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ポスト・マッシヴ・アタック、あるいは古代から導かれしジャズの未来? 覚醒した鬼才フォレスト・スウォーズの幽玄な音世界

フォレスト・スウォーズ『Compassion』

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  • 2017.05.30
ポスト・マッシヴ・アタック、あるいは古代から導かれしジャズの未来? 覚醒した鬼才フォレスト・スウォーズの幽玄な音世界

フォレスト・スウォーズことマシュー・バーンズは、2010年に発表された最初のEP『Dagger Paths』でFACT誌のアルバム・オブ・ザ・イヤーを獲得。同時期にブレイクしたジェイムズ・ブレイクやマウント・キンビーと共に、時代を背負うプロデューサーとして早くから注目されてきた。続く2013年の初フル作『Engravings』も、Pitchforkなど海外の主要メディアから〈2010年代を代表するエレクトロニック・ミュージックの金字塔〉と絶賛されている。そんな彼が、このたびニンジャ・チューンに移籍。先日発表された4年ぶりのニュー・アルバム『Compassion』で、異端の音楽性はネクスト・レヴェルに到達しているその類い稀なセンスを、まずは収録曲の“The Highest Flood”で確かめてみてほしい。

不穏に揺れ動くビート、時間軸を歪めるようなヴォイス・サンプル、幽玄に響くサックス――かつてのトリップ・ホップを彷彿とさせるヘヴィーな音像は、〈太古からやってきた新種のシネマティック・サウンド〉とでも形容できるだろうか。この衝撃作はどのようにして生まれたのか? インタヴューでの発言を交えつつ、制作背景を掘り下げていきたい。

FOREST SWORDS Compassion Ninja Tune/BEAT(2017)

 

〈暗黒の申し子〉だったデビュー当初 

「初めてのEP『Dagger Paths』が完成した時、自分の呼び名が必要だった。EPを聴き直しているうちに、音に合う言葉が2つ浮かんできたから、それをエイリアスにしたんだ」

デビュー前夜について、マシュー・バーンズはこう述懐している。確かに、同EPにおけるアンニュイで神秘的なムードや、朽ち果てた建築物を思わすテクスチャーは〈FOREST SWORDS〉という呼称がしっくりくる。出口のない〈森〉を彷徨うように、深く沈み込んでいくサウンドスケープは、すでにこの時期から彼のトレードマークとなっていた。

『Dagger Paths』収録曲“Miarches”
 

その後、『Dagger Paths』の成功を経て、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルとの共作曲“Cold Nites”などR&B/ヒップホップの楽曲も手掛けるようになったマシューは、2013年の『Engravings』で最初のピークに到達。同作のリリース元であるトライ・アングルは、当時の一大ムーヴメントであるチルウェイヴから派生した、ゴシック×インダストリアルな変種のビート・ミュージック=ウィッチ・ハウスを象徴するレーベルとして名を馳せており、そこからフォレスト・スウォーズも〈暗黒の申し子〉としてのパブリック・イメージを確立していった。

『Engravings』の混沌とした音響デザインや、トライバルで呪術的なビートは、同じく2013年にソロ作『Excavation』をトライ・アングルからリリースし、最近はビョークやゴールドフラップの最新作にも携わっているハクサン・クロークのほか、アンディ・ストットとデムダイク・ステア、地下レーベルのブラッケスト・エヴァー・ブラックなどが牽引したポスト・インダストリアルのシーンと共振する部分も多い。また、サイケやポスト・ロック、ドローンなど多彩な要素が溶け合うなかに、フォーキーな詩情をほんのり忍ばせているあたりは、UK・ウィラルの出身であるマシューの英国的なエッセンスを感じさせる。

『Engravings』収録曲“The Weight Of Gold”
ハクサン・クローク『Excavation』収録曲“Miste”

 

今日的なサウンドを生み出すダブの遺伝子と〈声〉の力

サウンド面で、フォレスト・スウォーズを特異な存在たらしめているのがレゲエ/ダブの素養だ。「そういった音楽が、僕に与えた影響は大きいよ。雰囲気や重さが好きだし、楽器や空間、機材を画期的な方法で使うことの重要性に、スタジオのテクニックが有効だということを学んだ」とマシューは語っており、スモーキーな質感や図太いベース・ラインはもちろん、サンプリングを駆使したヴォーカル・ワークなど至るところにダブ的な発想が散見できる。

その影響力を確かめるうえで、象徴的なエピソードを2つ紹介しよう。まずは、『Engravings』の収録曲“Thor's Stone”のリミックスを、ダブのオリジネイターであるリー・“スクラッチ”・ペリーが手掛けたこと。これはなんと、御大みずからヴォーカルも吹き込むというオマケ付きで、「ただリミックスをするだけかと思っていたから、本当に嬉しいサプライズだった」とマシューも振り返っている。先に発表されたサン・アロウとコンゴスのコラボ盤『FRKWYS Vol. 9: Icon Give Thank』(2012年)に連なる形で、革新的プロデューサーとレゲエ・レジェンドの〈邂逅〉が果たされた意味は大きいはずだ。

もうひとつは、映画『アサシン クリード』(日本では今年6月7日よりデジタル配信開始)に提供された“He Says, He Needs Me”。マッシヴ・アタックの3Dがヤング・ファーザーズと共演したこの曲で、フォレスト・スウォーズがプロデュースを担当。彼いわく、「マッシヴ・アタックのいくつかのトラックに関わらせてもらったけど、それはすごく名誉なことで、曲を公開する前に納得するまで音とメロディーを作り上げることを深く学ぶことができた」とのことだが、きっと3Dの目にも、マシューが〈後継者〉として映ったからこそ実現したコラボなのだろう。

ちなみに、新作『Compassion』のリリースに合わせてフォレスト・スウォーズが制作したミックス音源がUKカルチャー・メディアのDAZEDで公開されているのだが、そこにはトリッキーの代表作『Maxinquaye』(95年)から“Overcome”もセレクトされている。リー・ペリーやキング・タビーが生んだダブの遺伝子は、エイドリアン・シャーウッド、マッド・プロフェッサーの時代を経て、マッシヴ・アタックにトリッキー、ポーティスヘッドなどトリップ・ホップ勢に受け継がれ、ブリアルを含む2000年代のダブステップを通過したのち、ジェイムズ・ブレイクやフォレスト・スウォーズのように内省的な世界観を持つプロデューサーへと受け継がれていった――ある種の系譜について、このような見取り図を描くこともできるだろう。

マッシヴ・アタックの諸作におけるトレイシー・ソーンやエリザベス・フレイザー、ポーティスヘッドにとってのベス・ギボンズが果たす役割からは離れるが、フォレスト・スウォーズの音楽でもトラックと共に光るのが〈声〉の力だ。ここで新作『Compassion』に収められた“Panic”を、ヴォーカルを意識しながら聴いてみてほしい。神聖なオーラを纏ったチャントは、ときにチョップやループを重ねながら、音響の波間にたゆたう。そのクラシカルな響きは、アノーニ『Hopelessness』アルカ『Arca』といった作品にも通じるものを感じさせる。

そんなフォレスト・スウォーズの〈声〉は、古いレコードやフィールド・レコーディング、あるいはYouTubeや自分自身から採集したものだという。「感情に強く訴えるようなチャントやメロディーを作りたいし、ほとんどはサンプルを弄り回して、性別や年代がわからないようにしている」と本人は述べているが、彼の操る〈声〉が帯びている祈りのニュアンスは、ボン・イヴェールやフランシス&ザ・ライツといった〈現代版のゴスペル〉とも呼ばれる最新鋭のヴォーカル・ミュージック(この記事に詳しい)とも共鳴している。これは今日的な歌唱表現に対する、トラックメイカー側からのアンサーとも言い換えられるだろうか。『Compassion』をリリースする少し前に、ビョーク“Stonemilker”とアノーニ“Four Degrees”のリミックスが公開していたのは、そういう話とも無関係ではないはずだ。

 

モグワイとの共演や、ジャズの影響がもたらした新境地

「子どもの頃はパンクやメタルに夢中だった」というマシューの過去作は、上述したように重くて暗いサウンドで満ちたものだった。『Engravings』がリリースされた2013年といえば、チルウェイヴの逃避的なムードが陰りを見せ、そういった状況へのカウンターとして、ダークなシリアス・ミュージックが強く機能した時期でもある。しかし、同作のリリース後にモグワイとヨーロッパ・ツアーを回ったあと、改めてアルバムを聴き返してみたところ「音が狭く、閉鎖的に聴こえる」ことに彼は気づく。その経験が、新作へのターニングポイントとなった。

「ずっとダークな音やテクスチャーに惹かれてきたけど、年齢を重ねるにつれて、少しばかり光を取り入れることも必要なのだと気がついた。だから、『Compassion』にはダークな音が多いけど、じっくり聴き込むうちに喜びや希望、幸福感を感じてもらえると思う。昔から、〈悲しくて暗いものと、希望に溢れた美しいものの中間って何だろう〉と考えていた。それこそモグワイは、そのバランスを完璧に保っているよね」

『Compassion』に向けて「激しさを残したまま、オープンで友好的なサウンド」を志すようになったマシューは、これまで聴いてこなかったクラシックやジャズ、アンビエントにも手を伸ばしていく。そこから得たヒントが、新作にもフィードバックされている。

「(制作にあたって)ジャズをたくさん聴いたよ。アリス・コルトレーンやファラオ・サンダースのようなスピリチュアル・ジャズは、とてもワイルドでクレイジーなところがある。インスピレーションをもらえるし、心が落ち着くんだ」

確かにスピリチュアル・ジャズの影響は色濃く、“Raw Language”や“War It”の曲中におけるサックス・ソロはハイライトの一つとなっているし、スペーシーな音作りはアルバムに開放感をもたらしている。そのうえで、スケール感を誇示しつつも均整の取れたアレンジが貫かれており、曲調もドラマティックだが暑苦しくなったりはしない。このクールなバランス感覚を伴った爆発力は、カマシ・ワシントンなどのLA勢や、アーケイド・ファイアらとの共演でも知られるカナダのバズ・サックス奏者、コリン・ステットソンといった顔ぶれを引き合いに出したくなってくる。

フォレスト・スウォーズの〈FS Studio Playlist〉では、ジャズ、アンビエント、トリップ・ホップなど幅広くセレクトされている
 

そういえば、グラフィック・デザイナーでもあるマシューがみずから手掛けた『Compassion』のジャケット写真を見て、ふと思い出したのはジェイムズ・ホールデンが2013年に発表した『The Inheritors』だ。制御困難なモジュラー・シンセを核とし、ノイジーで混沌とした電子音やブレイクビーツ、フリークアウトしたサックスが吹き荒れる同作には、太古の自然信仰を思わせるリズムやフリージャズ的な即興性と共に、〈どこにも属さない〉という確固たる決意が込められていた。かつてプログレッシヴ・ハウスの寵児と謳われたホールデンは、機材の進歩によってクォリティーが向上した代償として、独創性がスポイルされてしまったエレクトロニック・ミュージックの常識から逸脱し、プリミティヴな発想に立ち返って新しい可能性を切り拓こうとした――そういうアルバムだったと解釈している。

ジェイムズ・ホールデン『The Inheritors』ジャケット写真
 

そんな『The Inheritors』と同じように、フォレスト・スウォーズの『Compassion』も、人間の根源的な部分へ訴えかけるサウンドと、(おそらく)古代と未来を繋ぐメタファーとして、巨大な岩石を強調したアートワークを掲げている。画一的になりがちなラップトップ・ミュージックの世界で、マシューはひとつの答えを提示してみせた。ジャケット写真のなかで岩石を支える彼の姿は、殉教者として拷問に耐えているようにも、失われつつある歴史やヒューマニズムを支えているようにも映る。

ジェイムズ・ホールデン『The Inheritors』収録曲“Renata”
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