キューバの新時代を象徴する女性シンガー、ダイメ・アロセナの来日公演が5月1日(月)、2日(火)にブルーノート東京で開催される。8歳から歌手活動を開始したという彼女は、ジャイルズ・ピーターソンにも支えられつつ2015年作『Nueva Era』でデビューを飾る。さらに同年には、ピーター・バラカン氏が監修を務める音楽フェス〈LIVE MAGIC〉に出演し、日本でも大きく注目されるようになった。そして目前に迫った再来日は、先ごろ発表されたばかりの2作目『Cubafonia』を引っ提げての登場ということで、さらなる進化を遂げたステージが展開されるのは間違いない。そこで今回はジャズ評論家の柳樂光隆氏に、キューバの伝統と革新を背負う逸材の歩みと、ライヴの展望を解説してもらった。 *Mikiki編集部

 

キューバの地でハイブリッドな個性が培われた背景

監修を務めたムック「Jazz The New Chapter 3」(2015年)でラテン・ジャズの特集を組むなど、キューバの音楽シーンに以前から注目していたという柳樂氏。そんな彼がダイメ・アロセナを知ることになったきっかけは、彼女を世に送り出したジャイルズ・ピーターソンによるコンピレーションだったという。

「ジャイルズ・ピーターソンが、(自身の主宰する)ブラウンズウッドから『Havana Cultura』という、キューバの新世代をフックアップするシリーズを出していて。キューバ革命50周年を迎えた2009年に第1弾が発表されたんですけど、最近では〈キューバのロバート・グラスパー〉と呼ばれているロベルト・フォンセカが参加していたり、ラテンにレゲトン、ジャズやヒップホップ、ポップスまで広く扱った内容だったんですよ。それを聴いて、〈ジャイルズは今、キューバを推していきたいんだな〉と思ったし、僕もラテンの新しい動きを意識するようになりました。そのあと、〈Havana Cultura〉シリーズの流れでマーラとジャイルズがキューバの首都・ハバナを一緒に訪れて、ロベルト・フォンセカなど現地のミュージシャンと録音した『Mala In Cuba』(2012年)も話題になりましたよね。そして、2014年の『Havana Cultura Mix - The Soundclash!』にダイメ・アロセナも参加していたんです」

ダイメが参加した『Havana Cultura Mix - The Soundclash!』収録曲“Raumskaya”
 

では、ジャイルズみずから足を運ぶほど、現行のキューバ/ラテン音楽が活性化した背景には何があったのだろうか?

「これは単純な話で、アメリカとキューバの国交が一昨年に回復したことが大きかったのだと思います。以前は敵対関係が続いていたけど、国同士の交流も生まれて、そのおかげでキューバにいろいろな情報が入るようになった。それに今日では、アメリカでもスペイン語を話すヒスパニックが黒人の人口を上回ったり、世界的にラテン・コミュニティーが拡大していますよね。そういった背景が、ハイブリッドな感性を持つミュージシャンの台頭に繋がったのだと思います。これまではラテン音楽の影響を、アメリカやイギリスのミュージシャンが採り入れるケースが多かったけど、近年はそれが逆転していますよね。ラテンを軸に持ちつつ、いろんな音楽を分け隔てせずに吸収するキューバ人の音楽家がどんどん出てきた。そういう多様性に、ジャイルズも惹き付けられたんじゃないかな」

ダイメに対して、『Havana Cultura Mix - The Soundclash!』の時点では〈そこまで強く意識することはなかった〉という柳樂氏だが、2015年に発表された彼女の初作『Nueva Era』には大きな感銘を受けたという。ずばり同作の魅力とは?

「ロンドンとハヴァナでレコーディングされた一枚で、シンバットというジャイルスの右腕的存在がプロデューサーを務めているんですけど、音的にはそこまでUKに寄りすぎてもいないし、キューバ的なフィーリングを強調する一方で、そのまんまやっている感じとも違う。べース・ラインがソウルっぽかったり、ハウスのようなビート感覚を採り入れたりもしていて。エレクトロニクスも織り交ぜられているし、とにかくプロダクションが絶妙なんですよ。クラブ・ユースに走るのではなく、トラディショナルな音楽に対する魅せ方を変えることで、バンド・サウンドや歌を斬新に届けている。そういう発想や方法論は、いわゆる現代ジャズにも通じるものがあると思いますね」

『Nueva Era』収録曲“Don't Unplug My Body”
 

〈ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルドを継ぐキューバの秘宝〉と謳われた彼女の、ヴォーカリストとしての素質については?

「キューバの宗教音楽であるサンテリアが、彼女の音楽的バックグラウンドなんですよね。確かにその感じもあるけど、ラテン一辺倒という感じもしなくて。スキャットするとサラ・ヴォーンやディー・ディー・ブリッジウォーターみたいだし、ソウルを歌わせるとビヨンセのような、ゴスペルを通過した最近のR&Bシンガーという感じ。いわゆるジャズ・ヴォーカリストっぽいところもあるし、要するに歌もハイブリッドなんですよね。古い伝統音楽から現行のメインストリーム、アメリカからキューバまで内包していて、そしてプロダクションの折衷センスはUK的という。ジャイルズが一番好きなシンガーはディーディーで、彼女はスピリチュアル・ジャズを歌えるし、アフリカやラテン、ディスコまで手広くやっていて、クラブ・シーンでも再評価されて……と何をやっても上手いし、どんなリズム感でも乗れるんですよね。特定のジャンルにどっぷり浸かるわけではなく、その人ならではのカラーが出ているというか。この間ライヴを観たコリーヌ・ベイリー・レイもそうで、何を歌っても彼女の色が出る。ダイメも一緒で、そういうところはUK的なシンガーだなと」

そして『Nueva Era』がリリースされたのと同じ年には、冒頭でも触れた通り〈LIVE MAGIC〉に出演するため来日。たくさんの観衆の前で、圧巻のパフォーマンスを披露した。当時のダイメは弱冠22歳。当日のステージを観て、柳樂氏はどのように思ったのか?

「いやー、ダイメは小っちゃくて可愛いんですよ(笑)。ヴィジュアルだけで花がある。ピーター・バラカンさんが(ダイメについて)すごく騒いでたけど、実際にライヴを観たら気持ちもわかるというか。歌が上手いのはもちろん、とにかく天真爛漫で楽しそうなんですよ。一挙一動がいちいち可愛くて、MCも無邪気な感じ。バンドがいい演奏をしたら、これまた嬉しそうに喜ぶんですよ。そういった点も含めて、(アルバムで聴くより)生で観たほうが絶対にいい。〈LIVE MAGIC〉でこれまで何年間か観てきたなかで、たぶん彼女のステージが一番盛り上がっていたんじゃないかな。それに今回は、会場がブルーノート東京だから、最高のステージングを近くの席で観ることができるし、MCもより親密に感じることができると思います」

2015年のライヴ映像

 

キューバの仲間たちと切り拓いた新境地、今回のライヴはどうなる?

そして今年3月には、待望のセカンド『Cubafonia』をリリース。デクスター・ストーリーを共同プロデューサーに迎え、ミゲル・アトウッド・ファーガソンがストリングス・アレンジを担当。そういった旬の才能によるバックアップもあり、ダイメはさらなる新境地を切り拓いている。

「前作の成功で世界中をツアーで回って、〈キューバ音楽の新世代を象徴するシンガー〉みたいなイメージが付いたから、新作では自身のルーツをもっと掘り下げようとしていますよね。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブなどと一緒にやっているキューバ人の若手をバンド・メンバーに使っているから、演奏はフレッシュだけど、曲の構造や雰囲気にはヴィンテージなキューバ感がありますね。でも、“Mambo Na’ Ma”や“It’s Not Gonna Be Forever”みたいな曲はソウルっぽかったりもする。さっきも話したように、前作はDJユースではなかったけど、今回はダンサブルでクラブ向きですよね」

「それと、デクスター・ストーリーがイイ仕事をしていて。アフロ系音楽の特徴的なところを残しつつ、ちょっとだけアップデートさせている。でも演奏は若くて勢いがあるし、シンセやエレクトリック・ピアノではなく、あえてオルガンを使っているところもそう。ゴリゴリに新しい感じにするのではなくて、ほんのりヴィンテージな雰囲気を出している。その〈ちょっと〉が今っぽいと思うんですよ。〈モダン・トラディショナル〉というか、LAだとカマシ・ワシントンとも遠くない感じ」

目前に迫った来日公演では、『Cubafonia』の制作にも参加したホルヘ・ルイス・ラガルサ・ペレス(ピアノ)、ラファエル・アルダマ(ベース)、エミール・サンタクルス(サックス)といったメンバーも同行し、上述した最新モードが披露されることになりそうだ。今回のライヴはどういったものになりそう?

「〈LIVE MAGIC〉のときはシンバットがいたけど、今回はキューバ人の若手プレイヤーが揃っているから、前回よりもバンド全体の即興性が強くなると思います。ダイメはスキャットも上手いし、リズムの掛け合いもあったりするんじゃないかな。平たく言えば、もっとジャズっぽくなりそう。踊りたくなるのはもちろん、じっくり聴き入りたくなる魅力もある、そんなステージになると思います」

「あとダイメは、ロイ・エアーズやエヂ・モッタのような、クロスオーヴァー志向のレジェンドとも(2016年に)共演しているんですよ。その動画がすごくいい。ロイ・エアーズはハウスやヒップホップの界隈とも繋がっていたし、エヂ・モッタはここにきてAOR/シティー・ポップ的な新作を出している。そういう先進的な感性を持つヴェテランに愛されているところも、彼女のハイブリッド性を象徴している気がしますね。若い人は同時代のキューバ音楽を楽しむつもりで、それに昔からラテン・ジャズを追っている人にも観てほしいですね」

 


LIVE INFORMATION
ダイメ・アロセナ

日時/会場:2017年5月1日(月)、2日(火) ブルーノート東京
開場/開演:
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
料金:自由席/7,800円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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