舞台美術にアーティストの金氏徹平を起用。鍵の精霊(?)に導かれてクッキーづくりのノウハウを学ぶというシュールな展開を、複数の日用品を組み合わせ、その用途や造形を組み替えていく金氏ならではの造形理論で見事に具現化してみせた。

 しかし、ここで私が注目したいのは客席の配置である。『わかったさんのクッキー』では、円形上の舞台エリアを客席がぐるりと取り囲む、すり鉢状の空間を採用している。役者たちの演技に合わせた焦点をちょっと奥に移せば、観客の姿が目に飛び込んでくる。しかもその大半は子どもたちで、わかったさんがトラブルに見舞われるたびに声援を上げたり、役者の一挙手一投足に真剣に相づちを打ったりしている。同時多発的に起こるこれらの「よいリアクション」は、場の雰囲気を柔らかいものに変えてくれる。奇妙なキャラクターを演じる役者。夢中になり、歓声をあげる子どもたち。見守る親。それとは関係なく芝居を見に来た私のような大人。『わかったさんのクッキー』の前半部では、この4者が分け隔てなく併列するような状況を生かした演出が効果を発揮し、演劇と現実がよい意味で混濁したシチュエーションが頻出する。いささか急ぎ足に断言してしまうが、私はここに演劇の可能性を見る。

 先に述べたように、演劇とは、ある社会の合意形成のためのツールという側面を持っている。例えば古代ギリシャの市民たちは、舞台上で演じられるトロイア戦争の物語を通して、市民社会の理想と現実を再確認した。虚構である演劇は、現実を映し出す鏡になりうるのだ。その意味で『わかったさんのクッキー』を通して出会うことのできる子どもたちは、大人にとって近くて遠い「他者」と言える。率先して作品に関わろうとする子もいれば、人前に出るのが恥ずかしい子もいる。でも周りの雰囲気に押されて、知らず知らずのうちに声援を出してしまう子たちも現れる。そんな姿の一つひとつが、そのまま社会の縮図のように見えるのは、偶然ではないだろう。

 私たちは、しばしば「優れた作品」に出会うために劇場や美術館に足を運んでいる。だが、そこで出会えるものは、作品を媒介にして露わになる社会でもあるのだ。『わかったさんのクッキー』の豊かさは、舞台だけでなく、客席に宿っている。

 


LIVE INFORMATION

おいしいおかしいおしばい わかったさんのクッキー金沢公演
○9/3(土)4(日)14:30開場/15:00開演 (上演時間はおよそ60分)
会場:金沢21世紀美術館 シアター21
原作:寺村輝夫
台本・演出:岡田利規 (演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰)
美術:金氏徹平(現代美術家)
劇中歌作曲:前野健太(シンガーソングライター)
出演者:椎橋綾那古屋隆太山崎ルキノ笠木泉佐々木幸子
企画制作:KAAT神奈川芸術劇場
※8月下旬以降、金沢公演以外にも、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール、愛知県芸術劇場、穂の国とよはし芸術劇場PLAT、山口情報芸術センター〔YCAM〕でも公演があります。詳細は、各劇場・各主催にお問合せください。

関連プログラム
展覧会
ちがったさんのラッキー

○8/11(木)~9/4(日) 13:00~16:00 ※休場日 8/22(月)、8/29(月)
会場:金沢21世紀美術館 プロジェクト工房
料金:入場無料

アーティスト・トーク
○9/3(土)17:00~18:00
出演:岡田利規(台本・演出)× 金氏徹平(美術)
会場:金沢21世紀美術館 シアター21
入場料:500円(ただし9/3か4の公演チケットをお持ちの方は無料)
定員:100名 ※当日14:00より先着順に整理券を会場受付にて配布(公演チケットをお持ちの方も整理券が必要)
www.kanazawa21.jp/