時間を操作できるのが音楽の特権

――ブルーノート東京公演に話を戻すと、今回のメンバーも古くから一緒にやっている方が多くて、〈三宅組〉という呼び方がまさにぴったりですよね。ただ、宮本大路さんがお亡くなりになられたのは……。

「本当に大きな存在を失いました 。彼は他のバンドでも活躍していたわけですけど、僕のところでは型にはまった演奏をするのではなく、空いているスペースに切り込む役だったんですね。だから書き譜で指定する部分も少なかったんですけど、それで全体の立体感や、曲によってはデカタンを表わしたりと臨機応変にやってくれて。他の人にどうやって(代わりが)務まるのか……」

※熱帯JAZZ楽団、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラなど

――宮本さんは、いつ頃からお知り合いだったんですか?

「17歳のときですね。同じ時期にバークリーに行く人がいると聞いて、紹介してもらったんです。それからほぼずっと一緒ですからね」

――もっとも古いご友人の一人だったんですね。他のメンバーも付き合いが古いと思うんですけど、渡辺等さんとか。

「知り合ったのは80年代中盤くらいかな。ファッション・デザイナーの菊池武夫さんがおやりになっていたBOHEMIAというクラブが西麻布にあって、そこのプロデュースを僕がやっていたんけど、その頃に演奏を観て気に入って、引き抜いたのが最初ですね」

――三宅さんの周りには、そういった清水靖晃さんやマライア界隈の方がたくさんいる印象です。

「その流れは確かにありますね。靖晃さんとは高校時代に一緒にやっていて。その流れでKAZUMI BANDがNYに来たときに山木(秀夫)さんと出会って、あと笹路(正徳)さんは慶応のジャズ研だった頃から知り合いで」

――11月9日と10日の2ndステージにゲスト・ヴォーカルとして参加する、村川聡さんもマライアの一員ですもんね。

「彼もボヘミアがきっかけだったかもしれません。クルーナー唱法というか、キャバレー的な要素があるんですよね」

――それに、ブルガリアのコスミック・ヴォイセズ合唱団も参加すると。ブルガリアのコーラスに惹かれたきっかけというのは?

「それこそ、(日本で)80年代に一度注目されましたよね。当時は〈こういうのもアリなんだ〉と思った一方で、自分とはかなり遠いところにあるような印象だったんですけど。それから、ある映画かアニメの仕事をしているときに、ブルガリアン・ヴォイスを使いたくなって。パリのエンジニアに相談したら、すぐに紹介してもらえたんですよ。そんな簡単に繋がるんだと(笑)。それ以来ですね」

コスミック・ヴォイセズ合唱団が参加した『Lost Memory Theatre - act-1』収録曲“White Rose”
 

――先ほどの話で言うと、ジャズを一回離れて、クルト・ワイルに刺激を受けて。その次に大きいのがブルガリアン・ヴォイスですか?

「それよりは民族音楽やエキゾチカ的なもの、ブラジル音楽とか、いろんな流れのなかで影響を受けているという感じですかね。一つだけにフォーカスするというわけではなくて」

――三宅さんは80年代中期以降、ヨーロッパ的なものから、東洋や南米、非西洋的なものにどんどんフォーカスしていった。そういう言い方はできますか?

「そうですね。(音楽的な中心が)アメリカじゃなくなって、だんだん辺境に至っているというか」

――あとは三宅組の新入りとして、今回はアルゼンチン人のイグナシオ・マリア・ゴメス・ロペスがいますよね。彼は三宅さんはパリで発見されたそうですが、どういうシチュエーションで出会ったんですか?

「ほぼ毎日、深夜に散歩をするんですけど、その途中でノートルダム寺院に差し掛かったときに何か聴こえてきて、最初はジョアン・ジルベルトの未発表音源でも掛かっているのかなと思ったんですよね。それで近付いて行ったら歌いながらギターを弾いているので、しばらく彼の面前で聴いていたんです。まだ荒削りだけど、ストリート・パフォーマンスのレヴェルではないなと。ちょうどツアーにアート・リンゼイが参加できないと言われたときで、こいつなら代わりが務まるかもしれないと思って話しかけてみたら、ジャンベやヴァラフォンも演奏する人で、 アフリカで音楽の勉強をするために(ストリートで)資金を貯めていた無謀な23歳だった」

――ヴァンサン・セガールも、同じように見掛けていたらしいですね。

※フランス人のチェロ奏者/プロデューサー。バラケ・シソコとの共演でも知られる

「そうそう。イグナシオに会った翌日の朝にヴァンサンと会ったので、〈橋のうえでさ~〉と興奮しながら話したら、それはイグナシオだろうと言われて(笑)」

――やっぱり歌声に惹かれたんですか?

「そうですね、ジルベルト系なんですよ」

――そして近年は、〈Lost Memory Theatre〉シリーズのようなコンセプチュアルなアルバムを作られていますよね。この作品については、明確なヴィジョンは最初からあったんですか?

「〈Lost Memory Theatre〉という世界観のイメージは早くからあったんですけど、それを音に落とし込むことについては、ずっと自信がなくて。そういう意味で時間は掛かっていますね」

――脚本を書くのに時間が掛かる?

「過去の失われた記憶のトリガーになるような音楽――言葉にするのはそんなに難しくないコンセプトなんですけど、それがどういう音かとなったら難しくて。単にノスタルジックなものでもないだろうし。そうやって答えがなかなか見つからないなかで、〈こういうのはアリかな〉と思いはじめて、それがアルバムとして集まってくるまでには、やっぱり時間が掛かりますね」

『Lost Memory Theatre - act-2』収録曲“echoes in the mirror”
 

――時空を超える音楽なわけだから、まだ見ぬ未来も意識しないといけない。その一方で、未来が懐かしいという見方もありますよね。

「その言葉は大好きですね。〈過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい〉

※写真家の森山大道が2000年に発表した対談/エッセイ集のタイトル

――それはレトリックですけど、そういうことを感じることもありますよね。時間というものは円環なのかもしれないなとも思いますし。

「それに時間を操作できるのが、やっぱり音楽の特権ですよね」

――なかでも、特に惹かれている時代というのはありますか?

「1920年代はやっぱり惹かれますね。本物が一か所に集まってしのぎを削っていた時代でしょう。パリにNY、ベルリンと、クリエイションの密度の濃さがお互い干渉し合っている」

――それに音楽や演劇、アートも密接だった。パリも同時多発テロ事件があって大変だったでしょうけど、いまの東京はモラルが必要以上に重んじられていて。昔ほどいい加減なことが許されなくなりましたよね。この1年で奇しくも、大橋巨泉永六輔野坂昭如が亡くなったわけですけど、昔はああいうTVに出ちゃいけない人たちばっかり出ていたじゃないですか。

「ええ」

――彼らは素晴らしい芸術家であり、プロデューサーであると思うんですけど。そういう人がいま、なかなか日の当たるところに出られないような雰囲気がある気がしますよね。SNSでも、非常識なことをちょっとでも言うと一気に叩かれるじゃないですか。それを言ったら20年代なんて、すべてが非合法で退廃的なアンダーグラウンド文化だった。1920年代のキャバレー文化は退廃感や淫靡さが官能的な美を生んだ、まさに爛熟した文化だったわけで。そう意味では、いまの東京なんて表面的に繕っているだけでつまらないですよ。本当にファシズム的な世の中。これは僕だけの意見ではないですよね。

「もちろん。ファシズムに関しては思います」

――それに昔は、退廃というものを後押しする評論家や作家がいたじゃないですか。澁澤龍彦生田耕作とか。いまはまったくいないですよね。だからこそ、三宅さんがすごく貴重に思える一方で、三宅さんを受け入れる文化がいまの日本にはないのかもしれない。

「そんな、いいんですよ(笑)」

――三宅さんはずっとそういう時代を潜り抜けてきて、いまもいるべきところにいる。ライト・タイム・ライト・プレイスというか、それはすごく感じますね。

「幸い、その日本から若干距離を置いているからですかね。いずれにしても、こういう音楽が局地的に一過性で支持されると僕も却って困っちゃうし。それぞれの国にいる、特定の人だけがちゃんと聴いてくれればいいなと。そういう意識で作っていますけどね」

――ライヴに関してここを見せたい、ここを聴いていただきたいというのはありますか?

「毎回やってみないとわからないことですしね。あまり決め込んでもいけないし。とはいえ、コンピューターも一緒に走るので(曲の)サイズは決まっていて。そのうえで、いかに生命観のあることを表現できるかですね」

――そもそも、三宅さんはなんでライヴをおやりになるんですか。

「いやあ、オファーがあるから……(笑)」

――それは一番重要ですよね(笑)。でも、カッチリと構築することのみに興味があって、それはそれで完結した世界で、ライヴは別に……という人がいてもおかしくはない。

「そうなんですよね。『星ノ玉ノ緒』の頃は(アルバムの作りを)まったく無視して、ただれた世界観を出していたことがあったんですが、それにもちょっと飽きちゃって。やっぱり構築したものは、なるべくそれに近い方式でやりたいという気持ちもありますし、かつライヴならではの変化もほしいしというか」

――まあ、お披露目はしようと。 

「お披露目というよりは、1年に1回くらいのペースだと確認作業ですね。〈あ、自分はこれをやった〉なと」

――今回のライヴのために、新たにスコアを書いたりもしているんですか?

「している曲はありますよ。新曲もあります」

――〈Lost Memory Theatre〉は3部作で、いまは最後の〈act-3〉を作られているんですよね。

「それと関係ありますね。おそらく収録されるであろうと。まだ確定はしていませんけど」

――その〈act-3〉はどのような内容になりそうですか?

「候補曲がいまのところ14、15曲はあって。それでも落とす曲もきっとあるでしょうし。それに、(アルバムの)主要な柱がまだ一本二本抜けている気がするので。いまの段階でどうなるかは言えないんですけど」

――いつ頃のリリースをめざしてますか?

「まだまだこれからですね、仕事と仕事の隙間を狙ってやっていることなので。ピナ(・バウシュ)のところの別のダンサーが歌ってくれている曲もあれば、リサ(・パピノー)やコスミック・ヴォイセズが歌っている曲もありますし。アート(・リンゼイ)もきっと入るでしょうし、ディミトラ・ガラーニというギリシャの女性歌手も参加することになると思います」

『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』のトレイラー映像

 

三宅純 ブルーノート東京公演
日時/2016年11月9日(水)、10日(木) 
開場/開演:
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/8,500円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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