オットー・クレンペラーが指揮したワーグナーのオペラ全曲盤唯一のセッション録音(1968年)が『さまよえるオランダ人』。幾度となく再発売されてきた名盤が、2017年新リマスターでワーナーのデラックス・オペラ・シリーズに加わった(分厚いブックレット仕様で図版も多く、欧文のみだが解説・リブレットも完備している)。クレンペラーが惚れ込んだシリヤの激しいゼンタ、そしてアダムのオランダ人は苦悩の深みと荒ぶりを見事に表出する。序曲のラストや大団円で〈救済の動機〉を奏しない初稿のスタイルを採ることで(終結部の処理もクレンペラーの手法)、暗い悲劇性が増幅された。やはり、すべてはクレンペラーの巨大な音楽を現出させる宰領の賜物だ。