ギターを弾くのがおもしろい、と感じながらやるのが大事なのかな(塚本)

――自分の半径数メートルの空気を作品に閉じ込める、ということを塚本さんは新作『ARCHES』でめざしていらっしゃるわけですが、今回音作りでこだわった点などを教えてもらえますか。

塚本「今回はレコーディングに関わったスタッフがヴィンテージの機材を取り揃えてくれて、マイク何本かで録音したんですが、とにかく自分の求めているイメージを共有できるメンバーと作業ができて、得るものが凄く大きかったですね。こだわりとしては、いろいろな場所で聴かれることを想定しながらミックスしたこと。このあたりの音はちょっと強めに出したほうがいいんじゃないかとか、試行錯誤しながらやりました。『ARCHES』はメロディーとベースだけで構成されている曲も結構あるんですが、どちらかが出すぎたり引っ込んだりしてしまうと音楽として成立しなくなってしまうので、その点にもかなり注意を払いましたね」

――塚本さんのアルバムを聴いていると、ギターという楽器はいつまで経っても発展途上のままというか、いい意味で未完成な楽器だな、という想いに駆られたりするんですよね。まだまだ未知の演奏を引き出す可能性に満ちているように思える。

塚本「実はそうなんですよね。でも逆に、1940年代のレコードなんかを聴いていると、こんな凄いことをこの時代にもうやっていたんだ、という驚きの発見があったりする。僕はハーモニクスでメロディーを弾いたりしていますけど、そういう技法はもう大昔にあったんだと最近知って。ジャンゴ・ラインハルトのような有名なギタリストがやっていたみたいですね。僕の場合はギターを触りながら〈あ、こうしたらこういう音が鳴るかも〉と発見したんですが。エフェクターなどが登場する前も、いろいろな工夫で新しい技法を開発されていたんでしょうね。なかには、日の目を見ることなく埋もれているものもたくさんあるような気がします」

ジャンゴ・ラインハルトの1939年のパフォーマンス映像
 

チエ「アルバムを聴いていて、“Shiodoki”はどうやって弾いてるんだろう?と不思議だったんですけど、ライヴを観て、チョーキングをやりながら音を外しているんだとわかりました」

塚本「あれはチョーキングで外すというか、最初から外れている場所へ指を持っていってきちんと上げ切れば、正しい音のポジションに届くけど、上げきらないとああいう音になる」

チエ「てっきりスライド・バーを使っていると思っていました」

塚本「アルバムのなかでもいちばん〈何コレ?〉という曲だよね(笑)。音楽に詳しい人からは〈上の部分で鳴っている楽器は何ですか?〉と質問されて。ギターで録ったベース・ラインに、まったく違うものをくっ付けたと思われたみたいで」

――ベースは覚醒しているのに、上に乗るメロディーが酔っ払ったような、千鳥足状態というのが何ともおかしくて。

塚本「うんうん。でも弾くのはちょっと疲れるけどね(笑)」

――チエさんはどの曲が気に入りましたか?

チエ「私は“UFO NOMURA”が好きでした」

塚本「ギャロップのスタイルと、ディスコっぽくもあるリズムが合わさった曲ですね。このリズムも、ブギーな曲を弾いている時にだんだん出来ていったんだよね」

チエ「UFOっぽいですよね……絵が見えてくる。それをギターで表現できてしまうのは凄いなあ、おもしろいなあと思って」

塚本「ブリキで出来た手作りのUFOみたいなね(笑)」

――この曲はこういう時に生まれた、というようなエピソードはありますか。

塚本「そうだなあ、いろいろあるんだけど……。僕はここ4~5年、ソロのライヴを活動の中心にしていて、日本のあちこちに行っているんです。それで、よく乗っている福岡と大阪を繋ぐフェリーがあるんですが、お客さんの前で演奏をすると、乗船代や食事代すべてがタダになるというシステムが用意されていまして」

――あっ、知り合いのミュージシャンから聞いたことがあります。ライヴをやると、すべて無料にしてくれるというおもしろいシステムがあると。

塚本「そう、いろんなミュージシャンが利用してるんですよ。アマチュアと同じように応募するんですけど、JASRACに登録されている曲は演奏しないでくださいという決まりがありまして。それなら船の上だし、ちょっと海な感じの曲を弾いてみようかな、と思い付いた曲がオープニングの“Shiosai”です」

チエ「即興で作ったんですか?」

塚本「ソロの曲は、即興で作ったものを後でまとめて曲にすることも多いかな」

――簡単なスケッチを貯めておいて、そこから拾い上げたものを曲にしていくプロセスも多々あると。

塚本「そうですね。さっきの“UFO NOMURA”も、ライヴでブギーの曲をやっていた時に浮かんだアイデアがベースになっていて。いつも曲の間奏でいろいろとアイデアを試すんですよ。ステージに上がらないと働かない意識ってあるでしょ? その時々で自然発生的に出てきたものから良いものだけを残していって、のちに活用する。ちなみに“UFO NOMURA”は野村くんという友達の家で作った曲です。とあるライヴ後に野村くんの家に泊まることになっていたのでそれで……」

チエ「フフフ(笑)。その〈NOMURA〉だったんですね」

――チエさんがソロ・アルバムを作るとしたら、どういった内容にしたいですか?

チエ「私がやってきたバンドでは、ニーコ・ケースとかアメリカの女性シンガー・ソングライターたちに影響を受けた、歌中心の音楽を作ってきたんです。でも塚本さんのアルバムを聴いて、もっとシンプルにギターだけでやってみたいなと思いました。ギターだけのソロ・アルバムもいいかなと」

塚本「お、挑戦状だね(笑)」

チエ「そうじゃないです(笑)」

ニーコ・ケースの2013年作『The Worse Things Get, The Harder I Fight, The Harder I Fight, The More I Love You』収録曲“Night Still Comes”
 

塚本「いろいろなギタリストがそういうふうにやり出したらおもしろいよね。『ARCHES』も曲によっては少し変わったことをやっているけど、難しく聴こえないように心掛けて作ったつもりなんですよ」

チエ「十分難しそうですよ(笑)」

塚本「いやいや、ギターをやっている人からしたらそうかもしれないけどね。でも、〈僕にもできるんじゃない?〉と思ってくれるかなあと期待しています。思えば僕らの世代が新しいことをやる時は、ちょっとした勘違いが働きがちだったというか。いまと比べたら情報もかなり少なかったし、レコードの音から得られるものがすべてで、聴こえてくる音から〈たぶんこんな感じじゃねえの?〉とあれこれ試行錯誤を繰り返してきたわけだけど、いまはそういうきっかけで何かを発見するのは難しいんじゃないのかな。この人はこういうふうに弾いていますよ、という情報もほとんど揃っているもんね」

――制限を設けることは、クリエイティヴな作業においては大事だと思いますよ。塚本さんの音楽を聴いていると、そういう意識の働きが感じられたりします。

塚本「うんうん。制限かどうかはわからないけど、(塚本がスタイルとする)エフェクターをまったく使わない、ずっと同じギターを使っているとかは、そう言えなくもないですよね。ひとつには、部屋で弾いている時の生音が絶対の基準なんですよ。アンプを通した時も部屋で聴こえていた音のバランスを再現するというか。部屋の音がそのまま出るとやりやすいというのがあって。それを基準にしつつ、飽きないようにいろいろとやっていくと、たまに素っ頓狂なものが出てきたり」

チエ「フフフ(笑)」

――部屋で鳴らしている音がもっとも気持ち良いということですか?

塚本「気持ち良さでいうと、さほどそうでもないんですけどね(笑)。部屋で自分に向けて弾いている時の生ギターの音は、他人と共有し合えるものじゃないというか。その状態をキープしながら、いろんな実験を繰り返しているんです。パンツ一丁で部屋にいるという気持ち良さはあるけどね(笑)。そういう意味では、アンプは外に出掛けていく時に着る洋服のようなものなのかな」

――求道者のように部屋に閉じこもってギターを弾き続けるようなことには、あまり興味はない?

塚本「うん。部屋で弾いている時の気分は比較的ドライというか、どうしても練習か組み立て作業になるほうが多いから。最終的にめざすものは誰かに聴かせることだったりするので、その準備としての意味合いが大きいけどね」

チエ「凄い量の練習をされてるんでしょうね。いろいろと考えながらやっていらっしゃるんだろうなと思います」

塚本「そうでもないですよ。部屋で考えていることって9割ぐらいしょうもないことだったりするしね(笑)」

――チエさんにとっての気持ち良い音はどんなものですか?

チエ「アンプに繋いで鳴らしたグレッチの低音弦の響きとか。ヴィンテージのグレッチにしか出せない良い音があるので、いつも気持ち良いなと思いながら弾いています。家では私も生音で弾いていますが、やっぱりアンプに繋いだ時の音をいつも想像していますね」

堀口チエがKeishi Tanaka松田”CHABE”岳二とセッションしたパフォーマンス映像
 

塚本「純粋にギタリストとして参加するのはLEARNERSが初めてだったの?」

チエ「そうなんです。ずっとギタリストをめざしてやってきたんですけど、ギターだけじゃ何だか中途半端な気がして。歌と2本柱にすればひとつのものになるかなと」

塚本「僕は高校生の頃から常に、歌とギターを務めるバンドと、ギターだけで参加するバンドの2本立てでやってきたんですよ。ピラニアンズに参加した時はギタリストとしてだったし、ネタンダーズでは歌も歌いますよ、という感じで。一時はギター兼ヴォーカルがいちばんやりたいことだと思っていたこともありましたけど、いまはヴォーカルしかやらないバンドもいいなあと思えたりもして」

※世界でも珍しいプロの鍵盤ハーモニカ奏者、ピアニカ前田を中心に91年頃から活動開始。現在は塚本を含む4人で活動。初期にはASA-CHANGも参加していた

――それはおもしろそうですね。

塚本「つまり、(自分の活動の)どういう部分を切り取って見られても、言いたいことはほとんど変わらないんだと、そう思えるようになってきたということかな」

塚本擁するSLY MONGOOSEの2004年のパフォーマンス映像
 

――最後に、お2人にお訊きしたいんですが、自身が理想とする音楽とはどういうものでしょう? 音楽とはこうあってほしい、自分の音楽はこうありたいなど、常々考えていることを教えてもらえますか。

塚本「ざっくりというと、聴いてくれる人が何らかの自由を感じてくれたら……ということですかね。僕の音楽を聴くことによって、心を解放させてもらえたらいいかな」

――塚本さん自身が解放されるのはどんな瞬間ですか?

塚本「ライヴで言えば、僕が触ったまんま、指で抑えた通りの音が出ていると実感できる時ですかね」

――それは毎回得られるとは限らない?

塚本「う~ん……それはミクロなレヴェルでの話なんですけどね。どんな針の穴でも糸を通せてしまうみたいな音の〈状況〉は稀なことなので。そういう時は解像度が高まるというか、凄く良く見えている状態になるんですよ。そうすると身体も楽になる。無理な動きをしなくていいので。フレーズを弾くにも何もしなくていい。何もしなくていいというのは、やればいいことをポンとそのままやるだけということなんだけど、それは気持ち良いですよ」

チエ「レヴェルが高すぎます(笑)」

――チエさんも、弾き出したら止まらなくなった、身体が勝手に動いてしまうということはあるんじゃないですか?

チエ「はい。自分の気持ちとギターが完全にリンクして、〈このままずっと行きたい!〉という状態になることはよくあります」

――チエさんが理想とする音楽はどんなものですか?

チエ「まだまだ未完成ですが、人の心を少しでも揺さぶることができたら、という気持ちはいつもあって。それは歌でも作曲でもギターでも。難しいことは大してできないけど、気持ちを乗せて表現すれば伝わるんじゃないかと思いながらやっています。それと、誰かがギターの音を聴いて、〈これはチエさんだな〉とすぐにわかるようなプレイヤーになりたい。塚本さんのように、本当の意味での個性を感じさせる音を見つけたいです」

――それを得るためには何をすれば良いんでしょうね?

チエ「もっと自分がどういう人間なのかを知るために、音楽や映画をたくさん聴いたり観たりして探っていきたいですね」

塚本「自分を知れば知るほど、ガッカリの連続だったりするんですけどね(笑)。でも、実際の自分と音楽をやっている時に見えているものとのギャップがあっても全然構わないという境地にはなりました。人間的にはどうにも自信が持てない、と思いながら何十年もやってきたから」

チエ「私もそうです!」

塚本「ああ、だからギターをやり続けているところもあるのかもしれないですね。ただ個性云々ってことはなるべく考えず、とにかく弾くこと。ギターを弾くのがおもしろい、と感じながらやるのがいちばん大事なのかな。あと、何でそれをおもしろいと思えたのかを見い出せると、それがおのずと個性に繋がっていくだろうし……なんちゃって」

 


梅津和時からのコメント
 
小島麻由美からのコメント