スピッツみたいな、めちゃくちゃ良い歌を作ってやろう

――では、各曲について訊いていきたいんですが、『ME to ME』のなかで、下岡さんがもっともヘルシンキらしさが出ていると思うのはどの曲ですか?

下岡「らしいというか、僕が特に気に入っているのは“メサイアのビーチ”ですね。あの曲のサビのアンサンブルは理想的だと思うし、ヘルシンキらしいなと思います」

橋本「嬉しいです。〈メサイア〉のごちゃ混ぜ感や無国籍感はヘルシンキらしさがありますね」

――僕は“メサイアのビーチ”や“lipstick”といったミッドテンポの曲には、ストロークスに通じるものを感じるんですよね。彼らの『Room On Fire』や『Comedown Machine』に通じるフリーキーなポップさがある。

橋本「ストロークスはメンバーで共有できているバンドだと思うので、バンドの引き出しにある要素としては大きいかもしれませんね。僕自身は特にセカンドの『Room On Fire』(2003年)が好きです。“12:51”の音使いや隙間を活かしたサウンドがおもしろい」

ストロークスの2003年作『Room On Fire』収録曲“12:51”

――今作のタイトなアンサンブルにも、その頃のストロークスを彷彿とさせるものがありました。

下岡「タイトさに関しては、意識してというよりは、みんながやると自然とタイトになっていったんですよ。稲葉くんのベース・ラインの趣味はそれこそストロークス的だし、アベ(ヨウスケ)くんのドラムもバンバン行きそうなところで寸止めする個性を持っている。そういうキャラクターが集まって音楽を作っているからじゃないかな」

2015年のミニ・アルバム『olutta』収録曲“Lost in the Supermarket”
 

――個人的に驚いたのは10曲目の“目と目”です。オールディーズ風のリズムやフレーズが他の曲とは一味違うし、さらに最後の最後に出てくる大サビはちょっとアーケイド・ファイアを思わせるエモさもあって。

橋本「“目と目”は、自分のなかでもかなり大事な曲です。どちらかと言うとフレーズやバンドのアンサンブルとか、演奏面に力を入れる傾向があったんですけど、この“目と目”に関しては歌を聴かせたいという意識を強く持っていて。出来たものは全然違うかもしれませんが、制作時のモードとしては、スピッツみたいなめちゃくちゃ良い歌ものを作ってやろうという意気込みがありました。自分がこれまで作った曲のなかでも特にサビが強い曲になったし、自分としても満足しています」

――スピッツで特にイメージしていた楽曲はありますか?

橋本「“目と目”を書いたのは1、2年前なんですが、ちょうど仙台の〈ARABAKI〉でスピッツを観たあとで。そのライヴで演奏されていた“不死身のビーナス”にスピッツの凄さを感じたので、あの曲のサビでガツンと行くところには影響を受けたかもしれないですね」

スピッツの94年作『空の飛び方』収録曲“不死身のビーナス”のライヴ映像
 

――実は、橋本さんは作詞家としてスピッツの草野マサムネさんと共通する点があると思っていたんです。本人としてはいかがですか?

橋本「共通点と言っちゃうと恐れ多いですけど、スピッツの凄いところは素直に良い歌だと聴き流せる一方で、歌詞をじっくり見てみるとかなりエグかったりグロテスクだったりすることを歌っているし、しかもそれらがポップにまとまっていることだと思っていて。その部分には、かなり自分も影響されていると思います」

――橋本さんの歌詞も同じで、じっくり読み解くと〈こんなにシリアスでヘヴィーなことを歌ってたんだ〉というギャップがあると思うんです。草野さんとの共通項で言えば、喪失感……極端に言えば〈死〉とセックスを歌うこと。つまり、タナトスとエロスが主題になっているところです。

橋本「そうですね。いま言ってくれた2つのテーマについては、今回の作品で特に自覚的になった気がします。エロスとタナトス、どちらの面でもまだやりようがあるとも思っているんですけど、そういう匂いは出していきたい。これまでも喪失感は表現していたと思うんですけど、ちゃんと向き合ったのは今回が初めてです。“This is a pen.”あたりが特にそうですが、自分にとっても転換点になったアルバムかもしれませんね」

――橋本さんの歌詞は、耳で聴き取れた言葉が、実際に歌詞カードを読んでみると全然違う内容だったり、いろいろなレトリックを使っていると思うんですけど、根本にあるものが個人的だからこそ、そういう装飾を必要としているような気もしたんです。

橋本「今後、重たいものを重たいまま提示することがあるかもしれないけど、基本的にはいろんな捉え方ができる歌詞にしたいと思っています。僕自身、物事を裏表の両面からわかりたいというスタンスだし、いまは自分の意見を押し付けたり主張を打ち出したりするのではなく、こういう考え方もある、こういう思いをしている人もいる、というあくまで一つの例として提示したい。個人的には、Analogfishの最近の作品にもそういう面が強く出ている気がします」

Analogfishの2015年作『Almost A Rainbow』収録曲“No Rain(No Rainbow)”
 

――いまの音楽シーンや同世代のミュージシャンを見回して、そういう表現自体が少なくなってきている印象はありますか?

橋本「確かにいまのバンドにはあんまり感じないかもしれないですね。一般論として一緒くたにするのは良くないと思うけど、身近なことを歌って完結しているというか、身近さから拡がっていかない音楽が多いかもしれない」

下岡「薫くんが“メサイアのビーチ”や“Justin Believer”で使っているテクニックは、髭の須藤(寿)くんなんかとも通じていると思うな。あの人も〈死〉や〈喪失感〉を 笑い飛ばす技術を持っているから。ただ、僕が惹かれているのは(自分たちと)似ているからというより、やりたいことへのシンパシーを感じられるからだと思う」

髭の2010年のベスト・アルバム『TEQUILA! TEQUILA! the BEST』収録曲“テキーラ! テキーラ!”

 

いつの時代にもいるべき非メインストリームのバンド

――今回の作品には、ゲスト・ミュージシャンが2人参加されていますね。まず、The Wisely Brothers真舘晴子さんが“NEON SISTER”と“目と目”の2曲にコーラスで登場しています。

橋本「女性コーラスを入れたいと思っていたんですけど、もっと寄り添うような感じの声が良いような気もしていて、かなり迷いました。それじゃおもしろくないなと思いつつ、でも晴子ちゃんはすごく個性的なヴォーカリストだから実は博打と言えば博打だったんです(笑)。でも、やってみると思っていた以上にハマったんですよ」

――The Wisely brothersというバンド自体にはどんな印象を持っていますか?

橋本「すごく才能のある3人組だと思います 最近の同世代のバンドとは一線を画しているというか、純粋に表現に取り組んでいるバンド。曲の構成や録り方などのギミックに頼らず、自分たちから出てくる感覚をナチュラルに表現できているバンドだし、メロディーも抜群ですよね」

The Wisely Brothersの2016年のミニ・アルバム『シーサイド81』収録曲“メイプルカナダ”
 

――あの打算がまったくない感じは凄いですよね(笑)。そして、Kidori Kidoriマッシュさんが、“メサイアのビーチ”と“Morning Wood”にギターで参加していて。

橋本「マッシュさんは、バンドのキャリア的には僕らよりヴェテランですけど、実際の年齢は1つ違いとかなんですよ。去年ぐらいから仲良くさせてもらっていて。マッシュさんに関しては、明確にこれをお願いしたいというよりは、友達の延長線上で〈ちょっとレコーディングに遊びに来てよ〉というノリでしたね。“Morning Wood”では、コーラスもしてくれて」

Kidori Kidoriの2016年のミニ・アルバム『OUTSIDE』収録曲“アウトサイダー”
 

――じゃあ最後に『ME to ME』のリリース・ツアーについて。制作陣でもあるAnalogfishやKidori Kidori、The Wisely Brothersを筆頭に、HomecomingsPELICAN FANCLUBらも加えたすごく魅力的なラインナップになりました。 もちろん好きなバンドを誘ったと思うんですが、どういう点を意識されましたか?

橋本「今回のツアーは、僕ら自身がどこのシーンにも属してないがゆえに組めるラインナップだと思うし、今回下岡さんが出してくれた〈ニューオルタナティヴ〉というキーワードにも当てはまるバンドが集まったんじゃないかな。バラバラに見えるけど俯瞰すればちゃんと繋がっている。いままで自分で打ってきた点がようやく線になった印象を持っています」

――〈ニューオルタナティヴ〉という感性をアピールするツアーになりそうですね。橋本さんから見て、いまシーンにそうしたムードが出てきているとすれば、それはどういう時代背景やポップ・カルチャーの様相に起因しているんだと思いますか?

橋本「バンドそれぞれにルーツはありつつも、いまはあらゆる時代や地域の音楽を並列に聴けるじゃないですか。だから、今回のツアーに出てくれるようなバンドの音楽には同時代以外のいろいろな要素が詰まっているし、それらが上手くミックスされているように思います。だから懐かしさも新鮮さも備わっている。そうしたおもしろさをもっと打ち出していきたいですね」

――下岡さんにとって、この〈ニューオルタナティヴ〉という言葉はヘルシンキを指すものですか? それとも彼らを含めた新しい空気感を指したもの?

下岡「どっちということもないんですけど、僕らの時代ではオルタナティヴという言葉は、実際の言葉の意味以上にオルタナティヴ・ミュージックという音楽ジャンルを表すものだったんですね。だから〈ニューオルタナティヴ〉には、そうしたジャンルをやっているいまの若者たちという意味もある。もう1つは、いまのシーンで勢いのある若いバンドの多くがバンド・サウンドと同じくらいクラブ・ミュージックの要素を持っていたり、シティー・ポップという括りに入っていたりすると思うんだけど、それ以外のバンドは見つけづらくなっている気がするんですよ。そのなかでヘルシンキは、全然違うところから出てきたという印象だった。決して優劣ではなくて両方素晴らしいんだけど、メインストリームじゃない存在も常にいてほしいし、ヘルシンキがその1つなんだと思う」

 


〈Lambda Club『ME to ME』Release Tour“From ME to YOU”〉

2016年11月1日(火)仙台enn 3rd
共演:Kidori Kidori/DENIMS/The Wisely Brothers
2016年11月10日(木)福岡Utero
共演:odol DJ:dontaku
2016年11月11日(金)広島4.14
共演:odol/TENDOUJIONIGAWARA
2016年11月15日(火)池下CLUB UPSET
共演:Homecomings/PELICAN FANCLUB/CHAI
2016年11月23西(水・祝)松本ALECX
共演:Analogfish/Kidori Kidori
2016年11月29日(火)稲毛K's Dream
共演:YUEY/PELICAN FANCLUB/+1バンド
2017年1月22日(日)心斎橋Live House Pangea
共演あり
2017年1月27日(金)渋谷WWW
共演:Czecho No Republic
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