〈工芸とデザインの境目〉展示風景(2016年10月8日ー2017年3月20日、金沢21世紀美術館)
撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21世紀美術館

工芸とデザインの境目

 美術と工芸、あるいは美術とデザインの場合と同様に、工芸とデザインもまた、その境界線はあいまいである。〈工芸とデザインの境目〉は伝統的な工芸で知られる金沢で開催されているユニークな展覧会だ。

 会場の金沢21世紀美術館の展示空間に入ると、床から壁まで、中央にくっきりとした黒い線が引かれている。左側にローマ字でKOGEI、右側にDESIGNと記され、展示品が並ぶ。「線の左側に置かれているのは工芸、右側はデザイン。どちらともいえるのはほぼ真ん中に置いています。置いてある位置を見て、これはもうちょっと右、あるいは左、と揺れ幅は見てくださるみなさんにお任せします。展示を見ていくうちに頭の中に自分自身のスケールができるようにしてもらえるといい」と、この展覧会の監修をされた深澤直人氏。プロダクトデザイナーとして世界の第一線で活躍する一方で、日本民藝館館長でもある。

 最初の展示室には、日本で一番古い歴史をもつ手作り茶筒の老舗、開花堂の茶筒、南部鉄器、応量器と呼ばれる漆器やシェーカー教徒によるほうきなどが真ん中にひかれた線の上にきっちりと並んでいる。すべてが手作りによる日用品でありながら、工芸ともデザインともいえる要素が同様にあると判断されたわけだ。1点ごとにつけられている解説を読むことで、それぞれの置かれた背景を知ることができる。

 別の展示室に置かれている3種類のスプーンを見ると、エットレ・ソットサス(イタリアのデザイナー)によるものがデザイン側、真ん中よりややデザイン寄りに柳宗理によるもの、左側に宮内庁御用達のものとなっている。世界中で使われているソットサスのスプーンに対し、柳は工芸から工業製品に変わった時の境目にいた人であり、若干デザインによっているという判断からこの位置が決まったという。時代的な流れ、工芸的な価値など、多様な方向から考えられている。

 「プロセスと素材」も観点のひとつだ。伝統的な木地に漆を塗り重ねて完成させる漆の椀(工芸)とプラスチック地に塗装を施した椀(デザイン)は、まったく異なる素材によりつくられているにもかかわらず、2つの完成品を並べられると、どちらが漆なのか、見分けるのは容易ではない。

 1950年代につくられた柳宗理のバタフライスツールとイームズの椅子も展示されている。バタフライスツールはほぼ工芸側、イームズは完全に工業的に開発されたうえで生産されていることからデザイン側に置かれている。バタフライスツールは柳の直筆サインも確認できるビンテージもの。ただし、サインが入ったものでも工業的に生産されるようになっている現在、同じデザインのものが量産されることにより、オリジナルの製品はデザインの分野を超えて工芸に近いものになっているかもしれない、と深澤氏は指摘する。

 展覧会のメインビジュアルに使われている作品は、工芸側に積み上げられている石垣と、デザイン側に置かれているコンクリートの壁である。これはわかりやすい定義ではあるものの、深澤氏によれば、コンクリートの壁はものすごく精緻に工芸的にできている一方、石垣は一個一個石を積み上げるためにデザインを考えながら積んでいるという。

 工芸やデザインの銘品を集めた展示ではない。たとえば、日ごろ何気なく使っている鉄瓶やザル、昔つかっていたタイプライター、アップルのコンピュータ製品など、デザイン性や工芸としての価値を見つめなおすには十分すぎる展示品が並び、一点一点につけられた解説にうなずいたり、疑問に思ったりと思考が深まる。「展示に対して異議が出てきたら、それは望むところ。境目はない、あるいは、やっぱりはっきりしているなどの意見が出てくるのを楽しみにしている」と深澤氏。

 この展覧会が金沢で行われているということにも注目したい。この美術館の周辺でも、秋から冬にかけて工芸のイベントが盛んに行われている。2017年1月には世界工芸トリエンナーレが予定され、2020年に向けて、国立近代美術館工芸館の移転も決まっている。

 


EXHIBITION INFORMATION
工芸とデザインの境目
期間:2017年3月20日(月)まで
10:00〜18:00(金・土曜日は20:00まで) ※1月2日、3日は17:00まで
会場:石川 金沢21世紀美術館 展示室1-6