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これまでの自分、いまのシーンへのカウンター

――西邑さんはポスト・ロック、ゴス、ノイズ、ロックンロールとさまざまなバンドをやってきて。だからこそジャンルに囚われないバンドをやろうと思ったんですか。

西邑「はい」

――FPCは〈ポスト・ニューウェイヴ〉と言われていますが、西邑さんが考える〈ニューウェイヴ〉とは?

西邑「いまの日本でニューウェイヴと言われているものや、かつてイギリスで起こったもの、それから一般的なイメージのニューウェイヴ……すべてが乖離してると思うんですが、僕が思うのは、ブラック・ミュージックの要素が大きいもので。そのブラック・ミュージックが持つ〈匂い〉みたいなものがどんどん削ぎ落とされていくことによって、大衆に受け入れられやすくなっていった。そういった流れもあったと思うんです。ならば自分の好きな黒い部分を入れて新しく解釈してやろうと思ったんですね」

西邑卓哲
 

――進化していく流れのなかで薄まってしまった黒い部分を、いまの自分たちの音でやろうと。

西邑「そうですね。Morishigeはニューウェイヴがすごく好きで聴きまくっている。プエルはもっと原始的な音楽が好き。2人は本来なら一緒のバンドにいないですよ。でもそんな2人を含めた4人でやろうと」

Mörishige「(同じバンドには)いないね~(笑)。それがメンバーのなかでもいちばん仲良し(笑)」

西邑「ニューウェイヴでも何でも、その時代ごとに一番売れた曲や、一番有名な人がアイコンになって残っている。でもそのひとつのアイコンだけを取り上げるのではなく、点は線になっているはずで、すべて繋がっているはずなんですよ。だからMorishigeとプエルが一緒にやっているのも僕らとしてはあたりまえで」

Mörishige「時代によって乖離してるけど、逆に、本当は一緒なんだよね。だって何も決まりがないのがニューウェイヴのはずだし。オルタナティヴもポスト・ロックも全部そう。〈新しい波〉だもん。プエルさんが好きなものも、突き詰めたら一緒なんじゃないかと」

Shinpei Mörishige
 

西邑「うん。それにニューウェイヴはその時代の音楽に対するカウンターのようにして出てきたわけで、いま当時のものをそのままやってもそうならないんじゃないかとすごく思うんですよ」

Mörishige「そのままやってもファッションなだけで、スタンスとしてはそうではない」

西邑「そうそう。カウンターとして生まれた音楽の表面上だけ真似ても、それは単なるフォロワーですからね」

――音の真似はできても、姿勢は真似できない。

西邑「そうなんですよ」

Mörishige「ニューウェイヴってサウンドのことを指すことが多いけど、本当はスタンスのことだと思うんですよ。新しいことをやっていくという姿勢」

西邑「そういったことはよくメンバーと話しますね」

――はい。あとFPCはゴスに通じる、素顔を見せない感じだったり非現実的だったりするイメージがあったりしますが、でもどこか生々しいですよね。

西邑「ああ、そうですね」

――ライヴをまだ観ていないのに失礼なんですが、クールで汗をかかないようだけど、実は汗だく(笑)、いやエネルギッシュなんだろうなと。

西邑「ライヴでは本当に汗だくですよ(笑)。ファッションに関しては、僕は変化していて。いまはモッズなスーツを着て化粧もしていますが、これまでの自分の活動を踏まえたうえで、いまはこれだと思っています。例えばデヴィッド・ボウイは、自分の過去の作品に対するカウンターみたいな表現をしていたじゃないですか。前作を踏まえたうえで新作でのイメージを変えていったり。だからアルバム1枚だけではなく、それまでの活動を見て、よりキャラクターが深まるというか。このモッズ・スーツもこれまでの自分と繋がっているので、決して突飛なものではない。あとは周囲へのカウンターもあります。こういうメイクにモッズ・スーツはなかなかいないですよね。いまのシーンではメイクとモッズ・スーツは真逆なものかもしれないけど、角度を変えれば実は繋がっている」

デヴィッド・ボウイの2016年作『★』収録曲“Blackstar”
 

――FPCのライヴは、エネルギッシュではあるけどショウアップしたもので、完璧主義的なものなんじゃないかと実は想像していたんです。でももっとロックを踏まえた、ロックに対しての想いがある。ニューウェイヴへの解釈も、突然変異ではなく脈々と繋がっているものを踏まえたうえでの新しいもの、ということですし。

西邑「昔気質なのかもしれません。僕は昔から現場主義というか。10代の頃にダンスホール・レゲエが好きでクラブに遊びに行っていて、先輩たちにジャマイカの話とかを聞くわけです。すると〈とにかく現場だ〉と。そのときの感覚がすごく残っていて。そういう話をしてくれる人、そこで流れている音楽、踊っている人の表情だったり動きだったりは現場にいないとわからないことがある。そこから学んだことは、僕たちなりに出そうとは思っています」

――そこで感じたものを自分たちのライヴでも出そうと。それは音楽のジャンルなどではなく、音楽を超えたものなんでしょうね。

西邑「そうなんですが、超えたのではなく、超える前の音楽が生まれたときのパワーというか。スカやレゲエも、最初はそんな名前もなかった音楽だけどジャンルになっていったわけじゃないですか。そのパワー。10代の頃に通っていたクラブではそういうパワーを感じたんです。それに対してリスペクトをしながら、僕らにしかできないサウンドにしていきたいんです」

 

この4人ならできる

――では、改めてアルバムのことを。これまでより開けている印象の作品ですし、1曲目の“ファンタスティックプラネット”はなかでもポップ色が強いですよね。

西邑「それもメンバーのおかげですね。僕ひとりの情念みたいになってしまったら違うなと思っていて。1曲目はすごく昔の曲で、女性ヴォーカルでやっていたFOXPiLLの頃の曲。歌詞も女性が歌うように作ったものですが、それをいまこのメンバーでやれたのはすごく嬉しい」

――6曲目の“The Men Machine”と7曲目の“作る人”とインスト曲が続いて。

西邑「レコードのA面/B面みたいなイメージがあって、6~7曲目を対にして後半に向かうという。前半はMorishigeの、後半はプエルのアレンジの色が強く出ていますね」

――では、各々が思い入れのある曲は? 全部でしょうけど(笑)。

プエル「アレンジに関わった11曲目の“What’ s Happening Brother”ですかね。そろそろこういうことができるんじゃない?って、黒い要素を入れてみました」

プエル
 

――ホーンが入ってます?

プエル「入っています。シンセ・ブラスですけど。いろんな要素が入っていて、おもしろいと思います」

――黒っぽいんだけど抑えた感じで。

プエル「そうそう。こういう曲は前からやりたかったんですが、技術が少しずつ進歩してやっとできるようになってきた」

Boo「僕は今回すべてにおいてチャレンジしているので、思い入れの強いアルバムになりましたが、なかでも“ROMANATION”はすごく好きで。ハードコア出身ですし、ポップなものはまったく演奏したことがなかったんですが、すごく気持ち良くて。やっとこういうポップな曲をやれる機会を得たなと。“ファンタスティックプラネット”も好きだし、実はポップなものが好きだったんだ!と(笑)。昔はそういう曲はやってはいけないとすら思っていたんですが、いまそれをやれてすごく嬉しいし、刺激的」

西邑小林旭みたいに歌ってたしね(笑)。9曲目の“信じない”でみんなでコーラスするところがあるんですけど、そこで小林旭になってた(笑)」

Boo「それこそ自分でも想定外(笑)」

Boo
 

Mörishige「僕も全曲に思い入れがありますが……僕と西邑さんはギターと鍵盤の両方をやっているなか、5曲目の“国景色”では僕がすべてギターを弾いていて。ヴォーカル、ギター、ピアニカ、ドラムと構成はすごくシンプルで、各々の楽器の純度を高めました。この曲は日本のトラディショナルな世界観で、僕の印象としては中島みゆきさんとか、フォーキーでエモーショナルなイメージ。ギターもそれに応えるように泣きのフレーズで、歌うような感覚で弾きましたね」

――Morishigeさんがずっと聴いてきたニューウェイヴとは、イメージとしては一番かけ離れている曲ですよね。

Mörishige「そうなんですよ! でもギターの音色はやっぱりニューウェイヴを意識して。ニューウェイヴじゃない曲にそういったギターを持っていける、それがこのバンドだし、自分ができることはコレだ!という、武器を再確認した感じですね」

西邑「僕は……個人的な思い入れはやっぱり“ファンタスティックプラネット”で、前のバンドのときに作った曲をこのメンバーでやろうという気持ちになれたこと。それが大きいですね。あとプエルと同じで“What’s Happening Brother”のような曲をできるようになってきたのはすごく嬉しい」

――なるほど。歌詞についてもお訊きしたいんですが、気になったのが“ホモ・デメンスM”の〈心に響かない歌だから歌えるのさ〉というところ。ちょっと驚いたんですけど、これは皮肉ですか?

西邑「皮肉もあります。耳馴染みはいいけど本当に伝えるべきものなのか? お前は音楽より酒のほうが好きなんじゃねえの?とか。でもそれは自分にも当てはまるかもしれない。実際、歌詞が書けなくなった時期があって、俺は伝えたいことがないのか? いや、あるはずだ、と悩んでいたんです。それで書けても、この歌詞は本当に俺の伝えたいことか?と自問自答していて。そのときの想いをそのまま歌ったんです。結構、限界がきたときの歌詞かな? 歌詞はいつも自分が経験したことや思ったことを書いていて、普段の会話よりアルバムを聴いてもらったほうが、実はこういうことがあったんだな、とわかると思う」

FOXPILL CULTの2016年のミニ作『ROMANATION』収録曲、吉田達也が参加した“レストランド”
 

――歌詞は抽象的だったり非現実的な感じもしますが、やっぱりどこか生々しい。サウンドもライヴも歌詞も、そこは徹底されていますね。

西邑「なんで非現実なものが生まれたのか、その人はなぜ非現実を生み出そうと思ったのか、そういうことも描かないと深みがないと思うんです。表面的なだけになってしまう。非現実的であっても表面的ではないつもりですし。何を考えてそうなるのか、そういうことは意識しています」

――美しさやインパクトがあるものを出していたとしても、そこに至るまでの思考を描いている。

西邑「そうですね。それができるのもバンドの強みだと思うんですよ。この4人ならできる。各々が予想外のアレンジをしてくるので、すると同じ歌詞でも人によって受け取り方も変わってくるし、自分が書いた歌詞でも新たに違った感情が生まれたりする。僕の胸の中にも、誰の胸の中にも、気付かない感情はまだまだあるんですよ」

――それが生々しさの理由ですね。何かが生まれる瞬間を、楽曲でもステージでも表現していく。

西邑「そうですよね。次の自分たちを常にめざしたいという」

――FPCはある意味では異形なバンドだけど、それを堂々とやっていいという気概と勇気を感じます。

西邑「そうであれば嬉しいです。音楽は自由だし、新しい扉を開くおもしろさがあるはずで。そう感じてくれたら嬉しいです」

――それにきっと、学校で同じ趣味の人がいなくて寂しい思いをしている子たちが聴いても、すごく勇気が出るアルバムでありバンドだと思います。

Mörishige「まさに学生時代の俺だ(笑)。そういう子たちにも〈絶対大丈夫だよ〉と言いたいな(笑)」