COLUMN

金沢21世紀美術館 〈日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念展 日々の生活――気づきのしるし〉 11/5まで開催

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  • 2017.10.13
ヘンリック・ヴィヴスコフ《The Repetitive Clean(繰り返し洗う)》2017 撮影:木奥惠三

 

デンマークと日本、両国の文化的アイデンティティと美意識を示すもの

 〈デンマークのデザイン〉と言われてピンと来ない方でも、玩具の〈レゴ〉はご存知だろう。ロイヤルコペンハーゲンの陶磁器やルイスポールセンの照明、ダンスクのキッチン用品やヤコブセンの椅子など、デンマークはシンプルで機能的、そして飽きのこないデザインを数多く生み出してきた。

 いっぽう日本のデザインも、デンマークのデザインに通じるシンプルな美しさを伝統的に重んじてきた。たとえば伊勢神宮の唯一神明造が、西洋の近代建築にも通じるデザインとして、ブルーノ・タウトに賞賛されたのは有名だ。伝統的な折り紙の技法や各地の刺し子刺繍にも、日本ならではの幾何学的なセンスは伺える。そうした感覚は柳宗理の家具やキッチン用品、無印良品の製品群や、金沢21世紀美術館を設計した妹島和世+西沢立衛/SANAAの建築にも引き継がれていると言えよう。

 金沢21世紀美術館で開催中の〈日々の生活――気づきのしるし〉は、そんな両国のプロダクトデザインに焦点を当てつつ、アーティスト、エンジニア、建築家、服飾家など、幅広い分野の作家の展示を通じ、両国のデザインを振り返る展覧会だ。

 たとえば原研哉による無印良品のタグシステムを、巨大なボードにしたインスタレーション。あるいはカニエ・ウェストやビョークらが愛用することで知られる服飾デザイナー、ヘンリック・ヴィブスコフによる、インスタレーションとパフォーマンス。さらには日本とデンマーク双方の製品で構成した、室内空間のインスタレーションなどなど。いずれの展示を見てみても、両国のデザイナーがいかに〈簡にして要を得た〉デザインを尊んできたか、一目瞭然となるものだ。

 興味深いのは同展が、デザインを表面的な〈意匠〉の問題として捉えず、現実的な課題解決の手段として捉えていることだ。たとえば出品者の一人、オラファー・エリアソン――金沢21美では複数の作品が収蔵されている、同館にゆかりの深い美術作家だ――が出品する《リトル・サン》は、電気のない国や地域でも使える、ソーラーパネル付きLEDライトである。

 いっぽう日本の繁富(栗林)香織は、伝統的な折り紙の技法にヒントを得て、血管を内側から補修する、金属製の人工血管を提示している。この人工血管は、金属片を折り紙のように畳んで血管に挿入するため、人体への負担が少なくなるというもの。いずれもデザインを〈見た目〉の問題として捉えることなく、社会や医療の現実の問題を解決するソリューションとして捉えている。

 もう一つ私が興味深く感じたのは、両国の作家たちが社会に対して取るスタンスが、きわめて対照的だったことだ。たとえばデンマークのアーティストグループ〈SUPERFLEX〉は、世界トップクラスの投資銀行のビルをかたどった花鉢に、幻覚誘発植物を植えるという、辛辣なインスタレーションを展開している。また同時開催の〈ヨーガン レール 文明の終わり〉展では、ポーランド出身、日本在住の服飾家ヨーガン レールが、浜辺に漂着したプラスチックの廃材で組み上げたシャンデリアを展示した。同作はヨーガン レールの遺作であり、日本社会への遺言とも言える。

 逆に日本の建築家、三分一博志は、伊勢神宮のような〈社〉を展示してみせた。この三分一の例に限らず、近年の日本のデザイナーは、社会に批評的に接するより、その伝統や文化に接近し、再評価する方を好むように思えるのだが、どうだろうか。

 このように本展は、日本とデンマークのデザインを中心に、デザインとは何か、どうあるべきか、社会といかに関わるべきかなど、様々なことを考えさせられるものとなっている。我々の日常を彩るデザインや、デザインされたモノであふれる我々の暮らしを、もう一度見つめ直したくなる展示である。

 


日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念展覧会 日々の生活 –気づきのしるし

11月5日(日)まで
会場:金沢21世紀美術館
http://www.kanazawa21.jp