COLUMN

自分で撮ることにこだわらない写真家トーマス・ルフ、〈見ることの質〉が奪われつつある現代に提示した作品が問いかけるもの

《jpeg ny01》2004 (C)Thomas Ruff/ VG Bild-Kunst,Bonn 2016

 

問う「見ることの質」

 現代ドイツを代表する写真家の一人、トーマス・ルフ(1958年生まれ)の日本初となる大回顧展が、好評を博した東京国立近代美術館に引き続き、金沢21世紀美術館において開催されている。この金沢では、東京よりも多くの出品作を通して、彼の代表的シリーズを網羅。特徴的な建築空間との共鳴も含め、その作品世界を存分に味わえる。一体、ルフとはどんな写真家なのか。

 ルフを知るうえで最初に押さえたいのは、彼が従来の意味での「写真家」のイメージからはかけ離れた存在であることだ。たとえば、本人によれば、彼が制作のために最後にシャッターを切ったのは、2003年のこと。実際、1990年代を境に、ルフは多くのシリーズにおいて自らカメラを構えるのではなく、インターネット上に溢れるあらゆるジャンルの画像や、NASAが公開する衛星画像、過去の写真家による写真などに、コンピュータ上で加工を施すことによって、自身の作品としてきた。彼は「自分で撮る」ことにこだわらない写真家なのだ。

 こうした手法を通して彼が一貫して探求するのは、写真という「メディア」が人々の世界の認識に対して果たしている役割とはどのようなものなのか、それは、どのように人々のもとに届いているのか、といったテーマである。撮影者の作家性の表現というような、素朴な写真観はルフの作品にはない。むしろそこにあるのは、写真のメディア論的問題や、社会的影響力の広範さを丹念に取り上げ検証する、科学者にも似た実験精神である。

 写真に対するこうした冷徹な視点を、ルフは大学時代の恩師であり、現代写真の世界に「ベッヒャー派」という一大潮流を作った、戦後ドイツを代表する写真家、ベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻に学んだ。会場はこの1970年代の学生時代の作品から始まる。

 そのひとつ、巨大な「ポートレート」シリーズは、彼の出世作であり、写真のメディア性にまつわる、ある興味深いエピソードを持つ作品だ。身近な人を撮った同作を、ルフははじめ小さなサイズで展示した。すると、会場を訪れた被写体の友人たちは、写真を前に「これはヨハンだ」などと口にしたという。しかし、それは「ヨハンの写真」であって「ヨハン」その人ではない。この経験から人は写真と現実を混同すると知った彼は、写真を巨大化して再展示。圧倒的なサイズが無視できなくなった観客は、「これはヨハンの『大きな写真』だ」と、「写真を見ていること」に自覚的になったのである。

 この逸話にも象徴されるように、普段、写真を見るとき、私たちはカメラという機械の目の介在を忘れ、その内容に意識を向けがちだ。1980年末の「星」のシリーズは、そのことを別の角度から教えてくれる。天文台の望遠鏡によって撮影された写真を流用した同作には、およそ肉眼では捉えられない高解像度の宇宙の姿が広がる。私たちが当然のように宇宙について何かを知っている気になれるのは、そこにテクノロジーがもたらす視覚の拡張があるからだ。問題提起は、NASAによる土星の画像を使った「cassini」や、火星の画像に着色した「ma.r.s」シリーズにも見られる。私たちが「知っている」と感じている世界は何なのか。ルフは誰も肉眼では見たことがない「風景」の写真で、それを問いかける。

 そんな、人間の認識を拡張するテクノロジーという問題を扱ってきたルフにとって、膨大な画像を蓄積し、誰にでもアクセス可能にしたネットの登場は、非常に大きな出来事だった。写真はデータになって飛び交い、いまや誰の手元にもすぐに届けられる。しかし、この利便性の高まりは、写真をより身近なものにするのと平行して、人々から「見ることの質」を奪いつつある、とルフは言う。2000年代以降の作品では、そうして流通する画像の実態が暴かれ、ネットを通した写真経験の様相が、見る者に突きつけられる。

 たとえば、「jpeg」シリーズ。画像データの圧縮方式に着目した同作では、アメリカ同時多発テロのような歴史的事件のイメージが、ブロックノイズまじりに提示されることによって、私たちが日々触れる画像の脆弱な構造が、端的に示されている。一方、ネット上にあげられた一般人によるポルノ画像を加工した「ヌード」シリーズは、見ず知らずの他者の営みに簡単に触れられる経験の、窃視的な不気味さを感じさせるものだろう。

 これらのほかにも、ルフが提示する写真の問題系は幅広い。新作の「press++」においては、かつて新聞に載った報道写真が、使用の意図を記したデスクによる指示描きとともに印刷されることによって、イメージとそのメッセージの恣意的な関係を浮かび上がらせる。

 しかしルフの創作は、そんな冷静なメディア分析とあわせて、つねに過去の写真史への言及と、絵画的とも言えるような見ることの楽しみにも基づいているように思える。それはたとえば、「jpeg」の点描画的な画面づくりや、抽象画のような「ma.r.s」の色彩構成、あるいは、1920年代に流行した「カメラを使わない」撮影技法を現代風にアレンジし直した、「フォトグラム」シリーズのきらびやかな画面にも感じることだ。そうした特徴が、彼の作品を啓蒙的であると同時に、視覚的にも非常に魅力的なものにしている。

 写真を見るという経験は、それに触れる機会が圧倒的に増えた現代においてこそ、ますます重要になっている。写真は私たちの世界を、どう形づくっているのか。彼が語る「見ることの質」を、ぜひ会場で感じてほしい。

 


EXIBITION INFORMATION

トーマス・ルフ展/THOMAS RUFF
金沢展 開催概要
○2016年12月10日(土)—2017年3月12日(日)
※月曜休場
会場:金沢21世紀美術館
開館時間:午前10時—午後6時 (毎週金・土曜日は午後8時まで)
※入館は閉館の30分前まで
http://www.kanazawa21.jp/

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