レコード愛はそんなにない?

――そういったインタヴューが今回の書籍「旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド」にまとめられたわけですが、そちらに移る前に少しだけ話を戻させてください。そもそもSoi48という名前で活動を始めたきっかけは?

宇都木「自分たちが集めてきたタイのレコードを爆音で聴きたかったんですけど、かける場所がなかった。だったら自分たちでやろうと〈Soi48〉という名前でイヴェントを始めたんです。それが2008年。あと、マフト・サイみたいな海外DJが日本に来たときの受け皿を作りたかったというのもあります」

高木「最初は試聴会みたいな感じでしたよ。客も自分たちの友達が2、3人いるぐらい」

宇都木「最初はBE-WAVEのラウンジでやってたんですよ。でも、BE-WAVEの店主の天野さんが〈せっかくだったらメイン・フロアのほうでやろう〉と言ってくれて。そうなると試聴会というわけにはいかなくなって、本腰を入れてやるようになったんです。当時はモーラムをかけてる人もほかにいなかったし、何よりも入場無料だったから、お客さんが来るようになったんですね」

※Soi48のホームグラウンドである新宿・歌舞伎町のクラブ

――〈旅するタイ・イサーン〉の前書きにこういうことが書いてありますよね。〈いつしか僕らのレコード収集欲は削ぎ落とされ、タイ音楽を沢山の人に聴いてほしいと思うようになった〉と。これはまさにBE-WAVEでイヴェントを始めた時期のことですよね。

高木「そうですね」

宇都木「イサーンの人たちには本当にお世話になったので、彼らに何かをしてあげたいと思うようになったんですね。アンカナーンさんにもとても良くしていただいたので、だったら彼女の昔のアルバムをリイシューして、お金を払ってあげたい。そういうことを考えるようになった」

高木「アンカナーンさんを日本に呼びたいということもあったしね」

宇都木「あと、モーラムのレコードがどんどん高くなってきちゃって、その流れに乗りたくなかったんです。Discogsのディーラーが鍵を握ってるような世界に自分たちが巻き込まれたくなかった。そもそも僕らはTRAKTOR SCRATCHの前身のFINAL SCRATCHが登場して、PCでDJができる時代になったら、ベルリンでこつこつ買い集めていたテクノのレコードを全部売っちゃったぐらいで、レコード愛ってそんなにないんですよ(笑)」

~イサーンでの写真 by Soi48~

 

 

 

――まさか宇都木くんからそんな言葉を聞くとは(笑)。

宇都木「レア・グルーヴや和モノのコレクターの方々と話すと驚愕するんですよ、本当に。そのあたり、自分たちはドライで」

高木「DJをするにしても、USBでも何でもいいんです」

宇都木「サブライム・フリークエンシーズのマーク・ジャーギスさんなんかは俺らと感覚が同じで」

高木「オリジナル盤にもこだわらないし、USBでもいいじゃんっていうノリ」

宇都木「〈eBayで300ドル出すぐらいだったら、このVCDのほうがいいじゃん〉ってゲラゲラ笑いながらDJしてる。そういうのを見てると、この人たちいいなあと思って。イスラエルのフォーチュナ(のZACH BAR)もすごいレコード・マニアだけど、CDやUSBでDJするし、彼ももともとテクノのDJとしてヴィラロボスやコクーンのクルー達とも一緒にやってた人ですね。(オーサム・テープス・フロム・アフリカの)ブライアン(・シンコヴィッツ)も僕らと近い感覚があると思う」

高木「みんなクラブ世代ですよね。レコード・コレクターの感覚とはちょっと違う」

フォーチュナ・レコーズの〈Boiler Room〉での2014年のパフォーマンス映像
 
オーサム・テープス・フロム・アフリカの〈Boiler Room〉でのパフォーマンス映像

 

レア・グルーヴじゃない何か

――今回のインタヴューでひとつ訊きたいことがあったんです。モーラムやルークトゥンって90年代まではワールド・ミュージック文脈のエイジアン・ポップスのひとつとして広められた部分があったけど、Soi48の2人は既存のものとは違うタイ音楽の捉え方、聴き方をかなり確信犯的・意識的に広めていると思うんですね。だからこそ、ワールド・ミュージック系じゃないリスナーがモーラムに興味を持ち始めているんじゃないかと。

宇都木「そこは意識するようにしてますね。フライヤーのアートワークに関しても高木さんがすごく考えながらやっていて」

高木「例えばレゲエのイヴェントでレゲエっぽいフライヤーを作ったら、レゲエのお客さんしか来ないと思うんですよ。そういうことはしたくなかった。敷居の高いワールド・ミュージック・イヴェントやマニア向けのレコード・コレクター・イヴェントといったイメージは排除したかったし、20代の人に来てほしかったんです。ウチらのイヴェントに遊びに来ることが格好悪くないものにしたかった」

 

――すごく重要なことですよね。

高木「そのためにフライヤーも特色を使ったり、低予算で考えながらやってましたね。フロアの雰囲気もできるだけ自分たちがベルリンで行ってたクラブみたいに蛍光灯を入れたり、フロアを明るくしたり」

宇都木「マックスに盛り上がってるときにフロアを暗くすると効果的なんですけど、まばらなときに暗くしちゃうと逆にみんな踊らない。それはベルリンで学んだことでもあるんです。あと、海外DJの招聘についてもすごく考えてますね。一晩のうちにレア盤がどれだけかかったかどうかが重要じゃないので、同じディガーでもレア・グルーヴ系の人たちじゃなくて、フォーチュナやブライアンのような〈レア・グルーヴじゃない何か〉をめざしてる人たちを呼ぶようにしてます」

高木「だいたい、僕らはテクノのパーティーだと思ってやってるんですよ(笑)」

――なるほど、それはすごくわかりやすい(笑)。

宇都木「ダンスホール・レゲエに〈スレンテン〉っていうトラックがあるじゃないですか。あれって日本製のカシオトーンのプリセット・リズムで作られたものですけど、そのリズムを作った日本人はもともとレゲエのマニアだったんですよね。その事実を知ると〈スレンテン〉の聴こえ方も変わってくるし、そういうことってすごく重要だと思うんですよ。でも、エキゾチシズムの観点で音楽を語ると、そういう重要なことが省かれてしまう」

――まったく同感です。確かにSoiがモーラムを紹介するとき、そこにはエキゾチシズム的な視点がほとんど感じられないけど、それがすごく重要なんだと思う。

宇都木「〈旅するタイ・イサーン〉でスリン(・パクシリ)さんというプロデューサーにインタヴューしてるんですが、その中で紹介している“Khoi Nong Klab Isan”っていう曲は、レコーディングで歌うことになっていたテープポーン・ペットゥボンがスタジオに来なくて、代わりにスリンさんが歌ってレコード化しちゃったというものなんですよ」

高木「しかもスリンさんはその曲をきっかけに歌手になっちゃうという(笑)」

スリン・パクシリがプロデュースしたパイリン・ポーンピブーン『Lam Klom Thung: Essential Phairin Phonphibun』収録曲“Yan Hak Bo Ching”
 

――すごい話(笑)。人間味のあるエピソードだなあ。

宇都木「本当はそこに声を吹き込むはずだったテープポーンの声を想像しながら聴くと、曲の重みが増してくるんです。意外とワールド・ミュージックの本にはそういうことがあんまり書いてないんですよね」

高木「まあ、俺らがモーラム業界のゴシップに興味を持ちすぎてるというのもあるのかもしれないけど(笑)」

――わはは。ところで、本を作るうえで一番大変だったのはどういう点でした?

高木「翻訳ですね、やっぱり。インタヴューだけじゃなく、歌詞の翻訳や曲名のカナ表記も含め、これまで日本語になっていないものなので」

――しかもタイ語じゃなくてイサーン語だし。

高木「そうなんですよ。しかもイサーンの昔の言葉を知ってる人じゃないとわからない。スントーン・チャイルンルアンの“Toei Disco”っていう曲の歌詞はイサーン人7人がかりで訳してもらいました」

――イサーン人7人(笑)!

高木「ほかの対訳をやってくれたタイの子がわからなくて、その友達のイサーンの子に振ったんだけどその子もわからなくて、その子の親もわからなくて……最終的にはおじいちゃんまで動員しました(笑)。みんなから〈なんでお前らはこんな売れなかった曲を必死になって訳してるんだ〉と言われましたね(笑)」

「旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド TRIP TO ISAN」トレイラー
 

――最近じゃ2人の活動がNHKで取り上げられたりして、幅広い層がモーラムに関心を持ちつつありますよね。この本もこれまでとは違う層にまで届くんじゃないかと。

高木「濃い内容をいかにポップに見せるか、そこはすごくこだわりましたね。ディスク・ガイドっぽいディスク・ガイドにはしたくなかったんですよ。タイ好きのOLに買ってもらいたかったし(笑)」

宇都木「僕らはたまたまタイ音楽でこういうことをやったけど、インドネシア音楽を好きな人はインドネシアでやればいいと思うし、アフリカ音楽を好きな人はアフリカでやればいいと思うんです。そういう人が出てきてくれたら嬉しいですね」

高木「あとはモーラムのレコードを掘る若い子が増えたらいいんですけどね。こういう作業もみんなでやったほうが速いし、ミュージシャンも呼びやすくなる。〈旅するタイ・イサーン〉はタイの紀伊国屋書店なんかにも並ぶと思うんですけど、この本に触発されたタイ人にもっとすごいディスク・ガイドを作ってほしいし、向こうのレーベルの人にリイシューもしてほしい。というか、こういうことってそもそもタイ人がやるべきだと思うんですよ(笑)」

――そりゃそうだけど(笑)。

 

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