匂いと体温、死の気配

 作品全編で音の間をエーテルのように漂うエレクトリック・ピアノやギターのトレモロ、その震えるような残響音や、「攻殻機動隊 ARISE」のサウンドトラック収録曲の続編“Surfing on Mind Waves pt 2”のソフト・シンセサイザーによるドローン。それらのサウンドは単に間を埋めるだけでなく、これまで彼が距離を置いてきた情感やエモーショナルな表現を際立たせている。

 「過去2作はミニマルで、匂いやクセがなく、水とか空気のように誰でも抵抗なく接することができる、そんな作品だったと思うんですけど、もうちょっと匂いや体温があるほうが中毒性が生まれて、何度も聴きたくなるかもしれないなって。例えば、子供の頃はクセがあって嫌いだったブルーチーズが、大人になったらそのクセにハマって好きになる、みたいな。そんな感じかな」。

 匂いや体温が醸し出す今作の熟成感や官能性は、〈エロス〉と〈タナトス〉という言葉があるように、新たな名曲“あなたがいるなら”から“未来の人へ”にかけての冒頭の3曲において漂う〈死の気配〉と表裏一体の関係にある。

 「去年は自分が子供の頃から見ていたスターや身の回りの人が何人か亡くなったということもあるし、自分も身体がダルいとか、目が悪くなったりとか(笑)、老化が避けようもなく進んでいて、死を意識するようになったのも自然なことかな、と。“あならがいるなら”は今回2曲の作詞をお願いした坂本(慎太郎)君と話してて、〈ブルース・ロックをやったらいいんじゃない?〉って話からエモーショナルな要素やギターのチョーキングをヒントに作ったものなんですけど、彼に歌詞を書いてもらっていた頃にプリンスが亡くなり、その前にもデヴィッド・ボウイが亡くなっていたことがあって、歌詞も〈なんとなく亡くなったスターたちのことを考えて書いた〉と言ってましたね」。