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国民的コンテンツの大西順子&ガンダム、時代とリンクしたdCprG 

――ここからは、菊地さんにとって2016年がどのような年だったのかを教えていただければと思います。今年は音楽界で言うと、まずはデヴィッド・ボウイプリンスが亡くなりましたね。

「その2人が3か月くらいの間に亡くなったのはちょっとしたショックでしたけど、でもまあ、レジェンドが亡くなることにも、慣れてはいけませんが正直慣れてしまったというのと、ボウイもプリンスも、あんまり自分の音楽と関係ないので。外側を遮断して自分の仕事の話だけをすると、大西順子さんとガンダムに関わっている間に、1年が過ぎてしまったという印象です。大西さんの『Tea Times』の完成とレコ発、あとはこの間のブルーノート東京3デイズ。それから『機動戦士ガンダム サンダーボルト』のオリジナル・サウンドトラック(以下:OST)完成と、同じくブルーノート東京でのコンサート。昨年は菊地凛子さんにベタ付ききだった印象ですが、今年は、大西さんとガンダムという国民的コンテンツにずっと関わっていた印象ですね」

大西順子 Tea Times TABOO(2016)

――大西さんとガンダム、受け入れられ方にどのような違いがあったのでしょうか?

「大西さんは、まだジャズの景気が良かった最後の世代で、CDを何万枚と売った方です。好景気や不景気とか関係なく、戦後のアコースティック・ジャズ・ピアノ・トリオの売り上げ記録を持っている人なので、まあレジェンドですよね。ご存知の通り、実質2回引退しているわけですが、2回目の復帰に際して尽力してくれませんか、ということになり、プロデュースをすることになりまして」

大西順子の2016年作『Tea Times』収録曲“Tea Times 1”のライヴ映像
 

「そのレジェンドぶりを痛感したのは、それこそブルーノート東京なんです。客席は満席だけれど、僕のことを知っている人がほとんどいない。大西さんのファンだけで会場がいっぱいに埋まっていて、〈あの人が菊地成孔という人か〉といった目線で見られるというのは、少なくともジャズ界では久しぶりだったので(笑)、新鮮でしたね」

大西順子、2016年にブルーノート東京にて
 

「『Tea Times』のプロデュースをすることになる以前に、大西さんと2人でトーク・イヴェントをやったんです。そこで、ヴィジェイ・アイヤーロバート・グラスパーとか、ジャズを中心にヒップホップから何から流行りものをいろいろ聴かせてみたんです。そのほとんどを大西さんは毒舌で斬り捨てちゃうんだけど(笑)、グラスパーには反応を示して、〈本当は私、ローズ(・ピアノ)が弾きたかった〉とまで言っていて。それにいたく興味を持ち、アルバムのなかでも対応してくださった。大西さんって、実際の年齢よりも若く見えるし、気も若いんですよ。そんな大西さんを、ユースにリプレゼンテーションしたかったのですが、蓋を開けてみたら村上春樹さんをはじめとしたシルバー軍団がブルーノート東京に来ていて。ゲストのラッパーたち(OMSBN/K)のことも〈カワイイ子たちが来た〉みたいに好々爺じみた目で見てたりして、もはや怒りもしないという(笑)。一回天下を取った人はやっぱりスゲエなというのを感じましたね。票田がデカイというか」

菊地成孔 オリジナル・サウンドトラック「機動戦士ガンダム サンダーボルト」 TABOO(2016)

 「でも、さらに比べものにならないのがガンダムでした。なにせ地球規模のコンテンツですから(笑)。〈サンダーボルト〉は続編の製作も決定したのですが、マーケットの声はほぼアメリカからだと聞いて驚きました。続編のOSTは(前作に対する)マーケットの声も反映しながら作っていくわけですが、〈中途半端な英語だったら、日本語のほうがエキゾティックだからいいね〉といった声が多かったので、じゃあ次は日本語にしましょうと。とにかく、マーケットがデカすぎですごいですよ。ちょっとしたイヴェントをやるとなったらパシフィコ横浜だし、ヴァイナルを切れば数百枚が即日で売り切れるし」

「アニメとゲーム、マンガは国是ですよね、とにかく。いかにジャズが辺境かということを思い知らされるわけですよ。ある意味J-Popよりマーケットのデカさは上かもしれません。もちろん、西野カナさんを聴いている人はたくさんいるでしょうし、EXILEみたいなコングロマリット化したコンテンツの波及力はいわんやですが、それでもガンダムが好きという人は、あらゆる職場にいるんですよね。ジャズ界でも〈ガンダムのOSTやったんだよね〉と言うと、〈オレに頼んでくれればタダでやったのに!〉という隠れガンダムファンがいっぱいいて驚きました」

「機動戦士ガンダム サンダーボルト」サウンドトラックをフィーチャーした、菊地成孔の2016年のソロ・ライヴ。ブルーノート東京にて
 

――ガンダムの前に、ルパン三世(『LUPIN the Third -峰不二子という女-』)の音楽を手掛けていましたよね。ルパンも十分に国民的コンテンツかと思いますが……。

「あちらは好事家が喜んだ、という印象ですね。ルパンといってもスピンオフ、しかも峰不二子が主人公で、監督も女性(山本沙代)という相当の珍品じゃないですか。まあ〈サンダーボルト〉もスピンオフといえばそうなのですが、ケタが違うというか。ガンダムのマーケットがどのくらい巨大かということは、例えこれまで触れてこなかったとしても、予感としてわかる。もともとそんなに見ませんが、おっかないからネットの評判はとりわけ見ないようにしましたね。好きにやって、あとはやり逃げ、みたいな感じで評判とか気にしなかったのですが、〈大好評ですよ〉〈セカンドもお願いしますよ〉と言われて、長いものに巻かれるのも悪くないなって思ったという(笑)。もちろん、僕の好きなようにやらせていただいているからで、ああせいこうせいって言われたらやらないですけど」

dCprG Franz Kafka's South Amerika~フランツ・カフカの南アメリカ~ TABOO/Village Records(2015)

 「あとはdCprGですね。音楽には、隔絶された純音楽として結晶化して、世相と関係なく生きるのだという考え方と、音楽はストリートと繋がっているのだと考える2つの立場があると思うのですが、もし音楽がストリートと繋がっているのだとするならば、dCprGの最新作なんて今年の年末に向けて昨年リリースされた、みたいなところがあると思うんです。どの国にとっても、今年のニュースといえばISテロですよね。自分も何回も行ったブリュッセルの空港であんなことが起こるなんて想像が付かないし、パリで銃撃戦が起きて百数十人が射殺されたなんて、俄かに信じられないです。現実じゃないみたいで忘れちゃっていたのですが、音楽が世相と響き合うものだとしたら、『フランツ・カフカの南アメリカ』における、ある程度政治的なメッセージ性と、そこにシェイクスピアが入ってくるという時代もカルチャーもミックスしている感じが、いまの世の中の混沌と密接に関わり合っているのかもしれないと」

dCprGの2015年作『フランツ・カフカの南アメリカ』の試聴音源
 

「dCprGが、高邁にもギリギリ20世紀から(テーマとして)やってきた、不条理な悲劇ではない、政治や国交や経済活動としての戦争というものと、ダンスフロアということを真摯に考えてきましたよ、というような話が、通じないくらい厳しい世の中になっちゃったというか(笑)。これが90年代だったら、もっと話が膨らんだろうなという感覚はあります。それなのに、日本人の大半がそれどころじゃなくなってしまった。世の中はこんなに大変なんだけど、自分のことで手一杯なので、まずは感動して泣きたいから『君の名は。』を観に行きます、みたいな感じじゃないですか(笑)。ちなみに僕はドナルド・トランプと誕生日が一緒で(6月14日)、ついでに言うとチェ・ゲバラとも一緒です。アメリカ的には、トランプとチェ・ゲバラが同じ誕生日だなんて、キューバとの国交回復も含めてヤバイですよね。というわけで、世の中的にはアゲンストですが、来年は新メンバーを迎えて、トランプ政権下で旺盛に活動していく予定です」