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長門さんには〈ありがとうございました!〉って言葉しかない(曽我部)

90年代のオリーヴ少女は、ビートルズを一枚も持っていなくてもロジャニコは所有していた、とは司会の行さん。付け加えると、テーマ曲がフリッパーズ・ギターの“恋とマシンガン”の下敷きとなったイタリア映画「黄金の七人」(65年)のサントラも、どんな女の子だって持っていた。この2枚のアルバム・ジャケットの残像は、アニエス・ベーのボーダー・シャツやベレー帽と重なり合っている。

映画「黄金の七人」オープニング曲
 

曽我部「ロジャニコがいちばん欲しかったんだよなあ。極楽ですよ、いわば。僕がまだ田舎にいた頃、東京の中古盤屋さんへ行けば10,000円ぐらいで置いてあるんだろうな、と思っていたんです。そしたらどこにもなかった。見ることすらできないレア盤でしたね」

こんなにロジャニコ話で引っ張っていいのか、と次第に心配になりはじめた長門さん。そこで話題は、曽我部さんがパイドから受けた影響についての話へと展開していく。

曽我部「僕はパンクやニューウェイヴばっかり聴いているような少年だったんですけど、あるときザ・バンドの音楽を好きになったんです。それから同じ頃にビーチ・ボーイズも聴きはじめた。そこから渋いアメリカン・ロックへと興味が向かっていくことになるんですが、当時〈イッツ・ア・ビューティフル・ロック・デイ〉というリイシュー・シリーズがありまして、そこでリリースされたパチェコ&アレキサンダー※1ハングリー・チャック※2など、ベアズヴィル・スタジオで録られたアルバムをたくさん聴いたんです。その監修を長門さんがやってらっしゃって、ライナーも書かれていた。なので、何よりもそのへんの音楽を紹介してらっしゃったという印象が強いかな。中学、高校時代はこういう音楽ばっかり聴いていました。長門さんが紹介しているような音楽は、ラジオでもめったにかからないですから。僕、香川出身なんですが、岡山に〈キングビスケットレコード〉というマニアックな中古盤屋がありまして、電車で通っていろいろ買っていたんです。あと、ミレニウムの『Begin』(68年)かな。現在ではサイケデリック・ミュージック方面で語られる作品だけど、あの頃は〈知られざるアメリカン・ロック〉みたいな括りで紹介されていて、それを好きになったのも長門さんの影響が大きいです」

※1 シンガー・ソングライターのトム・パチェコと、彼の恋人だったシャロン・アレキサンダーが組んだフォーク・デュオ。71年に発表された唯一作『Pacheco & Alexander』は、オーリアンズジョン・ホールがプロデュースを担当。ザ・バンドやジャニス・ジョプリンらとの仕事でも知られるジョン・サイモンなどウッドストック人脈を駆使して作り上げたカントリー&フォーク・ロック・サウンドは、古き良きアメリカン・ロックを愛好するリスナーから絶大な人気を誇る

※2 エイモス・ギャレットNDスマート2世ジェフリー・ガッチョンジム・コレグローヴなどを主要メンバーとするウッドストックの幻のグループ。ベアズヴィルからリリースされた最初で最後のアルバム『Hungry Chuck』は、ルーツ・ロック系名盤として名高い。ガース・ハドソンポール・バターフィールドジェフ・マルダーといったゲスト陣と共に奏でるカントリー、ロックンロール、ブルース、ディキシーランドなどのエッセンスがミックスされたオールドタイミーなサウンドは実に美味

パチェコ&アレキサンダーの71年作『Pacheco & Alexander』収録曲“Gather Your Childeren”
 
ハングリー・チャックの72年作『Hungry Chuck』収録曲“Cruising”
 

ここでミレニウム唯一のオリジナル・アルバム『Begin』から、オープニング・ナンバー“Prelude”が流れる。ヘヴィーで分厚いドラム・サウンドが響き渡るや否や、驚きの声があちこちであがった。

曽我部「90年代はソフト・ロックネオアコ好きに支持されていたけど、いまはヒップホップを聴く子たちが好きらしいんですよ。この曲のドラムが、ドラム・ブレイクとして認識されているんです。だからヒップホップのリスナーも探すので(中古レコードの)値段が昔よりも少し上がっていて、一層オリジナルが手に入らなくなってる。あとキャロル・キングがいたグループ、シティなんかも変わらず高いかな」

長門「サンプリング・ネタということではアヴァランチーズがすごいよね。ドゥワップのレアなレコードとか、驚くようなネタがたくさん入ってる」

アヴァランチーズの2016年作『Wildflower』収録曲“Frankie Sinatra”
 

ところで、長門さんと曽我部さんの出会いはいつだったのだろうか。

長門「最初に曽我部くんに会ったのは、タワレコのフリー・ペーパー〈bounce〉でサニーデイ・サービスにインタヴューをさせてもらったとき。ちょうど僕が〈ベアズヴィル・ボックス〉やジョン・サイモンのアルバムの制作を手掛けていた頃だった。初めて聴いたときは〈すごい若者たちが出てきたな〉と思いましたよ」

曽我部「いやいや。そのときのことはよく覚えてますよ。あの長門芳郎にインタヴューしてもらえるということで、かなり緊張しながら現場に行きました。新宿の喫茶店でしたね」

長門「〈DUG〉だったっけ」

曽我部「長門さんの書かれるライナーノーツは、ほかとはちょっと違うんですよね。音楽評論家的な解説ではないんです。紹介者というか、その作品の内容を直球で投げてくれる感じがある。だからこちらも真っ直ぐに受け止められる」

長門「結局僕は、基本的にレコード屋のオヤジなんです。だからお客さんにそのアルバムのいいところを教えるというか。なので気に入らないものは原稿を書かないし、お店の棚にも並べない。あと自分が好きじゃないからといってディスったりもしない。ディスるって行為はよくわかんないよね。良い音楽、好きな音楽だけを届ければそれでいいじゃないと思うんですよ。だって、いろんな趣味の持ち主がいるからね。いまタワーの一角でこうして(パイドを)やらせてもらっているけど、(ラインナップが)すっごい偏ってるよね。なんでアレが置いてないの?みたいな、まあそういう店があってもいいじゃない」

曽我部「そういう姿勢に僕はかなり影響を受けてますよ。もはやネットとかですべての音楽が聴ける時代じゃないですか。だからこそこういう店はすごく新鮮だと思う。とにかく、ここには僕のルーツと言えるような音楽がたくさんある。ということで、長門さんには〈ありがとうございました!〉って言葉しかないですよ」

長門「去年、横浜赤レンガで復活したパイドにも来てくれたけど、今度のセレクトもまた喜んでもらえると思うよ」

トーク後は、曽我部恵一の弾き語りライヴへ。セットリストは新作『DANCE TO YOU』から“セツナ”、最近作ったばかりだという“五厘の恋”、そしてアルバム『blue』に入っていた夏の曲“センチメンタルな夏”という3曲。MCのなかで曽我部は、「パイドパイパーハウスでインストアができるなんて、昔の自分に教えてあげたらなんて言うだろう。皆さんともこの素敵な音楽を共有できたらいいなと思います」と語っていた。

それにしても今夜、曽我部は〈感謝〉という言葉をどれぐらい発していただろう。少なくとも、この日会場に足を運んだ方々は、長門芳郎並びにパイドパイパーハウスが紹介したグッドタイム・フィーリングを持った音楽が、曽我部やサニーデイ・サービスの作品において重要なエッセンスのひとつとしてしっかり溶け込んでいることを悟ったと思う。