MONO

田中「そして、ガール・バンドでカオスになったフロアに、ピーンと張り詰めた緊張感をもたらすのが次のMONOだと思うんだ。毎年150本もの海外ライヴをこなす彼らが、日本人アクトとしては初の〈HCW〉出演を果たすというのも今回のトピックだよ」

2015年のライヴ映像
 

小熊「MONOは99年の結成以来、これまでに9枚のアルバムを発表しているんだけど、基本的に〈最新作が最高傑作〉なバンドなので、実は聴いたことなくて……というリスナーには、昨年リリースの『Requiem For Hell』を聴いてほしい。盟友のスティーヴ・アルビニと久々にタッグを組んでいるのも重要で、やっぱりアルビニ先生が絡むとドラムの音が凄いんだわ(笑)。若いリスナーのためにアルビニ・ドラムの話を軽くしておくと、有名な例はニルヴァーナの“Rape Me”。このメタリックな響きこそが〈アルビニ印〉なんだよね」

ニルヴァーナの93年作『In Utero』収録曲“Rape Me”
 

小熊「ポスト・ロックという括りなら、同ジャンルの元祖とされるスリントの『Tweez』(89年)が外せないし、個人的にはドン・キャバレロの『American Don』(2000年)は生涯の一枚だね。こちらもドラムの音色が最高。ほかにも、この後に出てくるピクシーズの『Surfer Rosa』(88年)や、2010年代以降だとクラウド・ナッシングスの『Attack On Memory』、今年もさっそくタイ・セガールの最新作『Ty Segall』に携わっていたりと、1,000枚以上の作品に携わっている人なのでプロデュース・ワークを語ったらキリがないんだけどさ」

ドン・キャバレロの2000年作『American Don』収録曲“Fire Back About Your New Baby's Sex”
 

小熊「まあそんな感じで、MONOの新作もまずはドラムの音色に耳を傾けて、それからアンサンブル全体を注意深く意識してみると、唯一無二のバンド・マジックを実感できると思う。『Requiem For Hell』は全5曲で46分。要するに1曲ずつが長いんだけど、モグワイゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーなどポスト・ロック勢の多くがそうであるように、壮大なテーマを描くためにはそれだけの尺が必要なんだよね。彼らが海外で成功できた要因として、インスト・バンドゆえに言語の壁を越えて、幅広いリスナーが共感できるカタルシスをもたらすことができたのは大きいはず。轟音と静寂が織り成すドラマは、頭で理解するというよりも〈体感〉して味わうものだと思うね」

2016年作『Requiem For Hell』収録曲“Requiem For Hell”
 

小熊「そして音響体験という観点で特筆しておきたいのは、2014年から〈HCW〉の主戦場となった新木場STUDIO COAST。これまでの〈HCW〉でもモグワイやブロンド・レッドヘッドメルヴィンズといった面々が轟音を奏でていたけど、重低音が腹まで響くほどの大音量なのに、ノイジーな演奏をしても不思議と耳が痛くならないんだよね。深夜はクラブとしても営業しているだけあって、抜群の音響設備が揃っているので、爆音を浴びるにはうってつけのハコだと思う。昨年ここで行われたTHE NOVEMBERSのワンマン公演も、ノイズが本当に気持ち良かったな。こんな環境でMONOのライヴが観られるなんて、世界中のリスナーが羨ましがると思うよ。というのは、海外でポスト・ロックにまつわるランキング企画を行うと、トータスシガー・ロスといった同ジャンルの代表格と並んで、MONOは必ずと言っていいほどランクインするんだよね。最近もPaste Magazineが昨年12月に発表した〈The 50 Best Post-Rock Albums〉で、MONOの『Under the Pipal Tree』(2001年)が18位にランクインしていたけど、これだけ世界的に評価されている日本のバンドがほかにどれだけいる?って話だよ」

田中「へー、凄いバンドなんだね。小熊くんの喋りっぷりにも圧倒されちゃったよ。まるでロック博士だね」

 

ピクシーズ

田中「そして、1日目のトリを務めるのがピクシーズ。86年に結成された彼らは、80年代のハードコア・パンクと90年代前半を席巻したグランジとの橋渡しになったバンドだよね。フックたっぷりのメロディー・センスに野獣の雄叫びの如きギター・サウンド、さらにデカダンでちょいグロな言語感覚と、さまざまな要素を3分間のポップソングに詰め込むことができる稀有な存在。ロック博士はどう思う?」

小熊「もうやめてよ~(笑)。お約束ネタだけど、ピクシーズが偉大なのは〈ロックと見た目の関係〉をアップデートしたことだと思うんだ。ピクシーズは93年に一度解散したあと、2004年に再結成して現在まで活動を続けているわけだけど、再結成したバンドって太ったり老けたりとルックスの衰えにガッカリさせられることがよくあるよね。でも、ピクシーズのフロントマンであるブラック・フランシスが凄いのは、全盛期からすでにご立派な体格だったこと。ここでバンドの代表曲“Where Is My Mind”を演奏している88年のライヴ映像を、彼のルックスに注視しながら観てみよう。首元の汗はちょっと生々しすぎるけど、でもだからこそ〈ロックンロールはダサくて友達がいない奴のための音楽〉という彼の発言や、ピクシーズの音楽性にもリアリティーと説得力が伴ったわけだよ。このへんの精神性は90年代のグランジやローファイを経て、今日まで受け継がれているように思うね」

小熊「“Where Is My Mind”を意訳すれば〈俺はどこにいるんだ?〉となるけど、そういうサイコで混沌とした作風こそがピクシーズの真骨頂。映画「イレイザーヘッド」(77年)の挿入歌“In Heaven”をカヴァーしていることでも明らかなように、デヴィッド・リンチにも通じるカルトな世界観を、甘ったるいメロディーと静/動を繰り返すポップソングのマナーで彼らは表現してみせた。この方法論って、70年代後半にパンクがそうであったように、〈これなら俺にもできる〉と思わせるだけの取っ付きやすさと普遍性があるよね。それで決定的な影響を受けたひとりがニルヴァーナのカート・コバーン。ピクシーズの楽曲に顕著な〈ヴァース・コーラス・ヴァース〉のフォーマットを用いて、あの“Smells Like Teen Spirit”を作り上げたわけさ」

田中「へー」

小熊「だから世界観からソングライティングに至るまで、ピクシーズは90年代のUSオルタナを用意した立役者のひとつだと言えるわけだけど、ともすれば〈高尚なアート〉に陥りがちなロックをマイノリティーの側にふたたび手繰り寄せた功績は、トランプ政権下となったいまこそアメリカのポップ史において振り返られるべきなんじゃないかな、なんてね」

田中「ふーん」

小熊「そういう小難しい話を抜きにしても、やっぱりピクシーズは名曲揃いだよね。彼らのことを〈狂ったビートルズ〉と形容したのはデヴィッド・ボウイ。その発言を残したのと同じインタヴューで、ブラック・フランシスのことを〈叫ぶ巨大な肉塊〉と語っているのはひでえなーと思うけど(笑)、確かにビートルズとも比べたくなるほどのポップソングをピクシーズは残している。例えば“Debaser”の素晴らしさたるや。これ以上に完璧な3分間ポップが他にどれだけあるのだろうかと、天を仰ぎたくなるくらいの名曲さ。こういう言い方はあまりしたくないけど、ロック・ファンでこの曲を収録した『Doolittle』(89年)を聴いたことがないというのは、ちょっと人生を損していると思うな」

89年作『Doolittle』収録曲“Debaser”
 

田中「“Debaser”と言えば、スカート2016年作『CALL』の表題曲は“Debaser”が下敷きのひとつだと思うよ。スカートの澤部(渡)さんは以前インタヴューで〈いちばん狂っている人がやる音楽こそがポップス〉と話していたし、これは澤部さんの意図せざるところかもしれないけれど、ブラック・フランシスにもその形容がズバリ当てはまると思う」

小熊「体型もちょっと似てるしね」

田中「お前も人のこと言えねえだろ。あとはシーンに多大な影響を残しただけあって、ピクシーズの楽曲は本当に多くのバンドがカヴァーしているよね。ウィ―ザー“Velouria”やモグワイの“Gouge Away”、NUMBER GIRLの“Wave Of Mutilation”といったオルタナ系のバンドによるものが有名だけど、僕のオススメはノア・アンド・ザ・ホエールヴァクシーンズとカヴァーした“Where Is My Mind”。 アンタイ・フォークなアレンジでメロディーの良さを引き立たせていて最高なんだよ」

小熊「それに過去の遺産だけではなく、最近の楽曲もいいんだよね。再結成後しばらくは新たな音源をリリースすることはなかったけど、2014年になんと23年ぶりの新作『Indie Cindy』を発表。相次いで2016年には最新作『Head Carrier』をリリースした。もうひとりの看板メンバーであるキム・ディールは2013年に脱退しちゃったけど、こうやって定期的に新作をリリースしているのはバンドが好調な証だと思うな。『Classic Masher』のリード曲“Classic Masher”はSuchmosYONCEさんもラジオ番組〈MUSIC FREAKS〉で選曲していたみたいだけど、無敵のポップ感は健在で、しかもスケールアップした気もする」

2016年作『Classic Masher』収録曲“Classic Masher”
 

小熊「そして近年のライヴは、安心のオールタイム・ベストなセットリスト。キャッチーな曲が満載だから曲を知らなくても楽しめると思うけど、アンセム満載のバンドだから、解散前の4枚(特に『Surfer Rosa』と『Doolittle』)を予習しておくとより楽しめると思うな。映画『(500)日のサマー』(2009年)の劇中で、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットがカラオケで歌うシーンも印象深い“Here Comes Your Man”で、〈ソーロン、ソーロン〉の大合唱が実現したら、きっとバンドも喜んでくれると思うよ」

田中「というわけで、まずは初日の4組を解説してきたわけだけど、随分と熱っぽく語っちゃったね。次回は2月26日(日)の出演バンドを紹介するのでお楽しみに!」

 

Hostess Club Weekender
日時/会場:2017年2月25日(土)、26日(日) 東京・新木場STUDIO COAST
開場/開演:12:30/13:30
出演:〈25日(土)〉ピクシーズ/MONO/ガール・バンド/ピューマローザ
〈26日(日)〉キルズ/リトル・バーリー/レモン・ツイッグス/コミュニオンズ
チケット:通常2日通し券/13,900円、通常1日券/8,500円(いずれも税込/両日1D別)
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