アイデンティティーがロストしている世代に響く音楽
――ここからは、バンドの音楽性を掘り下げていけたらと。まずは結成の経緯を教えてもらえますか。
篠田「元は3人共、別々に音楽をやっていたんです。ガイはブルースの弾き語りで、僕は別のバンドでベースを弾いていたし、杉本はDATSというバンドのフロントマン。僕と杉本は対バンを通じて先に知り合って、同じ大学だと知ってからよく遊ぶ仲になりました。一方で、ガイとは大学の学部でもずっと一緒で。一緒にこっそり悪態をつくというか、いろんなものに対する不満を、あーでもないこーでもないと喫煙所で言い合うような間柄で(笑)。〈『AKIRA』観た? いまから行こうよ〉みたいな」
池貝「ああ、行ったねー」
篠田「そのあと、ガイは留学先のスウェーデンに行って、そこから帰ってきたタイミングで……きっと何かしたくなったんだよね」
池貝「ヨーロッパにいたときはゴリゴリの電子音楽ばかり聴いていたんですよ。スウェーデンにいたからSpotifyも聴き放題だったし、どのクラブに行ってもディープ・ハウスが流れていて。(デンマークの)コペンハーゲンにおけるクラブ・シーンは特に最高だった。で、帰ってきてから(篠田に)一緒にやろうよと声を掛けて。僕がストックしていた曲のなかから、〈これいいんじゃない?〉みたいな感じで遊んだりしながら」
篠田「でも、その頃はお互いDTMに全然詳しくなかったし、本当に原始的なことをやっていたんだよね。その裏で、杉本とも一緒にやろうよと話をしていて。というのは、彼がDATSではなく個人的にSoundCloudへアップしていた音源を聴いていたんですよ。カセットの〈カチッ〉って音がする曲とか、すごく格好良いトラックを作れるんだなと思って。そこから、この3人でやるのが良さそうだとぼんやり思い付いて」
――ちょうど3人共、違うことをしたいタイミングだったと。
池貝「そう、あとはヒマだったしね」
――yahyelを始める以前から、池貝さんは現在のようなヴォーカル・スタイルだったんですか?
池貝「いや、若干変わったと思います。昔はもっとブルージーなことをやってたので」
――以前はトム・ウェイツにもハマっていたそうですしね。
池貝「そうそう。ボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンも(池貝と同じく)ファルセットを多用しているじゃないですか。そんな彼も、〈ファルセットを使うようになったのは、新しいバンドで音を出すのが楽しかったから〉とインタヴューで語っていましたが、それに近いですね。yahyelで作った曲を歌ううちに、気付いたらこうなっていた」
――さっき、女性ヴォーカルからの影響が大きいと話していましたよね。ファイストやドーターが好きだとは聞きましたが、ほかにはどういったアーティストが好きですか?
池貝「ボン・イヴェールですね。女性で選ぶなら……キンブラやキャット・パワー、ポリサとか」
――そういった人たちのどこに惹かれます?
池貝「視座が一人称の音楽であること。あとは表現が直接的だし、事実をありのまま提示することで、冷たい質感を生み出していると思います。さっきも言いましたけど、女性特有の〈冷たい怒り〉にはすごくパワーがあるし、だからこそシンパシーを感じるんですよね。アイデンティティーがロストしている世代の声として、自分にもフィットしているような気がします」
――いま名前の挙がった面々は、いずれもヒステリックでひんやりとした感覚を感じさせますよね。それにボン・イヴェールの新作は、歌詞も音もアイデンティティーがロストしまくっていて。
篠田「いやー、暗黒ですよね(笑)」
――yahyelもそうだけど、混沌とした世の中をリアルに反映しようとすれば、そういった世界観に辿り着くのも必然というか。
篠田「ガイの魅力も、まさに個人的な目線にあると思っていて。個々人のミクロな擦れ違いだったり、時が移ろうことで人は変わっていってしまうのに、それにみんなが気付かないことに対する哀しみや怒りだったりとか。そういう繊細な変化に対して、彼の歌詞は敏感なんですよね。ガイはそういったことをメタファーで包み隠さず、わりと素直に描写している」
杉本亘(サンプル)「だから魅力的だし、創作のやり甲斐がありますね。トラックを作るうえで、その怒りをどうやったら引き立てることができるのかと考える機会にもなりますし、そこからまた新しい引き出しも生まれてきて。そうやって、自分の可能性がアップデートされていくというか。3人それぞれ、そういうのはあると思う。バンドを続けているうちに、できることが増えてきた」
――そうやって怒りを引き立てるために、杉本さんはどんなことを心掛けていますか?
杉本「ヴォーカル処理の仕方もそうだし、どれだけ音数を減らして曲を作ることができるかも意識しています」
――杉本さんが率いるバンド、DATSはどちらかというとインディー・ロック的ですよね。でも、さっきの篠田さんの話によると、一人でトラックメイクもしていたそうですが。
杉本「もともとクラブ・ミュージックが大好きで、電子音楽も聴いていたんですよね。それでさっきも話に出たように、個人的な趣味として環境音をサンプリングしつつ、それを元にトラックを作ってSoundCloudにアップしていたんです。だから自分のなかでも、プロジェクトとしてエレクトロニックなものをやりたいという気持ちはあったので、(yahyelの結成は)ちょうどいいタイミングでした」
――トラックメイキングにおいて、現在の方向性を形作るうえでヒントになったものは?
杉本「僕のなかでターニングポイントと言うか、こういうやり方もできるのかと思わされたのはSBTRKTすね。もともとはエイフェックス・ツインやスクエアプッシャーみたいな、ゴリゴリのIDMが好きだったんですけど。高校時代にSBTRKTを聴いて、こういうトラックの作り方があるんだというのを知ってから、自分でもいつかやってみたいと思っていたので」
――バンドで共通して、となると?
篠田「大体みんな一緒ですね。好きなものが共通していて」
杉本「〈これいいよね〉っていうのが、みんなのなかで通じ合っている」
篠田「3人で初めて集まった日に“Midnight Run”という曲を作ったんですけど、そのときに参考音源というか、〈こういうのどう?〉って用意したものがわりと一緒だった」
杉本「こういう感じでやっていきたい、こういうアーティストっぽい曲をまず作ってみたいと提案したら、〈いいね!〉って返ってくるのが自然な感じ」
――バンド間でそういう感覚が共有できるのは大きいですね。どういうアーティストの音源が持ち寄られたのでしょう?
篠田「XXYYXXやチェット・フェイカーとか」
――どちらもチルでスモーキーな、歌モノのポスト・ダブステップですね。
篠田「あとはジェイムズ・ブレイク……もう、あんまり名前を出したくないけど(笑)」
池貝「ジェイムズ・ブレイクがどうこうって言われすぎちゃって」
――ある種のサウンドに対して、〈ジェイムズ・ブレイク以降〉と言っておけばOK!みたいな風潮が何年も続いてますよね。もういいだろうと(笑)。
篠田「一括りにしてタグ付けしなくても、それぞれに対して固有の言語でもって説明すればいいのにとは思います」
池貝「その前にはウォッシュト・アウトもいたわけだし、ディスクロージャーやブラッド・オレンジとかも聴いているしね」
篠田「たぶん、メンバーが個人的に聴いている音楽のジャンルは全然違うんだろうけど、yahyelというものに立ち返ったときに、自分たちが聴いている音楽のアイデアをどう活かせるのかをみんな考えていて」
――でも実際、XXYYXXからディスクロージャーの名前まで挙がることに何の違和感もないというか。今回の『Flesh and Blood』で感心したのは、こういう音楽性って間延びしがちじゃないですか。ちょっと油断すると、退屈な雰囲気ものになってしまう。そこを回避しているのが素晴らしいなと。
杉本「あー、めっちゃわかる(笑)」
――リズムやビートにもしっかり工夫を施している証拠でもあるし、引き出しがたくさんあるということですよね。それこそ、トラップっぽいビートが出てきたかと思えば、“The Flare”のハウシーな感じはニュー・オーダーにも近いのかなと。
篠田「好きです(笑)」
池貝「嬉しいねえ、ニュー・オーダーの名前が挙がるのは」