高橋翔という男は徹底して掴みどころがない。一人の音楽家として、プレイヤーとして、ソングライターとしてすごく真摯で骨のある男なのに、その本質を掴まれようとすると、自嘲しながらスルリと相手の手の中から抜け出てしまうようなシャイなところがある。わざと悪態をついて撹乱させてしまうその癖こそがフロントマンを務めた昆虫キッズ(2015年の1月に解散)時代から魅力と言えば魅力ではあってきたわけだが、それゆえに損をしていたところもあったと言えるだろう。ceroシャムキャッツスカートといったほぼ同時代に活動を展開させた優れたライヴァルたちのなかでも、とりわけ彼はオネストで人懐っこいメロディーを綴れるコンポーザーだったし、プレイヤビリティーの高い個性的なメンバーをまとめる統率力にも長けていた。だが、そんな長所を、高橋はいつだって意図的に煙に巻いてしまう。それは、常にその好奇心が流動していくような彼自身の移り気な性格、意外にエゴイスティックではない温厚な人間性にも起因しているのかもしれない。

しかしいま、そんな高橋翔は、ある種自身の音楽ルーツを素直に開示し、いまやりたいことをエクスキューズせずにバンド・サウンドとして形にしてみせようとしている。それが新バンド、ELMER。日本語で歌うことにこだわっているところは変わらないし、生き生きとしたメロディーも健在だ。その一方で、さながらレヴォリューションを率いていた80年代のプリンスのように、自身で音作りを精緻にコントロールしながらも、仲間とフレキシブルにセッションするような気の置けなさもあるし、出来上がった曲はカジュアルでポップで、とてもわかりやすい。ファンクソウルといったブラック・ミュージック、ダンス・ミュージックへの無邪気なアプローチを感じさせつつも、その指向に溺れない冷静な目線もある。そして、それはいみじくも高橋自身が夜な夜な友人たちと呑みに繰り出す夜の東京の裏の風景を想起させるものでもあるというシンクロニシティー……ELMERのファースト・アルバム『LEGACY』はそんな作品だ。

さあ、ELMERを紹介しよう。メンバーはTSHOことその高橋翔(ヴォーカル)、柴田学 (ギター、元VIDEO) 、本田琢也 (ベース、元箱庭の室内楽)、TOGASHI (ドラムス、サンガツ)、小林4000 (キーボード、どついたるねん)、松本暁雄 (パーカッション)。それぞれに異なるバンド/フィールドでの活動経験が豊富な仲間たちだ。そんな彼らの初作に〈遺産〉と名付けてしまうセンスは……やっぱり高橋らしいのかな。

ELMER LEGACY illumination(2017)

軽い感じの音楽がやりたくなった

――2015年9月に初めてELMERとしてライヴをやっていますね。それまではソロ名義で弾き語りをやっていて。どのようにバンドとしてスタートしていったのでしょうか。

高橋翔(以下同)「昆虫キッズが終わって、1年くらい経っていたのかな。弾き語りでのライヴ活動をしながらも、やっぱりバンドをやりたくなって、声をかけているうちに自然とメンバーが集まった。流れとしては本当にそんなシンプルな感じでした。ただ、最初から〈こういうことをやりたいな〉というのはなんとなくは考えていて。それは1人でやれることじゃなかったから、集まったメンバーとスタジオに入ってセッションを繰り返した」

――〈こういうことをやりたい〉というのは?

「まあ、ある程度、昆虫キッズの延長になるとはわかっていたけど、それはあくまで音楽性みたいなところであって、そこを踏襲しつつも、やり方としてなんか違うこと――自分にとって新しいことを打ち出したい、フレッシュに感じられるようなことを曲にしていきたかったというか。昆虫キッズは、メンバー4人の個性の強さが魅力だったし、実際に曲の構造も言ってみればフレーズの音楽だった。1つの曲に向けて4人がそれぞれ違うアングルから自由にやっていくという。でもELMERは、曲を作る僕がメンバーに〈こういう感じでやってほしい〉とある程度指示を与えながら作り上げていった」

昆虫キッズの解散ライヴを収録した2016年のDVD「BLUE GHOST remind」より“WIDE ”のライヴ映像
 

――そうしたやり方によって、どういう作品をめざしていたのですか?

「いつでも聴けるポップなもの。前は、曲自体が強いっていうか、歌詞もだけど青かった頃の自分をすごく反映させたものだった。でも30代になって、見え方も変わってきたし、それまでやっていたことに少し飽きも生じてきて……。まあ、軽い感じのものがやりたくなったんですよ」

――具体的なイメージはありました?

ビリー・ジョエルの『The Stranger』(77年)みたいな作品。あのアルバム、暗いでしょ? でも、仄かに街灯の明かりがあって、都会なんだけど少し路地を入ったところにある空気が煙たい場所……みたいな絵柄が浮かんでくる。自分のモードとしてそういうのが良いなと思っていた」

ビリー・ジョエルの77年作『The Stranger』収録曲“Movin' Out(Anthony's Song)”
 

――『The Stranger』は前から好きで聴いていたのですか?

「小さい頃、家にテープがあって聴いていた。いまの自分はトレンドの音楽から直接的に影響されることはあんまりない。それよりも、子供の頃に音楽として認識する以前から、なんとなく耳にしていたり、家で流れていたものだったり、そういう曲からの影響が実は大きい気がする。そこに自覚的になり、掘り下げてみたかったというのが今回は大きいかな。そういう意味ではプリンスとかもそうだし」

――なるほど。ELMERのバックボーンには『The Stranger』が持つ都会の夜の奥にある風景と、子供の頃の意図しない音楽体験という2つのテーマがあったということですか。

「そうそう。それはビリー・ジョエルもそうだけど、それ以上にリック・アストリーみたいな80年代の〈ベストヒットUSA〉で流れていたチープな大衆音楽だと思う。水っぽいというか、消費されやすい音楽。当時、そのあたりのアーティストがすごく売れていたわけでしょ。いわば、スナック菓子みたいな。どこでも手に入るようなね」

リック・アストリーの87年作『Whenever You Need Somebody』収録曲“Together Forever”

 

昆虫キッズで描いてきた1人の男の物語はまだ続いている

――言い換えれば、誰しもが意識せずに聴いていたヒット・ポップスということですね。

「そう。そういうのが良いなと思っている。良い時代だったということなのかもしれないけど、サウンド面で言うと、重さがなくてスカスカな感じ。別に確信犯的に80年代の消費されたポップス路線を狙うんじゃなくて、もっと自然にそういうものを求めていた。それはあくまで、これまではそういうのをやってなかったからやりたくなっただけで。俺はもともとミーハーで飽きっぽいからね。広く浅く、いろいろやってみたい」

――広く浅くやりたいって、ある種、勇気のある発言ですね。

「うん、でも実際そうだし。生きていればいろんなことに興味が出てくるし、やりたいし、知りたい。1つのスタイルで地盤を固めてやっていくのもカッコイイけど、自分の場合はそうじゃない。いま思えば、昆虫キッズも、そのときどきで自分のやりたいことをやってきたから、そういう意味では変わらないのかもしれないけど、より自覚的になったというのはあるかな」

――それによって、ソングライティングの過程やメソッドに何か変化はありましたか?

「ギターをあまり弾かなくなったかな。ギター・サウンドって自分が思っているよりも強い音みたいで、それだけで音のイメージが決まっちゃう。そこで、ギターを鍵盤や他のウワモノに置き換えてみたらどうなるんだろう?と考えるようになって、そっちのほうがおもしろそうだと感じた。いまもギターで曲を作ってるんだけど、それはあくまでコードとメロディーを作る道具で、バンドの中心に鳴る楽器としての重要性は下がったように思う」

――ギターの音を他の楽器に置き換えることで、どんな効果を狙ったのでしょうか?

「やっぱりヴォーカル、歌かな。ヴォーカルが中心にある音楽を作りたくなった。ELMERだと、ギタリストがいて、鍵盤があって、さらに僕もギターを弾くとなるとウワモノが厚すぎる。自分の技量不足もあるけど、いまはギターが2本も要らないわけ。そうなると、バンドとしてカチッと編成を決め込まないほうがおもしろいのかな、とも思えてくる。実際、バンドの初ライヴのあとに最初のドラマーが抜けてからは、どんな演奏者が来ても受け入れられるようになった。でも、それは矛盾するけど誰でも良いってことじゃなくて……」

――仲間、ファミリーという意識を持てるメンバー?

「そうそう。サポート・サックスで参加しているサトゥ(元6EYES)くんも場の空気がしっかりわかる人。だから、ガツンとしたバンドというより、パーマネントのメンバーでなく流動的でも大丈夫な大人のグループというイメージ」

――プリンスにとってのレヴォリューションみたいな?

「そんな感じ。自分はでしゃばらないまとめ役で……。今回のアルバムについては、いまのメンバーでやることを前提にして作った曲ばかりなんだけど」

プリンス&ザ・レヴォリューションのライヴ映像
 

――結果としてファンクやソウル――ブラック・ミュージックの要素を含んだポップスというべき曲が揃っています。

「たまたまこうなっただけ。難しいことをやりたくなかったし、あまり考え込まずにやってみたかったから、自然とこうなったんじゃないかな。わかりやすい構成のベタな曲をリラックスして作ろうとしていた。そうなると、自分が好きなリズム、気持ち良いなと感じるリズムを自然とやりたくなるわけで。本格的にブラック・ミュージックの研究や追求はしていないし、スタイル・カウンシルみたいな白人が黒人に影響を受けてやったファンクやポップが僕は好き。あんまり本物志向じゃないからね。アルバム制作の前の漠然としたイメージのなかにはカジュアルなポップスへの指向があったと思う。昆虫キッズの最後のほう……『BLUE GHOST』(2014年)あたりは過剰にしようというのが狙いとしてあったから、いま聴いても〈すごくよく出来てるな〉と思えるんだけど、いまはそういうものじゃなくて、音楽に詳しくなくても楽しめる、カッコイイと思えるものがやりたい」

スタイル・カウンシルの85年作『Our Favorite Shop』収録曲“The Lodgers”
昆虫キッズ『BLUE GHOST』収録曲“Alain Delon” 
 

――しかも、全9曲で30分台。そのコンパクトさも意識していましたか?

「ある程度はまとまりの良いものにしたかったけど、何か具体的に参考にしていものはなかったな。好き好んで聴いていたものは自然と自分の血肉になっているわけだし、それを改めて聴き込んだりもしなかったし、作業のとき以外はレコーディングした音さえも聴かなかった。執拗に聴き込んで作ること自体から離れたかったっていうか、熱を入れすぎると自我が強い作品になっちゃうから。だからってわけじゃないけど友達のバンドの作品もなるべく聴かないようにして、情報をシャットアウトしようとした。影響を受けやすいからね。でも、そうすることでより自分のことがわかってくる。歌詞でも曲でも、いま自分が素直にどういうことをしたいのかをちゃんと見つけたかったし、それを冷静に理解して作品にしたかった。俯瞰して自分のことを客観視しないといけないタイミングだったと思う」

――それは20代の象徴でもあった昆虫キッズから、次のステージへ移るためにも必要なことだったと。

「結局は地続きなんだけどね。でも、昆虫キッズは7年やってきたわけだから。それがどういうものだったのか、そのうえで次はどうしたいのかを自分でしっかりと理解する必要があった。好奇心に従って、どんどん新しいことをしたくなるにせよ、そうやって自分を見つめる時期を一度はちゃんと持たないとなって。そういう意識で制作したというのは確かにあるかな」

――となると、今回のアルバムのタイトルで〈遺産〉と大きく出たのは、自分を俯瞰して見つめた結果の手応えと考えていいのでしょうか?

「タイトルは大袈裟なほうがカッコイイじゃん(笑)。でも半分冗談だけど、そのくらいの覚悟だったというのはある。これから出す作品(のタイトル)が全部『LEGACY』でも良いってくらいの覚悟。だってそうじゃん? 自分が本気で作るものは全部遺産になるんだから。自分の内面の脂肪みたいな余計な部分を全部削ぎ落としてみたときに、こういう答えに辿り着いたことが重要。余計な荷物はいらない。それがいまの自分にとって遺産になるという考えだった。だから、曲自体が短いし、できるだけ単純かつポップで、曲名もすべて1ワードでシンプル。もう選択肢そのものが少ない状況だよね。いま自分がやりたいのはそんな音楽。迷うことも楽しいけど、迷わない自信がついた」

――それが昆虫キッズをやってきたことの結果でしょうか。

「そうだろうし、やっぱり昆虫キッズはカッコイイよ。地続きな部分がいちばん出ているのは歌詞じゃないかな。昆虫キッズの歌詞はファースト(2009年作『My Final Fantasy』)から最後に出したEP(2014年作『TOPIA』)まで巻物みたいに歌のなかの人物にはストーリーがあった。幼少期から青年になる1人の男の人生というか。ELMERになって歌詞を書いているときに、それが〈ああ、まだ続いてるんだな〉とハッとした」

 

ELMER『LEGACY』release live -GOLD SHIP-
日時・会場:3月19日(日)東京・渋谷O-nest
LIVE:ELMER/冷牟田敬バンドSolid Afro&Día de los 
開場/開演:19:00/19:30
料金:2,800円(前売/ドリンク代別)
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