頭がビリビリしびれるような快感。カヴァー盤『Tの讃歌』に続くT字路s初のオリジナル・フル・アルバム『T字路s』を聴いた感想だ。近ごろ飛躍度的に知名度を上げた感のあるこの男女デュオ。いまも旅がらすのように各地を駆け回り、行く方々で爪痕を残しているが、「こんなに広がりを持つ音楽をやっている自覚は正直なかった」とベースの篠田智仁が言う。「この先ずっと飲み屋を転々とまわりながら細々とやっていくもんだと思っていたのに、おいおいフェスに呼ばれちゃったよ!とかね。おもしろいもんだねぇ」とギター&ヴォーカルの伊東妙子が笑う。

 T字路sの音源だけを聴いていたら、コワモテなイメージを持つ人がいるのかも。でもライヴを観ればわかるが、ふたりはすこぶるフレンドリー。「どちらかというと小動物のような」(篠田)、「草食動物のような」(伊東)人間だと謙虚に語る彼らだが、「ツアー先で〈男のほうが歌っているもんだと思ってた〉って言われる」(伊東)こともいまだにあるそう。「俺のところにマイクが立っていたり。ただ、歌い出すとスイッチが入って獰猛になるんですよ、この人は」(篠田)。

T字路s T字路s ヴィヴィド(2017)

 何はさておき新作だ。映画「下衆の愛」のために書き下ろした“はきだめの愛”や“T字路sのテーマ”の再演、篠田の本領発揮とも言うべき裏打ち系“月明かりの夜”まで多彩な楽曲を収録。素晴らしいのは、広がりを持たせつつも自分らの音楽性を深く掘り下げることに成功した理想的な作品となっていること。べったりと貼り付いたペーソスも、本場の〈ブルーズ〉より日本の夜の社交場で育まれてきたような〈ブルース〉の情感を連想させるもの。ところでふたりのブルースへのこだわりって?

 「まったくないです。ブルース・デュオと呼ばれることが多いけど、なんかすんませんって感じはあります(笑)」(伊東)。

 「ただ生活の悲哀を表現しているところとか、古いブルースを聴いていると共通する部分が発見できたりしますね。僕たちもけっして恵まれた生活を送ってきた人間ではないので(笑)。あと妙ちゃんが書く歌詞。転ばされてすり傷だらけになろうが、また立ち上がる強さ。そこはこれまで作ってきた曲も共通していると思う」(篠田)。

 「詞がひと筋の光が見えてくるものにはしたいと常に考えていて、曲のなかの物語に入り込んで歌おうと思っていたら自然とこんな歌い方になってしまう」(伊東)。

 アクの強さでは右に出るものはいない伊東の歌声も絶好調だが、“鐘が鳴る”や“あの野郎”でのため息交じりのぼやき節は絶品。豪快だけどふくよかで太くて甘い歌声。まるでシスター・ロゼッタ・サープみたい。

 「これまではアクセル全開で歌いがちだったけど、低いほうでダルそうに歌うなど、より曲の世界観に合った感じで歌おうと」(伊東)。

 そんな彼女にそっと寄り添うような篠田のベースもいい。「今回もぜんぜん弾かなかったですねぇ」と笑うが、彼の一足一刀の間合いは絶妙。ゲストも入っているが、基本はドラムレス、頑固なまでにふたりっきりだ。T字路sの7年間とは頑固一徹の歴史なのかも。

 「この人が男でも太刀打ちできないぐらい頑固ですから」(篠田)。

 「そうかしらねぇ(笑)。自分ではそう思わないけど、でも頑固というかこれしかできないといったほうが正しいかも」(伊東)。

 「僕らは結局直球しか投げられないことに気付かされたんです。そしてこれでいいんだと」(篠田)。

 従来以上に多くの人の耳に届くに違いないこのセルフ・タイトル作。この先は曲が一人歩きしていく姿とか見たいと思いませんか。

 「見られるものならぜひ見てみたい。あら、どっか行っちゃうの? 達者でな~、って感じで見送りたいですね(笑)」(伊東)。

 


T字路s
インストゥルメンタル・スカ・バンドのCOOL WISE MANで活動する篠田智仁(ベース)と、パンク・バンドのDIESEL ANNで活動していた伊東妙子(ヴォーカル/ギター)によって2010年5月に結成。2012年2月に、初の全国流通盤となったミニ・アルバム『マヅメドキ』、翌2013年に内田直之をレコーディング・エンジニアに迎えた6曲入りの『これさえあれば』をリリース。2015年6月には昭和歌謡やフォーク・ソングなど日本のスタンダード・ナンバーを採り上げたカヴァー・アルバム『Tの讃歌』発表。作品の高評価と地道なライヴ活動を実らせ、動員をコンスタントに伸ばし続ている。このたびファースト・フル・アルバム『T字路s』(ヴィヴィド)をリリースしたばかり。