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絶望したからこそ見える世界もある

――それでは、新作『Absence』をバンドで録ろうと思った理由は?

清水「いまのメンバーと少しずつ気心が知れてきて、いい感じでグルーヴが出てきたんじゃないかというのももちろんありましたし、あとはやっぱり、“Universal Mind”という曲が出来たときに、これは絶対にドラムスとベースを入れないと音源にならないだろうなと思ったのが大きいですね」

鈴木「“Universal Mind”のレコーディングでは、いつもと違うチューニングにしたんです。それが結果として、すごくいい響きになりましたね。通常のチューニングよりもずっと低くなっているんです」

清水「すごくベーシスト泣かせなんです」

鈴木「そうそう。弦がたるたるになっちゃう。でも意外と楽器がまとまって鳴ってくれたりして、そうすると弾くフレーズも変わってくるから楽しかったですね」

清水「実は、前のアルバムも結構チューニングを変えているんですけど、ちょっと古い感じの音になるんですよ」

神谷「僕もガリバーも、普段からいろいろな楽器や機材を集めているんですけど、それをやっと活かせる!ということがPredawnのライヴやレコーディングでは多いんです。他のプロジェクトでは、ちょっと使えないような……(笑)」

清水「これまで日の目を見ることのなかった楽器たちが……(笑)」

鈴木「これまでにebayで掻き集めたものがね(笑)」

清水「レコーディング当日は、本当にものすごい荷物を担いで来てくれたんですよ(笑)。しかも、出す音出す音ドンピシャで」

――例えばそれはどんな音だったりするんですか?

神谷「僕は古い楽器を使えるのが嬉しくて。例えば“Skipping Ticks”でバス・ドラムの代わりに使っている大太鼓は、1930年代の本革のものだったり」

鈴木「僕は、エレキ・ベースを使う時はちょっと特殊なDI BOX経由にしていました。真空管が入っていて、あんまり見たことがない機材なんですけど、すごく古い感じのサウンドになるんです。いま流行っている立ち上がりが速くて自然な音ではなくて、すごく遅くてまったりした音になるのが気に入ってますね。あとアコースティック・ベースには、4弦だけすごく古い弦を張ることもあって。それで“Hope & Pease”を弾いていて、ちょっとチェロっぽい音色にしています……そういう地味なことをいろいろとやっているんですよ(笑)」

※ダイレクト・インジェクション・ボックス。エレキ・ギターやベース、キーボードなどの楽器を直接ミキサーに繋げるための変換機

――今回、〈この曲が出来たからアルバムの全貌が見えた〉という曲はありますか?

清水「最近出来たのが“Sigh”と“Hope & Peace”なんですけど、“Hope & Peace”が出来たときに、(アルバムが)まとまりそうだなとは思いました。言いたいことが全部言えた曲になったというか」

――この曲のエンディングはソウルフルなフェイクがすごく良いですね。

清水「ちょっとソウルが足りないかなと思ったんですけど……心が冷ためなので」

――ハハハ(笑)。タイトルが『Absence』で、〈欠乏〉や〈不在〉という意味ですが、やっぱり何か共通するテーマがアルバムの曲にはありますか?

清水「全体的に暗いですよね……(笑)。なんていうか、心の中の空っぽの部分を探し求めたり、諦めたり、そういうイメージが共通しているかなと」

――すごく大きな喪失感や悲しみに呑み込まれてしまった人が、歌詞には多く登場しますね。

清水「はい。そういう気分でもあったし、そういう人を見ることも多かったので。ただ、絶望したからこそ見える世界もあると感じることも多くて。それを、一人でも多くの人に伝えたいなっていう気持ちはありました」

――そこには東日本大震災のことも関係があったりしますか?

清水「そう……かもしれないですね。もう5年前のことですけど、アルバムが3年ぶりですから震災の後に書いた曲が多いので」

――全体的にとても悲しい歌詞ですが、“Hope & Peace”の最後の一節に救われます。さっきおっしゃっていた、絶望したからこそ見えることがそこに集約されているというか。

清水「そうですね。いつも自分はどこか冷めていて、耽美的というと言いすぎですけど、一つ一つは汚くても、遠いところから見たらまあまあ綺麗じゃない?と思えたらいいなと思っていて。あと、どこかで現実思考じゃないというか、どこかで〈これは現実じゃないのかも〉という非現実感を抱きながら生きているので、こういう歌詞が出てくるのかもしれないですね。それは(Predawnの歌詞を)救いに思ってくれる人がいる一方で、おもしろくないと思う人もいるでしょうけど」

――でも、非現実的な世界を描くからこそ見えてくるリアルもきっとありますよね。英語の歌詞と日本語の歌詞では、見える景色も違うのかなと思ったのですが。英語の歌詞はシュールだったりアブストラクトだったりするのに対し、日本語の歌詞はもっと直接的に情景が浮かんでくるような気がします。

清水「ああ、そうなんですね。私としては逆なんですよ。日本語詞のほうが、普通の人が読むと何を言ってるのかわからないんじゃないかなと思ったりして」

神谷「僕はそこまで英語詞をちゃんと読み込んではいなかったんですけど、日本語の“霞草”を初めて聴いたときは、ちょっと美和子ちゃんに近付けた気がしました。あ、こういうことを歌っているんだ、と。扉を開いてくれたようで嬉しかったですね。ただ、〈日本語を書く〉という行為は美和子ちゃんにとって〈翻訳〉に近いのかなと。美和子ちゃんが伝えたいことをダイレクトに反映しているのが英語詞で、日本語詞の場合はそれ(伝えたいこと)を翻訳して出しているのかなと思うときがあります」

――ああ、すごくよくわかります。

鈴木「僕も美和子ちゃんと一緒で、日本語の歌詞のほうがなんかぼんやりしてるなと思う。“霞草”を初めて聴いたときに、〈あれ? なんだろう、わざとぼんやりさせたのかな〉って。いつもと見えるものが違うように感じました」

――確かに、〈で、結局何が言いたいの?〉という感じはします。

清水「ですよね(笑)」

Predawnの2013年作『Golden Wheel』収録曲“Tunnel Light”
 

――でも、それがいいなとも思うんですよね。それに、Predawnの曲はどれもそうなのですが、“霞草”は特に、自分が嬉しいときに聴くのと悲しいときに聴くのとでは全然響き方が違うんです。それはこういう歌詞に秘密があるのかなと思いますね。

清水「そうですね。その人の心を反映する感じになるのかも」

――かと思えば“Kinds Of Knot”は、かなりストレートに怒りを表していますよね。

清水「怒りというかストレスというか、イライラというか……(笑)。メロディーに引きずられて、この曲はこれまで書いてきたなかでいちばんスピーディーに書けたんです。本当は他の曲ももうちょっとわかりやすくしたいんですけど」

――サウンド面では、“Black & White”や“Universal Mind”で声にエフェクトをかけて、一人二役のような掛け合いヴォーカルにしているじゃないですか。それもライヴにはなかったアレンジ面での驚きでした。

清水「あの2曲は、ライヴで一気に歌うと息継ぎが結構苦しいんです(笑)。なので、録音するときは(ヴォーカルを)分けたかった。前作に収録された“Tunnel Light”ではヴォーカル3人分の掛け合いをやっているんです。そのときはヴォーカルにエフェクトはかけてなかったけど、なんとなく空気感が違うように録れておもしろくなったのに味をしめて、ちょいちょいやっています。“Tunnel Light”のときはボケとツッコミみたいな感じで、歌詞と連動した掛け合いをしていました。今回はどうなんですかね」

――歌詞との連動という意味では、あまりボケとツッコミという感じでもなさそうですね。

清水「そうですよね(笑)。でも違う人が歌ったらおもしろいかなと思ったのはあるし、コーラスやバッキング・ヴォーカルを歪ませたり、イコライザーで高域と低域をカットしてラジオ・ヴォイスっぽくしたのは、単に私のなかで流行りだったのもあります。実は、目立たないところでほとんどの曲にやっていましたね。ミックスのとき、エンジニアさんから〈流行ってるねえ〉と言われました(笑)」

――あと、歌詞のことでもう一つ訊きたかったのは、今回“line”という言葉がよく出てきますよね。“Don't Break My Heart”の中の〈crossing the line〉や〈date line〉、“霞草”の〈祈るように線を描くように〉、それから“Hope & Pease”の〈pale blue line between lines〉と。

清水「ああ、確かに。“霞草”の〈線を描くように〉というのは、すごく無機質なことをしているという喩えで入れた気がするんですよね。淡々と生きている、みたいな。例えば、入院しているときに繋がれている心電図のグラフとか(笑)。ただ生きているだけで、人はあのグラフ線を描いているわけじゃないですか。そういうイメージで、〈祈る〉とは対照的なフレーズを入れたかった気がします。でも、“Don’t Break My Heart”と“Hope & Peace”に出てくる〈line〉は、何かを区切る線という意味で共通していますね」

――それは例えば、夜と昼、生と死、現実と虚構みたいな?

清水「ああ、そうですね……(しばらく考え込む)。例えば〈境界線を引く〉というのはすごく大事なことだと私は思っていて。ちょっと冷たく聞こえるかもしれないけど、そういうことをすごく考えた時期があったんですね。親しい友人との間であっても、そこにちゃんと線を引けないと、お互いにとって良くないと感じるんです」

――それは友人だけでなく、家族でも恋人同士でも、きっとそうなんでしょうね。

清水「はい。境界線で苦しんでいる人が周りにすごく多くて。どうしても近付きすぎちゃったり、人のことばかり優先して自分を大事にできていなかったり。そんなことを考えているうちに、無意識に〈line〉という言葉が出てきたのかもしれないです」

――こういう内容の歌詞を書くのは、やはり大変な作業ですか?

清水「いや、作らなきゃと思って歌詞を書いたことはなくて。自然と……だったらもう少し早く書けって感じなんですけど(笑)。どこか、ある日の日記を何日もかけて書いているような。セラピー的に自分の考えていることが見えてくるので、大変だと思ったことはないですね」

――以前は、〈自分の中の子供〉に向けて書いているとおっしゃっていましたが、今回は友人や知人に向けて書いている意識もありますか?

清水「あまり誰かに向けて書いたりはしていないです。曲を聴いた人や歌詞を読んだ人が、もしかしたらそれぞれの葛藤から抜け出すきっかけになるんじゃないかとは思いつつ……。今回、“Skipping Ticks”は自分が曲を書く、表現する理由をいちばん書けたかなと思います――家に地下室はないですけど(笑)」

――前作同様に今回の『Absence』も本当に素晴らしい作品ですが、最後に、神谷さんとガリバーさんにとって『Absence』はどんなアルバムなのかを聞かせください。

鈴木「実はまだ冷静に聴けてないんですよ。なんかこう、上手く距離感が掴めてなくて。でも、初めて聴いたときは、〈うわ、なんてすごいアルバムなんだ!〉と思いました」

神谷「うん。本当にそう思う。僕とガリバーのリズム録りから始まって、そこからどう仕上がっていくのかをずっと待ち侘びていたんです。だからこんな素晴らしいアルバムの中で、自分の音がしているのが不思議というか、まだ実感が湧かないですね。とにかく、たくさんの人に聴いてもらいたい作品ですし、参加できて本当に嬉しいです」

清水「いえいえ、2人のおかげです……!」