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ソロ演奏を大量に入れるようなことはしたくなかった

――前作もそうですけど、あなたが作る音楽はシネマティックというか、映像を喚起させる力がすごく強いですよね。さっき、〈3つの側面〉に関する話をされてましたが、プロデューサー視点ではどういうアルバムを作ろうと心掛けたのでしょう?

「いい質問だね。それに答えるには、〈3つの側面〉についてもう少し説明する必要がありそうだ。さっきも言った通り、今回は3つの異なる角度から見た自分をハイライトできたらと思っていた。その考え自体がひとつのコンセプトと言えるかも知れないけど、〈特定のやり方を決めない〉というのも、自分に対して正直なアプローチをするうえで重要だった。例えば“World Go Round”などいくつかの曲では、ソングライターであることよりも楽器演奏者としての自分に重きを置いている。そして、プロデューサーとしての自分の役割は、どこで(曲を)止めたらいいのかを示したり、レコーディングのために吟味するべきことを示すこと。僕のなかのプロデューサーからは、レコーディングするたびに見直して、パーフェクトな音を作るように言われたけど、ソングライターとしての内なる自分は〈そんなこと一切するな、ありのままを残しておけ〉と言っていた」

――なるほど。

「それとは別に、“Song 3”という曲では、内なるソングライターの声が〈来たものから対応するように〉と言っていた。最初にやってきたのはメロディーのアイデアで、そのとき僕は世間の流行も意識しつつ、ベースの音色や(曲中の)スペースのあり方、あるいはどんなオーディエンスに向けて作品を作ろうとするべきか考えていたけど、僕の内なるプロデューサーは〈どんな人にも応じようとするな〉と言うんだ。自分が〈こうだ!〉と感じる音のままで行くんだってね。そんなプロセスを踏んだのもあって、“World Go Round”では最初にベースを弾いたんだけど、“Song 3”ではいちばん最後に録音したんだ」

――そういったトライアングルに基づくバランスが肝だったんですね。

「あとは、曲作りの過程で〈3つの側面〉をぶつけ合わせてみたりもしたよ。例えばベーシストとしての自分が主導した直後に、ソングライターとしての自分が取って代わって、キーボードやベース、はたまたドラム・パターンを活かしてメロディーを築いていった。それをプロデューサーの自分が引き継いで、どこで曲を終わらせるか、いつここのパートに辿り着くかを考える、といった具合にね。そうやって〈3つの側面〉をぶつけ合わせつつ、一方で特定のどれかが際立つことのないようにした。それこそが、この制作過程における自由だったんだ」

――自分自身でほとんどの楽器を演奏されていると聞いて、曲作りのプロセスも気になっていました。例えば“World Go Round”だとベースとピアノ、それにハンドクラップが入っていますが、あの曲はどのように作られたんですか?

「まずは曲の雰囲気やメロディーが頭に浮かんできたんだ。教会や南部などの要素がハイブリッドに入り混じっているようなね。最初はエレキ・ベースから書きはじめたんだけど、メロディーは子供の頃に聴いて育ったものや、中学/高校の仲間と一緒に聴いていたようなものを思い出していた。アダム・ブラックストーン※1ドウェイン・ムーア※2といった仲間たちや、兄貴分のケヴィン・アーサー※3などとよく集まって、学校に行く前も終わったあとも、みんなでベースを弾いていたものさ。アンプには繋がず、ひたするジャムる――あのときの感覚を覚えていて、それを自分の作品に刻み込みたかったんだ。そのためにどうするかを考えたときに、〈時間をかけるようなことはやめよう。まずはハンドクラップとフィンガー・スナップだ〉と閃いた。そして、(全身を叩きながら)こうやって身体のあちこちを打ち鳴らしてみて、ベースのトラックを次から次へと録音していくことにしたんだよ。あのときの空気を再現することを思い描いて、とにかく録音し続けて……30分もしたら曲が出来上がっていた」

※1 ニッキー・ミナージュジャスティン・ティンバーレイクジル・スコットらに携わるプロデューサー/ソングライター/ベーシスト
※2 ジル・スコットの諸作に参加しているベーシスト
※3 レ・ヌビアンなどの作品に参加しているベーシスト/プロデューサー

――今回のアルバムのように、多重録音を駆使して曲作りしていく過程にも、ジャズの即興性は反映されるものなのでしょうか?

「インプロヴィゼーションの意味合いにもいろいろあるよね。ただ即興演奏をすればいいというわけではなく、発想を自由にしていくこともインプロヴィゼーションに含まれるんだよ。今回の作品について言えば、何をどのように〈即興〉するかを選ばなくてはならなかった。それはベーシストとしての演奏の部分だけではなく、レコーディングの方法や、スタジオで使う機材についてもインプロヴァイズしたかった。あとはさっき話した、〈3つの側面〉や〈特定のやり方を決めない〉といったコンセプトも大いに関係があるね。僕にとっては、〈ここは(内なる)プロデューサーの意見を聞こう〉〈ここはソングライターに訊いてみよう〉と自分の声に従ったり、あるいは〈通常こういったサウンドを生み出すなら、この部分はベースやピアノ、ドラムスなどの演奏が使われるだろうけど、その代わりに全部ベースだけに絞ろう〉とか、〈すべての楽器を一斉に演奏するけど、ベースは一切メロディーに触れないようにしよう〉といったアイデアもインプロヴィゼーションに含まれるんだ」

――具体的に言うと?

「例えば今作の曲では、“Heart Of A Dreamer”は何かの魂を伝えようとしているような曲さ。だから(通常とは)違った種類の即興を試している。『Live Today』の“Dances With Ancestors”でも、その違った種類の即興を採用した。あの曲では、ひとつのメロディーを軸にソロが次から次へと自由にメンバー間を渡り歩いていくんだけど、特定の何かが突出するということはない。フォーカスはしながらも、自由度は享受する。それもひとつのインプロヴィゼーションの形さ」

2013年作『Live Today』収録曲“Dances With Ancestors”のライヴ映像
 

――今回のアルバムを作るうえで、影響を受けたアーティストやアルバムなどはありますか?

「正直なところ、そういったものは特になかったかな。でも、いちばん影響を受けてきたミュージシャンを強いて挙げるなら、それは母親だろうね。彼女は僕が音楽好きであることを早い段階からわかっていて、音楽の聴き方にも影響を与えた。自分のキャリアを通じて、何をするにしてもその影響はいつも感じられたよ。僕はなるべくしてなった、音楽のるつぼのようなものさ」

――これまで聴いてきた、さまざまな音楽に影響されていると。

「それを認識していたので、これまでの2作品においてもっとも重要だったのは、自分に制約をかけないことだった。そして、ベーシストとしての自分の言い分を証明したかった。というのも、自分のアルバムにソロ演奏を大量に入れるようなことはしたくないんだよね。もちろん、それはそれで素晴らしいと思うし、実際にそうやって素晴らしい作品を残しているベーシストだっている。でも僕自身としてはもっといろいろな要素……例えば、幼い頃から今日までに自分が受けてきた影響や決心したことを記録したいと思ったんだ。それが光を放ってくれることを祈っているよ。レコーディングにおいては、〈自分の耳こそが最大の影響元である〉というのは美点だと思う」

――というのは?

「要するに、〈差し引く〉ということ。それは数年前に自分で決断したことなんだけど、外部をシャットアウトすることで、音楽が自分に語りかけてくれるものを自然に活かすように務めているんだ。そういえば以前、学校の先生にこう言われたよ。〈何をやるにしても情報を大いに吸収すること。ミュージシャンであるならばどんな楽器であろうと、複数の楽器を扱っているにせよ、きちんと時間をかけてその楽器と向き合って習得すること。そして、いざ何かを発表できるタイミングが来たら、そのときはそれまでの学習を切り離して、音楽に語らせたらいい。純真なままであれ〉――これまでに受けたなかでも、最良のアドバイスだと思っている」

――今作の日本盤が、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの新作とほぼ同時にリリースされるのも良かったですね。

「うん、すごく楽しみにしているよ。“Find You”という曲では僕がヴォーカルも担当しているんだ」

ロバート・グラスパー・エクスペリメントのニュー・アルバム『ArtScience』収録曲“Find You”