COLUMN

ソール・ライター、日本初の回顧展が開催! 世界のあらゆる断片に美しさを見出す写真家、その創造の秘密に迫る

《57丁目で撮影するソール・ライター》 (撮影:マーギット・アーブ)(C)Saul Leiter Estate

独・シュタイデル社が再発見した伝説の写真家、ライターの創造の秘密に迫る日本初回顧展

 「私の好きな写真は、何も写っていないように見えて、片隅で何か謎が起きている写真だ」。

 2013年に89歳で没したアメリカの写真家ソール・ライターは、自身の日常を追った2012年公開のドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター急がない人生で見つけた、13のこと』(日本公開は2015年)のなかで、そう語っている。この台詞が映画を見る者の心を打つのは、それが、彼の撮影した写真の特徴を見事に言い表す言葉であると同時に、彼が望んでいただろう「世界における自身のあり方」そのものを思わせる言葉だからだ。

 1946年、画家を志して故郷からニューヨークに移ったライターは、まもなくカラー写真の撮影を開始。当時、隆盛を誇っていた抽象表現主義の画家たちと交流し、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のグループ展に選出されるなど頭角を現した。1950年代後半にはファッション写真界に進出。『ハーパース・バザー』誌などを舞台に、ファッション写真家として活躍した……。と、ここまではよく耳にする単なる順風満帆な写真家の経歴に過ぎない。しかし、ライターの人生をじつに謎めいたものにしているのは、人気の渦中だった1980年代前半に、突如スタジオを閉鎖し、業界から姿を消したことだ。

ソール・ライター 《無題》 撮影年不詳 ゼラチン・シルバー・プリント ソール・ライター財団蔵 (C)Saul Leiter Estate

 この転換の理由は、映画の中でも明確には語られていない。ただ、「重要でなくあろうとした」や、「雨粒に包まれた窓の方が有名人の写真より面白い」など、断片的な人生観・写真観から、その理由が窺い知れるだけである。こうして、華やかな世界から退いたライターは、1952年以来ずっと住み続けているロウアー・イースト・サイドの街をぶらつき、特別とは言えない光景を撮影する日々を送るようになる。晩年の助手マーギット・アーブによれば、その生活は「朝起きて、絵を描き、カメラを持ってTHE STRAND書店まで散歩をする」単調なものだった。「ジャーナリスト達がインタビューを申し込んでくるが、(中略)作品について話をするのが大嫌いなので、大抵は玄関先で追い払ってしまう」。

 そんな内気な性格の(というより、名声への欲望をそもそも持たない)ライターにまた光が当たったのは、2006年のこと。ドキュメンタリー映画『世界一美しい本を作る男~シュタイデルとの旅』の題材にもなったドイツの出版社シュタイデルが、彼の初写真集『Early Color』を刊行したのを機に、2008年にはパリのアンリ・カルティエ=ブレッソン財団で個展が開催されるなど、この忘れられた巨匠に世界がふたたび目を向けたのだ。

ソール・ライター 《看板描き》 1954年 発色現像方式印画 ソール・ライター財団蔵 (C)Saul Leiter Estate

ソール・ライター 《Haircut(床屋)》 1956年 発色現像方式印画 ソール・ライター財団蔵 (C)Saul Leiter Estate

 さて、そのライターの大規模回顧展『ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展』が、Bunkamura ザ・ミュージアムにおいて4月29日より開催される。言うまでもなく、日本での回顧展は初めてだ。モノクロ、カラー両方を含む写真作品はもちろん、絵画や、謎に包まれた彼の生活を垣間見られる資料も展示される。映画では「忘れられたい」とも語っていたライターはきっと苦笑するだろうが、ファンにとっては嬉しい内容である。

 ひとつの見所は、やはりカラー写真だろう。カラー写真の芸術化と言うと、1970年代の「ニュー・カラー」が先駆として語られることが多いが、1940年代からその美的な側面を探求していたライターの活動は、歴史の相対性をあらためて教えてくれる。その先には、ウジューヌ・アジェやウォーカー・エヴァンスら、彼が思慕していたと思しき先行世代の写真家とニュー・カラーの間にライターを置く、新鮮な写真史も見えてくるかもしれない。

 しかしそんな外部の評価は、ライターにとっては重要でなかったに違いない。「写真はすべての物の大切さを教えてくれる」と、彼は語る。表舞台から離れたあと、あまりにも平凡な街角の光景にまぎれ込みながら、ライターは何を考えていたのだろうか。

 そこにあったのは、世界のどんな些細な断片、どんな匿名的な存在にも、ハッとするような哲学や美しさが見いだせるのだという、確信にも近い思いだったのではないか。

 


ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展
○会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
○会期:2017/4/29(土・祝)-6/25(日) *5/9(火)、6/6(火)のみ休館

映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」
監督・撮影:トーマス・リーチ
音楽:マーク・ラステイマイヤー
出演:ソール・ライター
日本語字幕:柴田元幸

映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」
Bunkamuraル・シネマにて上映決定! ※上映スケジュールは決定次第Bunkamuraホームページにてお知らせいたします。

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