Migration Of Emotion
オーガニックな感触と繊細なエレクトロニクスを融合した音世界で絶大な支持を集めるボノボが4年ぶりに帰ってきた。空を越えて海を渡る、新しい旅情に溢れたサウンドスケープが、いまこの『Migration』に美しく広がっている……

 「『The North Borders』のツアーが終わる頃、プライヴェートでさまざまなことが起こっていた。家族を亡くしたり……。それに、居場所を失ったような感覚を抱いていたんだ。最終的に住処を定め、新居に移り住んだ際、極めてアグレッシヴな形で騒動が降りかかってきた。そして僕は、アイデンティティーや住居、出自、人々の移動、環境がもたらす影響といったテーマについて考えさせられることとなった。僕は荒野で、山中や砂漠で時を過ごした。そして、こうしたテーマがだんだんと浮き彫りになっていくにつれ、アルバム全体のアイデアが明確になっていったんだ」。

BONOBO Migration Ninja Tune/BEAT(2017)

 成功を収めた前作『The North Borders』(2013年)からおよそ4年、ライヴ・アルバムにもなった同作を引っ提げてのツアーでは18か月かけて実に30か国以上を巡ってきたボノボ。UKのブライトン出身、LAを拠点とする彼は、キャリア15年以上を数えるDJだが、そんな華々しさの裏に苦い経験を重ねて登場したのが通算6枚目のオリジナル・アルバム『Migration』だ。

 「地勢というもの、民族の移動というものをテーマにした」との言葉通り、このアルバムはLAで目の当たりにする貧富の差、移民や難民の問題も背景にしつつ、根無し草なツアー生活での体験から得た心象を映し出した作品となっている。制作の実作業もツアーの最中に行われており、例えばアルバム中で最初に出来たという儚げな先行カット“Kerala”(ブランディの歌声をサンプリングしている)は、ツアーバスの中でまとめたラフを下地としているのだそう。また、ライマイク・ミロシュ)をフィーチャーしたリリカルなドリーム・ポップ“Break Apart”は移動中の飛行機内で作曲、ミロシュのヴォーカルはベルリンで、ホーンズはロンドンで録音され、最終的にLAでミックスされたという。

 「僕は実際のスタジオに入った経験がないんだ。これまでに作ったレコードはすべて、僕が自宅でレコーディングしてミックスしたものだ。家にはいくつかのシンセを含むハードウェアがある。だけど、アルバム全体をラップトップ上で作ったのはこれが初めてなんだ。そのおかげで、アイデアを即座に具現化することができた」。

 本作の特徴となるのは、先述のライ以外にも名のあるゲストのパフォーマンスをフックに設けていることだろう。キャッチーな“Surface”ではハンドレッド・ウォーターズニコル・ミグリスが歌い、“Bambro Koyo Ganda”にはモロッコの伝統音楽を奏でるブルックリンのバンド、イノヴ・グナワが歌と演奏を供与。さらにひときわ明快なダンス・トラックに仕上がった“No Reason”に翳りのある歌唱を挿し込むのは、チェット・フェイカー名義で名を売り、本名での“Fear Less”も発表したばかりのニック・マーフィーだ。これまでにも楽曲に応じてアンドレヤ・トリアーナらを迎えていたボノボだが、いままでになくコラボ感を重視した楽曲の佇まいはアルバムに新鮮な呼吸を注ぎ込んでいる。

 そしてもちろん、そうした声の存在も彼の折衷的で越境的なサウンド・デザインに編み込まれているのは言うまでもない。自然を描くような大きなうねりと、さまざまな感情のざわめきを織り込んだ美意識のタペストリー。すでに世界各国でヒット中の『Migration』は、ボノボの恐るべき才能を(ここにきて!)さらに遠くまで届けるはずだ。