Photo by Zackery Michael

テキサス州オースティン出身のロック・バンド、スプーンの通算9作目となるアルバム『Hot Thoughts』は、練りに練られた〈録音芸術〉とも言える傑作だ。2014年の前作『They Want My Soul』にも携わった、名匠デイヴ・フリッドマンを共同プロデューサーに迎えたことも功を奏したのだろう。あらゆるフックとアイデアが散りばめられたサウンド・プロダクションは聴けば聴くほど驚きの連続で、あらかじめヘッドフォンでのリスニングを想定していたのではないかと思えるくらい緻密で濃密。それでいて、根っこにある歌、リフ、グルーヴにはしっかりロック・バンドとしてのカタルシスが感じられる。

振り返れば、スプーンはロック・バンドとしての在り方、あるいはロックンロールそのものが持つ可能性を模索し、四の五の言わずに〈音〉だけでモダンな表現を試みてきたサヴァイヴァーだ。音楽的には違えど、その野心的なアティチュードにはレディオヘッドとの類似性を見出すこともできるし、ミュージシャンである以前に〈いちリスナー〉として柔軟な耳を持っていることも、彼らのサウンドが決して古びて聴こえない理由でもあるはず。今回は3月に緊急来日を果たしたバンドのフロントマン=ブリット・ダニエルに、『Hot Thoughts』制作時のエピソードから、ロックの原体験、そしてスクリレックスとのジャム・セッション(!)について、たっぷりと語り尽くしてもらった。

SPOON 『Hot Thoughts』 Matador/BEAT(2017)

 

自分の世界観を表現するアティテュードこそがロックンロールだと思う

――新作『Hot Thoughts』、何度聴いても発見がある素晴らしいアルバムだと思いました。スプーンは〈王道〉と〈革新〉の間を行くサウンドで常にリスナーに驚きと感動を与えてきたバンドですが、本作のレコーディングに取り掛かる上で何らかの青写真はあったのでしょうか?

「『They Want My Soul』の2曲目に“Inside Out”というトラックがあるんだけど、これは僕にとってもお気に入りの1曲でね。聴いているときはもちろん、実際にプレイしているときもジャズみたいで本当に楽しいんだ。バンドとしても新しいテリトリーに踏み込んだ曲だったから、今回は自然とそういう方向性に向かっていった感じかな」

――どんな点で新しいと思ったのか、具体的に教えていただけますか?

「サウンドスケープとしてのおもしろさじゃないかな。アンビエントな曲調ではないし、どこかヒップホップ風のビートで作られていて、かつヴォーカルの音数を削ぎ落としてもいる。アレックス(・フィシェル、スプーンではキーボード&ギターを担当)のソロ・パートも3か所でフィーチャーされているんだけど、それって過去の作品にはなかったものだからね」

――なるほど、改めて前作を聴き返してみたくなりました。

「(テーブルに置かれた歌詞対訳を手に取る)これって、ぜんぶ日本語に翻訳されているの? ミーニングも日本語で? へえ……おもしろいね(笑)」

――日本語といえば、新作のタイトル・トラック“Hot Thoughts”には〈きみの歯は真っ白でピカピカ/明るく光ってる/夜の渋谷の裏通りで〉という歌詞が出てきますが、この曲が誕生した背景を聞かせてもらえますか?

「サウンド的には1コードで、オルガンとドラムが引き立つ曲にしたいと思っていた。歌詞のヴァース部分に関しては、ガールフレンドが日本に滞在していたときのストーリーが元になっているんだ。彼女が夜中の2時に渋谷を散策しているときにナンパしてきた男がいて、そいつが〈今まで見てきたなかで一番白くてキレイな歯だね!〉って声をかけてきたらしいんだ(笑)。すごく印象的でユニークな言葉だと思ったから、歌詞に引用させてもらったんだよ」

――実際、いまあなたもこうして渋谷にいるわけですが……。

「まだそいつには会えてないんだ。ナンパされるのを楽しみにしていたのに、今晩にはオーストラリアへ発たなきゃいけないから残念だね(笑)」

――今作は〈いちリスナー〉としてのあなたの趣味嗜好が、これまで以上にダイレクトに反映されたアルバムだと思ったんです。レコーディング中にデヴィッド・ボウイの『Lodger』(79年)を愛聴していたそうですが、『Hot Thoughts』のなかにはプリンスからの影響も強く感じました。

「そういった影響が無意識のうちに曲に反映されることは多々あると思うけど、自分が何よりも意識的だったのは〈クソなサウンドは作らない〉ということに尽きるな。ただ、君も言ったように『Hot Thoughts』におけるスクリームは、プリンスが内包していたエナジーを表現したものなんだ。たとえば“Kiss”や“Raspberry Beret”なんかは超が付くほどメジャーなポップ・ソングだけど、彼はスクリーミングすることで曲にエクスクラメーション・マークのようなアクセントを付けていた。それを僕らにもやれるんじゃないか?と思ったのがきっかけかもしれないね」

――先日チャック・ベリーが亡くなってしまいましたが、あなたもInstagramで彼についてのエピソードを投稿されていましたね。

「少なくとも3〜4回は彼のステージを観たんじゃないかな。さすがに1対1で会ったことはないんだけどね」

――そもそもあなたにとって、ロックンロールとはどういう存在なのでしょうか?

「ふむ、ロックンロールとは……(しばし考え込む)。これと言った決まりはないと思うけれど、僕もティーンエイジャーの頃はビージーズやデペッシュ・モードにのめり込んでいて、彼らのこともロックンロールだと思っていた。なぜなら、そのアティテュードに感銘を受けたからで、そういう意味ではジョン・レノンだってそうだよね。自分のパーソナリティーや世界観、あるいは視点といったものを、ヴォーカルを使って表現するアティテュードこそがロックンロールだと思う」

――人生で初めてガツンとやられたロック・バンドというと?

「それこそビージーズになるのかな。たぶん、6〜7歳の頃だね。自分たちの音楽性とは必ずしも近いとは言えないかもしれないけど、今でも彼らの音楽すべてをリスペクトしている。本当に良い曲を書くバンドだし、バリー・ギブは素晴らしいソングライターだよね」

ビー・ジーズの77年作『Saturday Night Fever』収録曲“How Deep Is Your Love”

――では、ロックンロール以外でスプーンの音楽に大きな影響を与えたものを挙げるとすれば?

「わからないなあ……(時間帯の)深夜とか? 逆に、君はスプーンがどんなものに影響されていると思う?」

――うーん、自分で訊いておいてアレですが、たしかに難しいかもですね(笑)。パッと思いつくものでは、アートとか。『Ga Ga Ga Ga Ga』(2007年)のアルバム・ジャケットは、リー・ボンテクー(1931年生まれのアメリカの女性彫刻家)のポートレートが使用されていましたよね? あとは、カラー(色)とか……。

「ああ、たしかに。僕らは良く黒、赤、白の3色でアートワークを構成することが多いんだ。もっともパワフルなコンビネーションだと思うからね。(筆者が持っていたスリーター・キニーのトートバッグを指して)これもその3色でデザインされているしね(笑)」

『Ga Ga Ga Ga Ga』のジャケット