INTERVIEW

対談:菊地成孔×ヴァルダン・オヴセピアン ポリリズム/ポリフォニー、二つのポリを巡る音楽談義

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  • 2017.07.13

ポリリズム/ポリフォニーを巡る音楽談義

ピーター・アースキン・トリオとタチアナ・パーハとのデュオで来日したヴァルダン・オヴセピアン(以下=VO)、以前から彼の音楽に深く共感していた菊地成孔(以下=NK) との対談が実現。タチアナとのデュオでは複雑なポリフォニーの音楽を創り上げるオヴセピアン氏に対して、DC/PRG、ペペ・トルメント・アスカラールといったアンサンブルでアフロ・ポリリズムを実践する菊地氏との、二つのポリを巡る音楽談義となった。

 

VO (ぺぺ・トルメント・アスカラール、DC/PRGを聴いて)作品も、演奏も素晴らしいですね。変わった拍子の使い方がとても面白い、非常に複雑なリズムですね。私自身もあなたと同じような編成の室内アンサンブル(=VOCE)で演奏していますが、似て非なるテクスチャに驚きました。

NK 私は、ラジオ番組(TBSラジオ『粋な夜電波』)を持っているのですが、あなたの『VOCE』と『ライトハウス』をおそらく世界で一番多く放送したのではないかという自負があります(笑)。というのも私が音楽について常日頃関心を抱いていたことの、ほとんどすべての実践がこの二つのアルバムの中にあったからですが。

VO アリガトゴザイマス! ご存知の通りNYにもとても複雑なリズムの音楽があります。ただメカニカルなものばかりです。しかし菊地さんの音楽はオーガニックで、とても美しく、自然に流れていく、そう感じました。ただ音楽家の耳であなたの音楽を聴くと、とても複雑なリズムの音楽だというのがわかります。

NK  私はもともとアフリカの音楽が好きなんです。アフリカの音楽というと、いろんなアフロ・ミュージック、例えばアフロ・ジャズがあるんですが、多くの場合彼らはアフリカの民族衣装を着て、これはワールド・ミュージックです、というプレゼンテーションをするわけですが、それには抵抗があるんです。私はアフリカ音楽の構造を抽出し、その構造を使ってアフリカの音楽には聴こえないような実践を心がけています。

VO そう、それがベストですよ。つまりフィルターを通すということなんですが。

NK  あなたの音楽は、あなたの国、アルメニアの音楽と関係があるんでしょうか。というのも日本ではアルメニアの音楽を耳にする機会はほとんどありません。

VO なるほど。まず19世紀末、20世紀初頭のアルメニアの印象派の作曲家、Komitasを聴いてみてはいかがでしょうか。彼はアルメニアの地方の村を巡り、その土地の音楽を集めました。そして収集した音楽にあった近隣の中東の国々からの影響を取り除き、純化し、抽象化をした作曲家です。特に彼の合唱の為に書いた作品は、スピリチュアルだし、音楽的にも充実している。アルメニアからの影響という点ではKomitasにいちばん影響を受けました。

NK あなたの音楽はポリリズム、ポリフォニーが両立していて、先ほど私の音楽についてあなたが言っていただいたことがそのまま当てはまるのですが、メカニカルなのにオーガニック、ナチュラルなのに聴いていて頭が冴えるような数学的なこともあり、とても素晴らしい。Komitas以外に影響を受けたアルメニア以外のアーティストを教えてください。

VO とてもたくさん思い当たりますが(笑)、クラシックではバロック期の音楽はとても重要です。コンテンポラリーなジャズでは特に、スカンジナヴィアのアーティストをよく聴いていますし、尊敬しています。ヨン・バルケ、クリスチャン・ヴァルムルーには注目しています。あなたと私の音楽へのアプローチが同じように、彼らスカンジナヴィアのアーティストたちにも同じ資質、方法を感じるのです。クラシック、ジャズ、フォークミュージックの三つの要素を重視している点で私たちは同じだと感じます。ヤン・ガルバレクといった先例となるアーティストの音楽があって、今のクリスチャンやヨンの音楽があるのですが、非常に深く音楽を見つめ、作曲・演奏するという態度が根付いていますね。

NK クリスチャンは、『The Zoo Is Far』(ECM UCCE-1088)の人ですね、私も注目していました。ところで、キューバの音楽についてはどう思いますか?

VO 少し聴きます。キューバの音楽はリズムの複雑さがとても重要ですね。ただ私はラテンの音楽では、ブラジルの音楽、新しいアルゼンチンの音楽、新しいタンゴ、あたなもご存知のディエゴ・スキッシに大変興味があります。しかし、他の地域のラテン音楽は、ハーモニーという点で物足りなく感じてしまいます。

NK 確かにそうですね。とにかくあなたの音楽が素晴らしいのは、ただのポリフォニーだけでもなく、ただのポリリズムだけでもない。私は一度、バッハの 《ブランデンブルグ協奏曲》をパソコンで編集してみたことがあります。例えば6/8で書かれた曲の4番目だけを全て抜いて5/8にして再生してみたことがあるんです。さらにあるフレーズ全体の位置を小節を跨ぐようにずれこませるんです(といって歌う)。あなたが書いた教則本『Mirror Exercise』にもあるように、さらに(複合リズムで)構成した状態のリズムでフレーズを交錯させる。

VO わかります。とても面白い! それを聴いてみたいです。

NK 残念、持って来ればよかった。多くの人たちは、バロック音楽は、壊すことのできない完成された構造体だと信じているのですが、このように一音抜いたり、ずらしたりしてもその美しさは削がれない。

VO そうですね、同感です。まさにバロック音楽は、同時代の音楽としても機能し得るのです。しかし、私が知る限り現代音楽の作曲家たちは十分、バロックに取り組んだとは言えませんね。ただショスタコーヴィッチの《24の前奏曲とフーガ》といった例外もあります。

NK 私が全く個人の楽しみとしてバロックを素材に弄っていた時に、偶然、あなたの『VOCE』と『ライトハウス』を聴いて、その当時の私が関心を抱いていたことがすでに実践されていると知り、驚きを禁じ得ませんでした。

VO 菊地さんの音楽を初めて聴いた時、私の音楽への共通の関心を感じて全く同じ思いを抱きました。クリスチャンの『The Zoo is Far』にも同じことを感じたんですよ。

NK 振り返ってみると1980年代にマイケル・ナイマンはバロックの音楽を新鮮に響かせたのですが、リズムについてはさほど新しい取り組みがなかったと思いました。それ以降、バロックまで立ち返りミュージック・セリエルの手法も含め新しいリズムのあり方を導入しているのは、先ほど挙がった南米の音楽以外だと、あなたの音楽しかない。

VO ナイマンは確かにリズムへの関心が薄い。リズムの複雑さという点では、インドの音楽が世界一だと私は思います。特に南インドは、私自身、短期間ですが滞在して学んだこともあり、素晴らしいと思います。私が書いた『Mirror Exercise』は、偶数拍子に対して奇数拍子のリズムで小節をまたいでゆく、というインド音楽の考え方を反映しています。

NK 私はアフリカの音楽は、数学の用語を使えば、微分的に一小節を細く割って生じるクロス・リズムが基礎となるんですが、インドは逆に積分的にリズムを加算的に生成していく音楽だと考えています。例えばインドには即興演奏を完結させる方法としてティハイという技術があります。決まったフレーズを二回繰り返して三回めで完結するというような…。

VO なるほど、そうですね! アルメニアの音楽を聴いてそだった私にとって、アフリカの音楽は非常に深いところで繋がりを感じます。アフリカ音楽の12/8は、アルメニアの12/8とよく似ています。ただアルメニアでは、少しなまらせて演奏するのです。私自身がどちらか一つを選べとすればインドということになると思います。

NK つまり私が強調しておきたいのは、重要なのは音楽の構造ということ、そしてあなたの音楽にはまさに構造の持つ清潔さ、あるいは透明さを感じるのです。

VO あまりにも透明過ぎてアルメニアの音楽を感じないというアルメニア人からの批判をよく耳にします(笑)。

NK しかし、日本では聴く側のリズムのリテラシーをあげていく努力も必要で、私もあなたが教則本をリリースしたりしているように、さまざまな機会を通じて音楽を教えているんです。

VO それはとてもスマートな実践、と言えるのではないでしょうか!

 


菊地成孔
千葉県出身。サックス奏者、作曲家、文筆家。現在は自らのリーダーバンドとして「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」「DC/PRG」の2バンドを主催。TABOOレーベルから、〈ものんくる〉、〈けもの〉の新作を7月にリリース予定。

 


ヴァルダン・オヴセピアン
アルメニア出身/LA在住のピアニスト・作編曲家。タチアナ・パーハとのデュオ、ミック・グッドリック、ピーター・アースキン ジェリー・バーゴンジーとの共演などで知られる。Fresh Sound New Talentから5枚のリーダー作をリリース。

(取材協力・デイライトキッチン)

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