ゼロ年代の〈ジャズで踊る〉ムーヴメントのトップランナーとして活躍した、quasimodeの活動休止から約2年半。バンドの中心人物であるピアニスト・平戸祐介が、新しい音楽プロジェクトを立ち上げた。その名は〈Yusuke Hirado Prospect〉。みずから〈一つのチームである〉と解説するその制作スタイルは、彼のルーツである50~60年代のモダン・ジャズに、エクスペリメンタルなヒップホップ、ソウル、R&Bなどを溶かし込んだクロスオーヴァーなもので、このたびリリースされた初のアルバム『HERITAGE』では国内外の気鋭のラッパーやトラックメイカーが大挙参加。エリック・ベネイが参加した“There You Were”、WONKのトラックメイカー/ドラムスのPxrxdigm(Hikaru ARATA)とラッパーのイラJをフィーチャーした“Diploma”と、リード曲2曲はミュージック・ビデオも公開されているので必見だ。

平戸が本作で表現したかったもの、そして彼の思うジャズの向かう未来とは? インタヴューは、彼の所属するレーベル=Mono Creation擁するCASIOのスタッフがみずからリノベーションしたというリハーサル・スタジオで行われた。

Yusuke Hirado Prospect HERITAGE Mono Creation(2017)

 

自身のスタイルとほかのジャンルのコラボレーションを純粋に楽しみたい

――素敵な空間ですね。ここでいつも音を出してるんですか。

「そうですね。ここでリハーサルをしてます。内装もMono CreationのプロデューサーがすべてDIYでやってるんですよ。ちょっと雑なところもありますけど(笑)」

――CASIOさんとの付き合いはどれくらいになりますか。

「もう3年ぐらい? Mono Creationを立ち上げた時の最初のイヴェントに呼んでいただいて、それで縁が切れるかと思ったんですけど(笑)、長く続いてますね。良くしてもらってます」

――良い縁が繋がって。

「そうですね。これは後で言おうかと思ってたんですけど、僕が音楽に興味を持ち始めた頃から、CASIOの楽器はいいなと思っていたんですよ。実家がジャズ喫茶をやっていて、CASIOの楽器が置いてあったし、母親がピアノ教師で、ピアノ教室にもCASIOのナビゲーション・キーボードみたいなやつがあって、物心ついた頃からキーボード=CASIOというところがあったので。今はこうしてお付き合いがあって、本当に不思議な縁を感じますね」

――ライヴやレコーディングでは、CASIO製品しか使っちゃいけないということではなく?

「いや、使っちゃいけませんね(笑)。マネージメントもCASIOさんにやってもらってますし、エンドースもすべてそうなので。ただローズとか、ヴィンテージ楽器は特別に今回のアルバムでも使ってますけど」

――逆に言うと、CASIO楽器だけで十分音が出せる。

「十分ですね。すごくいいですよ。そこにある白い88鍵のものとかはピアノと同じで、なおかつ軽いですから。女性でも持てるくらいで僕もライヴでいつも使ってますけど、素晴らしい楽器です」

CASIOのPrivia・PX-5S

――その、CASIO内のレーベル〈Mono Creation〉から今回リリースされた『HERITAGE』は、平戸さんのソロ名義とは別の、Yusuke Hirado Prospectというプロジェクトのファースト・アルバムということでいいですか。

「僕の新しい個人プロジェクトの第一弾ですね。そういうものを取っ払って言えば、僕のソロ作品としては3枚目になるので、気持ちの中では繋がってますけど、自分の中では一つのプロジェクトであり、制作チームのようなものにしたかったんです。というのは、自分だけでは思い付かない発想だったり、周りからの刺激を受けて作品を作りたかったという側面もあったんですよね」

――そのプランは、いつ頃から頭にあったんですか。

「3年ぐらい前からチームとして作品を作ってみたいというのが、漠然とした構想としてはありました。で、Mono Creationのプロデューサーから〈ソロ作品を作りませんか?〉というお話をいただいた時に、〈こういう形で新しいものを作りたい〉という話をしたら、〈Yusuke Hirado Prospectというチームとして作品を作ったらどうですか〉と提案をいただいて、そこからですね。僕の思い描いていたものと、提案していただいたものが一致したので、それで作品を作っていこうということになりました」

――素晴らしいアルバムですよね。ジャズがベースにありつつ、予想以上にソウルやR&B、ヒップホップの要素が色濃くて、実験的でありながら娯楽性も高い。平戸さんならではのクロスオーヴァーな感覚がすごく新鮮でした。これは自然にそうなったんですか。

「自分は今までジャズをやってきたけど、どちらかというとモダン・ジャズと呼ばれている、50~60年代のオールド・スタイルのジャズが大好きで、それが僕のプレイ・スタイルでもあるんですよ。なので今回のアルバムを作るにあたって、オールド・スタイルの僕のジャズと、ほかのジャンルとのコラボレーションをまずは純粋に楽しみたいなと思ったんですね。狙って作った気持ちはあまりなくて、〈この音楽と遊びたい〉というものがキーワードになって出来た楽曲たちなので、僕の気持ちがすごく素直に反映されています」

――ジャンルの違うシンガーがいて、ラッパーがいて、トラックメイカーがいて、バンドがいて。お互い歩み寄るというか、お互いの接点で遊ぶというような?

「そういうところはあります。まずは楽しもうよ、というのが作品の中のキーワードとしてあったと思います」

――最初に取り掛かったのは、どの曲ですか。

「エリック・ベネイとの “There You Were”ですね。作業はデータのやり取りだったんですけど、最初にいい曲が出来たからデモをエリックに送ったんですよ。そしたら、ハネられまして」

――えっ。そうなんですか。

「その理由が、もっと平戸祐介の音楽――つまりジャズに近づいたものでコラボレーションしたいから、〈俺に寄せないでくれ〉と。通常はコラボレーションというと、相手をリスペクトをしたうえで、相手の音楽性に近いものになってしまいがちなんですけど、エリックも百戦錬磨のアーティストなので、〈お前のジャズの上で歌いたいんだ〉と言ってくれた」

――すごくいい言葉ですね。勇気が湧くというか。

「ありがたい言葉をいただいて、2回目は僕のジャズに寄った作品を送って、それにエリックはすごく賛同してくれた。だからエリックの数ある作品の中でも、コードの使い方がすごくジャズだと思うんですね。結果的にエリックのアドヴァイスのおかげでいい作品が出来たなと思って、すごく感謝しています」

――もともとエリックさんと面識は?

「いや、僕が一方的にファンでした。でも歌声がすごく良くて人間味あふれるというか、昔から好きで。僕のフェイヴァリット・アーティストの一人なので、いずれかのタイミングで一緒に演奏できたらいいなと思っていたのが、今回実現したということですね」

――その曲を皮切りに、他の曲の制作も随時スタートしていったという。

「そうです。エリックの曲が最初に出来上がってから、とんとん拍子に進んでいった感じですね」

――今回のアルバムはラッパーが参加した曲が3曲あることもあり、全体的にヒップホップ色が濃い印象があります。

「もともとの経緯を辿れば、ずいぶん昔からジャズとヒップホップが融合したサウンドはやりたかったんです。quasimodeの結成もMONDO GROSSOのバンド時代の演奏に衝撃を受けたことがきっかけでしたし、もともとジャズとヒップホップはルーツにあったんですよ。それと、僕は93年から99年までNYのブロンクスに住んでいたので、街で鳴っている音楽はヒップホップがすごく多かったし、ロバート・グラスパーが出現する以前から、ジャズとヒップホップのカルチャーを体感していて」

――デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストとか、ヒップホップからのジャズへのアプローチもありましたね。

「そうですよね。それをグラスパーが生楽器で表現してからブームのようになりましたけど、僕はそれ以前から好きではありましたね」

ロバート・グラスパー・エクスペリメントの2017年のパフォーマンス映像