梅若玄祥/Michael McGlynn/Andrea Delaney(Anúna)
Photo by 石田昌隆

ノーベル賞作家W.B.イェイツが能に影響を受けて執筆した詩劇「鷹の井戸(At the Hawk’s Well)」を基にした新作能とケルティック・コーラスのコラボレーション舞台芸術が世界初上演

 さきのある者ほどその女を恐れるべきだ。/老人はすでに呪われている。その呪いとは/一人の女の愛を得て保ちえぬこと、/またその愛につねに憎悪をからませねばならぬことだ。(風呂本武敏訳)

 ウィリアム・バトラー・イェイツによる原作「At the Hawk’s Well」の登場人物は5人。うち3人は楽師で、手持ちの楽器としては〈太鼓(Drum)〉〈銅鑼(Gong)〉〈ツィター(Zither)〉が記されている。音楽についてのこまかな指示はない。ここで太鼓が、とか、役者と反応しあって、とか、程度のもの。だからこそ舞台にかけるとき、イマジネーションの自由な飛翔が可能だ。

 鷹の井戸、鷹の泉、鷹姫といろいろなタイトルをつけられてきたイェイツの戯曲があらたなステージにのる。今回のタイトルはケルティック 能「鷹姫」。折しも戯曲が出版されて1世紀の年である。イェイツが能にインスパイアされて書いたこともあり、能舞台での上演も少なくなかった。だが今度の舞台はオーチャードホール。アイルランドに関心を抱くむきにはおなじみのコーラスグループ、アヌーナが出演、その部分はマイケル・マクグリンが担当。

 楽師は歌い、役者の動きに〈伴奏〉をいれる。ときに役者が楽器の音に反応する。もっとも重要な部分、クライマックスでは、奏でられる音・音楽、ことばと節、そして若者を演じる役者は一体化する。楽師が発するのは地の文であり、若者の内心であり、〈そこ〉にいる不可視の者の声だ。けっしてコトバだけの、コトバ中心だけの劇ではない。音が、音楽が、間が、沈黙が、からだの現前が、うごきがひとつ空間にあり生きる、それが意識されている。

 イェイツといえばアイルランド。アイルランドといえばイェイツ。

 安易ではある。それでもこの連想は切り離しがたい。アイルランドの妖精物語で親しんだ人もいるだろう。最近は栩木伸明の手で「赤毛のハンラハンと葦間の風」や「ジョン・シャーマンとサーカスの動物たち」といっためずらしいものも訳されて、すこし、かもしれないがあらためて注目する人がいる。

 アイルランドつながりではサミュエル・ベケットを、古典的な西洋演劇からの脱却ではアントナン・アルトーを先に見据えながらイェイツの舞台をみる、というのもある。

 イェイツと能のつながりはおもしろい。イェイツはアメリカからヨーロッパに渡った詩人エズラ・パウンドと親しく交わり、パウンドはイェイツの秘書をしていたこともある。そしてまたパウンドはといえば、弟子の岡倉天心とともにこの極東の美術への貢献が語られるアーネスト・フェノロサの遺稿を未亡人から託されたのである。そこには中国詩とともに能の翻訳もあったのだ。これはパウンドの手を加えられ出版される。ときまさに第一次世界大戦中の1916年。この本の序文をイェイツは執筆、同年、伊藤道郎が鷹姫を演じ「At The Hawk’s Well」が初演されている。

 そして、フェノロサがこの列島に滞在していた折、能に関心を抱き、師事した人物は梅若実。その曾孫で今回鷹姫(シテ方)を演じるのが梅若玄祥。能の影響が海を越えて合衆国に、イギリスにわたり、アイルランドの作家を触発し作品を生む。アイルランドのアヌーナは作品をもってこの列島にやってきて、能役者と、囃子・地謡とおなじ舞台を踏む。まさに100年にわたる往還がこの公演にある。

 イェイツの中世的な物語をとおして、能の生まれた中世が、アヌーナの見いだそうとするヨーロッパの中世が、つながりがなかったはずのべつべつの場所の〈中世〉が、ずっとあとの時代に、ヴァーチャルにたちあがる――そんなふうに考えてみたら。

 ふと、おもいだす。山口小夜子さんと最後に会ったときのこと。御徒町の小さな店でモダンダンスをみたあと、彼女は伊藤道郎への関心をしきりと強調していた。あらためて伊藤道郎をみなおしたい、と。存命であったなら、きっとこの〈ケルティック 能〉に興味を示したにちがいない。余計な想像かもしれないのだけれども。

 


STAGE INFORMATION
ケルティック 能「鷹姫」
2017年2月16日(木)東京・渋谷 Bunkamura オーチャードホール
開場/​開演:18:00/19:00
原作:ウィリアム・バトラー・イェイツ
作:横道萬里雄
演出:梅若玄祥/マイケル・マクグリン
出演:鷹姫(シテ方):梅若玄祥(能楽観世流シテ方 人間国宝)
老人(シテ方):観世喜正
空賦麟(狂言方):山本則重
地謡(10名)囃子方(笛/小鼓/大鼓/太鼓)後見(2名)
ケルティック・コーラス:ANUNA(13名)
http://takahime.jp/