俺のピアノを聴け!

――やっぱり石若駿というとジャズ・ドラマーとしてのイメージが強いですが、今回の『Songbook』はこれまで話した通り、それとは異なる石若さんのアーティスト性が窺える作品になっています。普段はどういった音楽を聴いているんですか?

「ビートルズは好きだね。全部好きなんだけど、最近は『Abbey Road』(69年)と『Magical Mystery Tour』(67年)がヤバイなと思って特に聴いてる。あとは星野源の初期のアルバム『ばかのうた』(2010年)と『エピソード』(2011年)をずっと聴いていたこともあった。青葉市子の作品は全部聴いてるし、パット・メセニーやケニー・ギャレットが参加していた矢野顕子の『Welcome Back』(89年)や『Elephant Hotel』(94年)あたりもすごい聴いてる」

星野源『ばかのうた』収録曲“くせのうた”

青葉市子の2016年作『マホロボシヤ』収録曲“ゆさぎ”

――矢野顕子の雰囲気は『Songbook』に近いかもしれないですね。メロディーが小節を跨いでいく感覚とか。

「母親が好きだったから、実家で聴いていたんだよね。最初はジャズマンが参加してるなんて知らなかったけど。そう言われると矢野顕子の影響はあるかもしれない」

――アコースティックですが実はトリッキーな曲だと思った“Asa”、それから“ジョゼ”あたりは、最近のジャズ・ヴォーカルものに近い雰囲気を感じます。

「実は、“Asa”が出来上がってから、自然と影響を受けてるなーと感じたのはくるりなんだよね。高校3年生の時にくるりを初めて聴いて大好きになったんだけど、“Asa”はくるりのジワーッてくるゆったりとした曲のイメージ。『アンテナ』(2004年)の“グッドモーニング”みたいな。ジャズ寄りだとジョニ・ミッチェルだと思う。特に『Mingus』(79年)の世界観が好きで、“ジョゼ”はその雰囲気を意識してる部分があるかな。ジョニはピアノも弾くしね。それからレベッカ・マーティン、グレッチェン・パーラト、ベッカ・スティーヴンスあたりの現代ジャズの女性ヴォーカルももちろん好き。最近レベッカ・マーティンの『The Growing Season』(2008年)にまたハマっていて。ブライアン・ブレイドのドラミングやカート(・ローゼンウィンケル)のエレピが素晴らしいんだよ。そういったものからの影響もあるかもしれない」

レベッカ・マーティン『The Growing Season』収録曲“Free At Last”

――ちなみに“ジョゼ”ではフレットレス・ベースで織原良次さんが参加されていますが、これはどういういきさつが?

「僕は小さい頃からジャコ・パストリアスが物凄く好きなんだけど、小6の頃に北海道の〈倶知安ジャズフェスティバル〉で織原さんと出会って、その時はジャコのビッグバンドにハマっていたから、フレットレス・ベースを演奏する織原さんを観て感動したんだよね。それで、小学生ながら思わず〈ジャコ好きですか?〉って織原さんに話しかけたくらい。その後、僕が上京して東京ザヴィヌルバッハやけものに参加して共演するようになって、織原さんのプレイやアーティスティックな部分に惹かれた。それで自分の曲でもいつか弾いてほしいとずっと思っていて」

織原良次擁するNHORHM“One”の2016年のライヴ映像

――また、“Asa”と“10℃”は角銅真実さんがヴォーカルを取っています。

「角銅真実さんは藝大(東京藝術大学)の打楽器科の先輩で、僕が1年生の時の4年生かな。すごく異彩を放っている先輩の一人だった。毎年髪の毛の色が変わったり、突然坊主頭になったり(笑)。藝大には一定の割合でそういう人種がいるんだよ。角銅さんはパーカッションの先輩なんだけど、マリンバを弾きながら歌っているところを見て、歌がすごく良いなと思ってお願いしました。角銅さんは漫画も描いていたり、とにかくいろんなイメージを膨らませることのできる人だから、この2曲は歌詞も書いてもらった。ちなみに角銅さんのオリジナル曲を演奏するパーカッション・ユニット、Taco mansion orchestraにも参加したことある!」

角銅真実(ヴォーカル/マリンバ)擁する文角-BUNKAKU-“LARK”のパフォーマンス映像

――ストレートなジャズ・ヴォーカルというイメージの“the voice”はサラ・レクターさん、ジョゼはけものの青羊さんと、今回参加しているシンガーは全員女性ですね。

「歌声はもちろん、その世界観に惹かれたんだよね。女性ヴォーカルでまとめようと思ったわけではなく、自然とそうなった」

――CRCK/LCKSの小田朋美さんと小西遼さんが参加した“Christmas Song”は、まさにCRCK/LCKSっぽい変拍子の曲で……というかバンドのライヴでもやっていましたよね?

「CRCK/LCKSの最初のライヴからやってるね。バンドが始まる時に、ちょうどこの曲のピアノとドラムだけを録り終えたタイミングで、そのデモをスタジオに持っていって合わせたら〈イイじゃん!〉となって。音源を作るのと、ライヴで演奏して歌詞を付けていくのを同時進行にやっていたんだよね。歌詞はもともとが小田さんをメインに小西くんと2人で歌詞を書いてもらっていて、CRCK/LCKSで演奏する時は日本語詞なんだけど、『Songbook』では小西くんがカッコイイ英語詞を書いてくれた」

――この曲ではシンセや管楽器などさまざまな音を多重録音して作られていますが、そういった音楽も好きなんですか?

「今回の曲を作っている時に、自分のなかで多重録音のブームがあったの。Galileo Galileiという稚内のバンドが2012年に『PORTAL』というアルバムを出したんだけど、あれに〈ヤラれた!〉と思ってね。多重録音ですごい世界を作っていて、これは自分がやりたかった音かもしれないと」

Galileo Galilei『PORTAL』収録曲“さよならフロンティア”

――それぐらいの時期、2011年~2012年頃は多重録音のアーティストがいろいろ出てきましたよね。アントニオ・ロウレイロ、ジェイムズ・ブレイクとか。

「アントニオ・ロウレイロの『Só』(2012年)はすごかったよね。一人でピアノもドラムもヴィブラフォンも歌も全部やってる動画がYouTubeにあって、あれにはインスピレーションを受けてる。ジェイムズ・ブレイクが出てきた時もかなり聴いていたし。あとはホセ・ジェイムズの作品でも歌ってるエミリー・キングやリトル・ドラゴン、ジム・オルークの『Eureka』(99年)とか。それから、晩年の菊地雅章さんのトリオでも叩いていたRJ・ミラーというジャズ・ドラマーがいるんだけど、彼の『Ronald's Rhythm』(2013年)はエレクトリックな質感の多重録音で作られていて、〈ヤラれたー!〉と思ったよ」

アントニオ・ロウレイロ『Só』収録曲“Luz Da Terra”

RJ・ミラー『Ronald's Rhythm』収録曲“Underwater Traveller”

――やっぱり多重録音で作るのと、人と一緒に演奏するのとでは感覚が違いますか?

「もちろん。誰かとセッションする時は自分の予想できないものが出てくる素晴らしさがあるけど、多重録音は鳴っているものを全部自分でコントロールできるから、ある種守られたなかで作れるというおもしろさがある。いつもセッションが多いから、その反動でみずからひとつの世界を作りたいという欲求があるのかもしれない。多重録音はその人のもっとも深いところが見られるんじゃないかなと思う。一音一音悩みながら選び抜いていくわけだから、そこで出来たものにはその人が持っているピュアな音楽性が表れている気がして、だからそういう作品が好きなんだよね。ermhoiが出てきた時も、〈この人はこんなことを思ってたんだ!〉と知れたのがおもしろくて。常田大希もそうだよね。ちょうど大希と一緒にやりはじめたのも大学に入ってからだから、大希が多重録音をしてる姿にも影響を受けてると思う」

ermhoiの2015年作『Junior Refugee』収録曲“Why?”

――そう考えると、『Songbook』には石若駿の内面が色濃く出ているのかもしれませんね。

「そうだね。今回は特にピアノのヴォイシング(和音にするための音の積み重ね方)を聴いてほしい(笑)! 結構こだわってるから。ヴォイシングには人間性が出るんだよ。今回はグランド・ピアノを弾いてるから、音の鳴らし方にも人間性が出るし。もう〈俺のピアノを聴け!〉って感じ(笑)。実はこのソロ企画の第2弾をもう録りはじめていて。この間は吉田ヨウヘイgroupのギターの西田(修大)くんとスタジオに入ったんだよね。今度は3年もかけないで出したいな(笑)」