再結成の挨拶状となったミニ・アルバム『lost and found』が昨年リリースされた時、KERAは〈同窓会ではなく、新しいことをやる〉ための再始動であることを強調していた。そしてこのたび満を持してリリースされた有頂天の26年ぶりとなるニュー・アルバム『カフカズ・ロック/ニーチェズ・ポップ』には、その答えとも言うべき、現在進行形の彼らが詰め込まれている。どの曲も紛れもなく有頂天の音でありながら、過去のどの作品とも異なった質感は、いまの彼らだからこそ表現できたものだ。

同アルバムは、その名の示す通りフランツ・カフカとフリードリヒ・ニーチェをモチーフとしたコンセプチュアルな2枚組。〈カフカズ・ロック〉と〈ニーチェズ・ポップ〉=ネガとポジの対照的な構造を持つこの大作は、2016年の年の瀬に一体何を示すのか? KERAにたっぷりと語ってもらった。

有頂天 カフカズ・ロック/ニーチェズ・ポップ Solid(2016)

 

バンド活動が楽しくてしょうがない

 ――2枚組のアルバムにすることは最初から決めていたのですか?

「途中からですね。『lost and found』の時は再結成の名刺代わりみたいなつもりだったので、ダーッと勢いで作った5曲を6日間でダーッと録って出す、みたいな。本当にレコーディングもインスタントだったし、その時は並行して2年掛かりで作っていたケラ&ザ・シンセサイザーズのアルバム『BROKEN FLOWER』(2015年)があったから、それと対照的なやり方で作ろうというのもあったんです。でも、〈次にフル・アルバムを作る時はこうはいかないだろうから、覚悟しといて〉ということは何人かのメンバーには言っていました。やっぱりコンセプト・アルバム世代だから、フル作を作るとなると構えますよね。作り込まないとおもしろくないし、勢いで十何曲のアルバムを作るのはもったいない気持ちになってしまう。それは僕が演劇をやってるからかもしれないですが、曲順や曲間も含めて、トータルでさまざまな試行錯誤ができる。その作業こそに楽しさや意義を感じます」

有頂天の2015年作『lost and found』収録曲“猫が歌う希望の歌”
 
ケラ&ザ・シンセサイザーズの2015年作『BROKEN FLOWER』収録曲“BROKEN FLOWER”
 

――ということは、アルバム・コンセプトを最初に決めてから制作に入るのでしょうか?

「(アルバム全体の方向性が)最初から決まってることはあまりない。その時々ですけどね。曲をアレンジしている最中に、何となく最終的にこういう肌触りのアルバムにしたいから、こういう歌詞が乗るだろうとか思いつくこともあるし、オケが全部出来上がっていても歌入れまでなかなか全体像が見えてこない時もある。今回はレコーディングの2日目くらい(に決まった)かな。基調となるのは暗めでヘヴィーなニューウェイヴだったんですが、何曲か真逆なものもあって。でもポップな曲や美しい旋律のナンバーをアクセントとして数曲入れるのは、あまり良いバランスに思えなかった。それで2枚に分けられないかということを(ウルトラヴァイヴのディレクターの)前田さんに直訴してOKをもらったんです」

――選曲は、メンバーが持ち寄ったデモテープから?

「そうです。カヴァーの2曲以外はすべて、作曲のクレジットは有頂天になっていますけど、実は作曲者がいるんですよ。ただ、Aメロとサビを別々の人間が作っていたり、アレンジのアイデアを作曲者以外の人間が持ってきたりとかしている。『ピース』(86年)も全曲が有頂天でしたけど、あれも本当は個々で作っていますからね」

――バンドによっては、そういう表記をしたことでメンバーに不満が生じ、解散の原因の一つになったりすることもありますよね。

「俺も含めてメンバーは皆、いまはまだバンド活動が楽しくてしょうがないんです。まだ新鮮なんですよ。作曲のクレジットを個人ではなくバンド名義にしようともっとも強く主張したのは一番たくさんの曲を作ってるメンバーですし」

――カヴァーをやろうというのは、どなたの案だったのですか?

「やりたいって言ったのは、キーボードのシウ角田英之、キーボード)ですね。漠然と入れたいと言ってきた。曲を選んだのは僕ですけど」

――そこで“知恵の輪プレゼント“を選曲した理由は?

「“知恵の輪プレゼント”は、あけぼの印がやってた曲なんです。彼らとは原宿のクロコダイルや渋谷LIVE INNとかで、何度か一緒にライヴをやっていて。LIVE INNではニューウェイヴの6デイズみたいなシリーズ(・イヴェント)があって、あけぼの印とキャ→少年ナイフ、有頂天という4バンドでやったことがありました。(あけぼの印は)好きなバンドだったんですよね。曲自体は忘れていたんですけど、隠れたニューウェイヴの名曲みたいな、自分内コンセプトで曲を探して」

※80年代に活動した女性パンク・バンド

――“知恵の輪プレゼント”は、あけぼの印の前にメンバーの冨成哲さんが活動していたOUT OF ORDERというバンドの頃からやられていた曲ですよね。OUT OF ORDERは、80年代初頭にめんたいニューウェイヴと呼ばれたバンドの一つで。

「そうですね。カセット・ブック『めんたい狂騒曲-State 9th』とかが出たの、何となく記憶にあります」

――その頃、OUT OF ORDERの自主カセットテープを入手して愛聴されていたのかなと思ったのですが、そういうわけでは……。

「ないね。そのカセット・ブックだけです」

――ということは、DJがレア・グルーヴ的な視点で、昔の隠れた名曲を発掘するのと同じ感覚の選曲だったわけですね。

「そうですね。シウがカヴァーをやりたいというのはそういう意味じゃなかったと思います。“心の旅”のような、誰でも知っている曲を入れたほうがキャッチーなんじゃないか、という意味だったのかもしれないけど、だとしたらまったく的外れな曲を持ってきたことになりますね(笑)」

有頂天の85年のシングル“心の旅”
 

――一方、“ロコモーション”はそれとは対照的な選曲ですね。

「まだ“ロコモーション”をやると決める前に、シンセサイザーズの杉山(圭一)に手伝ってもらいながらスタジオでデモを録っていて。その時に、循環コードをギクシャクしたリズムに乗せて(トラックを)作っていたんですよ。〈このコードだと“ルージュの伝言”とか合うね〉なんて言って。でも“ルージュの伝言”を俺が歌うのもなぁと思って、〈そうだ、“ロコモーション”も同じ循環コードだ〉と。この曲に関しては、執着はほとんどないですね。ばちかぶりもかつてやっていましたけど、ああいう縦ノリな2ビートにするのではなくて、もっと痙攣したような、初期ディーヴォ的な」

――ディーヴォがカヴァーしたストーンズの〈サティスファクション〉に通じるアプローチですね。

「そうですね。あんまり何も考えてない(笑)」

ディーヴォの78年作『Q: Are We Not Men? A: We Are Devo!』収録曲“(I Can't Get No) Satisfaction” 
 

――今回はアルバム全体にポスト・パンク/ニューウェイヴな雰囲気が強く出ていますよね。

「一言にニューウェイヴと言ってもさまざまなニューウェイヴがあります。今回の〈カフカズ・ロック〉のほうは、言ってみれば地引(雄一)さんフィールドのニューウェイヴというか」

――ニュー・ロマンティクスみたいなカラフルなニューウェイヴとは違った、モノトーンな感じのニューウェイヴ……P-MODELでいえば、『ポプリ』(81年)とか『Perspective』(82年)の頃の。

「暗黒期のね(笑)。そう、モノトーンなニューウェイヴっていうのは意識していましたね。これまでの有頂天が体現してこなかった類のニューウェイヴ。ああいう音は、キャニオン時代も東芝EMI時代も、作ろうと思っても作らせてもらえなかった。1~2曲ならいいけど、みたいな。当時は話しませんでしたが、そういう葛藤もありました。有頂天の持ち味は〈明るいヘンテコさ〉というのがパブリック・イメージでしたから、会社側はあまり暗いものは歓迎してくれなかったんです。でも常にそのあたりには、数え上げればきりがないほど好きなバンドがいっぱいいました。PILペル・ウブとかね。ワイヤーも好きだし。今作を作ってみて、一気にそのへんのものを吐き出した感があります。こういう曲って客には受けないけどね(笑)」

――そういうのを出せちゃうのが昔といまの有頂天の違うところとも言えますね。

「そうですね。2013年に(鈴木)慶一さんとNo Lie-Senseを始めるまでは、ソロ・アルバムを作るために具体的に動き出す気力もなかったし、有頂天もなかったから、シンセサイザーズに全部ぶち込んでたんですよね。いまは棲み分けができたことによってより一個一個がクッキリしてきた。これは行きすぎると、〈有頂天はこうあらねばならない〉みたいにリスクになっていくんですけど。でもまだそこまではいってないし、今回2枚組にするならば両極端なほうがいいなと思ったので、いまの有頂天でできる暗くてヘヴィーなニューウェイヴを〈カフカズ・ロック〉のほうでは徹底してやろうと」

No Lie-Senseの2013年の初作『First Suicide Note』収録曲“イート・チョコレート・イート”
 

――2枚組といっても、KERAさんにとってはアナログLPレコードのA面/B面というイメージだそうですね。カフカ・サイドとニーチェ・サイド、みたいな。

「はい。本当はカフカ・サイドのほうをDisc2(B面)にするべきなのかもしれないけど、あえてA面にしてるんです。余談ですが、この間シンセサイザーズが出たイヴェントでPOLYSICSハヤシ君と一緒になった時に、デヴィッド・ボウイの〈ベルリン3部作〉の話になって。その時のシンセサイザーズの出囃子に『Low』(77年)の“Sound And Vision”って曲を使っていたからなんですけど。彼は『Low』を初めて聴いた時にB面の〈ワルシャワの幻想〉で寝ちゃったって(笑)。『Low』はA面ばかり聴いていた人が圧倒的に多いんじゃないかな。今回の2枚組はニーチェ・サイドのほうが好まれるに違いない。ならばあえてA面にカフカを持っていこうと。レコードは引っくり返さなきゃいけないっていうのが手間なんだけど、手間だからこそA面ばっかりB面ばっかり聴いちゃうわけじゃないですか。それもそれでいいんじゃないかなあと思って。『カフカズ・ロック/ニーチェズ・ポップ』も、好きなほうだけ聴いてくれていい。どっちかは1回しか聴いてない、みたいなことでもいいんじゃないかなと」

デヴィッド・ボウイの77年作『Low』収録曲“Sound And Vision”
 

――そういう発想になったのは、昨今にアナログ・レコードだけでなくカセットテープも含めて、A面とB面のあるアナログ・メディアが再評価されていることとも関係ありますか?

「心の端っこにはそういう意識があったかもしれないですが、だからといって流行りに乗ろうとかっていうのは特になかったですね。それより2枚組で作らせてもらえることがデカかった」