〈蜃気楼、逃げ水、あるいは実現不可能な夢や願望〉――『Mirage』という表題を直球で訳すとこうなる。これまでの華やかな実績が砂上の幻影にすぎなかったのか、あるいはここに新しく用意された世界こそが蜃気楼の産物なのか。いずれにせよ、大きなシフト・チェンジは明らかだろう。〈最後の晩餐〉から数か月を経た彼女たちの第2幕は、いまはまだエキゾチックでミステリアスなヴェールに包まれたままだ。

 今年2月に素晴らしい結晶ともいうべき『CARTA』を届け、5人編成でのラスト公演〈Hotel Estrella -Especia-〉を最後に姿を消したEspecia。拠点を大阪から東京に移すことは伝えられていたものの、活動休止中の動きが表立ってくることはなかった。が、水面下では新体制への準備が進められていたのだろう。6月にLUCKY TAPESらも名を連ねたライヴ・イヴェント〈Squid Master #7〉にて新生後のパフォーマンスを初披露した彼女たちの姿は、それまでの印象を大きく覆すものだった。

 新体制のEspeciaは、オリジナル・メンバーの冨永悠香森絵莉加に、新メンバーのMia Nascimentoが加わった3人組。そうした編成以上に、カラフルな衣装から黒を基調とするシックな装いへの変貌、振付けではないステージ上の振る舞い、そしてアダルトな妖艶さを強調した楽曲性といった諸々の変容は、大雑把に言えば〈脱アイドル的〉という形容になるのかもしれないが、いずれにせよグループの根本的なコンセプトの大きな転換が表明されたのは確かだろう。

Especia Mirage Bermuda(2016)

 そうしてリリースされた新生Especiaの第1弾作品が4曲入りのEP『Mirage』だ。馴染みのHi-Fi CITYがサウンド・プロデュースをそのまま継続してはいるものの、全編が英語詞となったこともあって、一聴しての雰囲気はこれまでとはまるで違う。従来のEspaciaといえば、〈アーバン〉の名の下にシティー・ポップブラコンの内包するディスコファンクやフュージョン風味の楽曲を高品質なアレンジであつらえ、そこに乗るキュートな歌唱とのギャップを持ち味とする側面も強かったのだが、レイドバックした風情で穏やかなメロウネスも手に入れた3人の歌の表情は、折り紙付きの洒脱な演奏と一体化し、極めてリッチな歌風景を描き出してくれる。

 なかでも艶やかなフルートの導くリード曲“Savior”は、デニース・ウィリアムススザイー・グリーンワンダーラヴ系の潤いを帯びた冨永の歌い口が実に幻想的。70年代フュージョン的でもあり、現行ネオ・ソウル的でもあるヴァイブがエキゾな高級感を纏って表現されている。前体制もある種の洋楽的なセンスで勝負していたものの、いまのEspeciaはギミックやエクスキューズ抜きにモダンなアーバン・ミュージックとの同時代性を体現しているというわけだ。その意味で今様のジャズ・オリエンテッドなモードを着こなした“Helix”のカッコ良さは、今後の方向性を占ううえでもとりわけ重要かもしれない。ともかく、それら楽曲そのものの神秘的な美しさをもって、今回の野心的な変化は成功を収めている。

 ちなみに、初回盤のジャケには、否応なく『CARTA』を思わせる神殿が砂漠で無惨に朽ちていくなか、廃墟の楽園から3つの物体が飛び去る様子が描かれている(『Aviator/Boogie Aroma』のジャケから順番に並べると、ちょっと泣きそうにはなる)。一方で通常盤のジャケに描かれたのは、巨大なワームに追われて砂漠を疾駆する3人の姿。彼女たちを追いかけるのは、過去の自分たちと比較する目線か、あるいは未成熟な時代の彼女たちを育んできた文化の在り方そのもの……とまで書いたら野暮すぎるだろうか。

 それはさておいても、何より上質な音楽と新鮮な可能性を秘めて帰ってきたEspecia。 新しい楽園はたぶんここにありそうだ。



Especia
冨永悠香、森絵莉加、Mia Nascimentoによるガールズ・グループ。2012年6月、大阪は堀江を拠点に10人編成で活動をスタートする。同年秋のファーストEP『DULCE』が一部で高い評価を得て以降、コンスタントな作品リリースと共に評判を広げていく。2015年にメジャー・デビューを果たすものの、今年に入って2月にアルバム『CARTA』をリリース後、冨永と森を除くメンバーが卒業。東京に拠点を移して新体制への移行を進め、6月のライヴ・イヴェント〈Squid Master #7〉にてMiaを加えた現体制でのパフォーマンスを初披露する。このたび新体制でのデビュー作となるミニ・アルバム『Mirage』(Bermuda)をリリースしたばかり。