ロイ・オービソンが案内するロックンロールな一夜

 ロイ・オービソン――そう呟くたびに彼方から聞こえてくる夢幻のヴェルヴェット・ヴォイス。テキサス出身、〈ビッグO〉の愛称でも親しまれるこのシンガー・ソングライターは、ロックンロール史においてもっとも個性的な表現者のひとりだろう。翳りを帯びたミステリアスな雰囲気、艶やかさを放つメロディーなど、いずれもリスナーを惹きつけずにおかない訴求力があり、信奉者を数多く生んでいる。

 そんな彼の全盛期は、61~65年のモニュメント在籍時代。“Only The Lonely(Know The Way I Feel)”“Running Scared”“Blue Angel”“It's Over”“Oh, Pretty Woman”ほか、ベルカント唱法的な歌声を駆使したドラマティックかつロマンティックな楽曲が、米英のシングル・チャートを席巻。とりわけ、バラード系のナンバーに定評があり、“Crying”は〈悲しみに暮れる状態をこれほど見事に表現した曲があるだろうか〉と思える出来だ。ロイが生み出すまどろみの調べは、デヴィッド・リンチ監督に「ブルーベルベット」の着想を与えたことでも知られているように、受け手のイマジネーションを掻き立てるもの。ゆえに、聴くたびにどこか遠くへと運ばれていくかの如き感覚を得るし、いつだって心地良い迷子気分も味わえる。

 65年にMGMへ移籍し、翌年にバイク事故で愛妻を失った頃から、歯車が狂ったかのようにヒットは出なくなり、不遇の時期を迎えるロイだったが、「ブルーベルベット」に“In Dreams”が使われた80年代半ば頃から風向きは変わってくる。そして87年に〈ロックの殿堂〉入りを果たし、T・ボーン・バーネットを迎えた新録のベスト・アルバム『In Dreams: The Greatest Hits』が作られ、ジョージ・ハリスンやボブ・ディランらとトラヴェリング・ウィルベリーズを組むなど、現役感をアピールするような出来事が重なった。が、2度目の黄金期は長く続かず……。88年、心臓麻痺によって52歳の若さであっけなくこの世を去ってしまうのだ。同年の遺作『Mystery Girl』が全米アルバム・チャートで初のTOP5入りを果たしたことも、90年に映画「プリティー・ウーマン」で“Oh, Pretty Woman”が使用され、リヴァイヴァル・ヒットしたという知らせも、彼の耳には届かなかった。当時、ロイのファンは無念な思いを味わったものだ。でもビッグOの素晴らしい作品たちはいつでも鮮やかに甦る。初の伝記映画も制作進行中だというし、改めて彼にスポットライトが当たる日は間近かもしれない。