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スクリッティ・ポリッティ、奇跡の来日公演を開催! 伝説的ユニットの40年を振り返ろう

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  • 2017.10.12
スクリッティ・ポリッティ、奇跡の来日公演を開催! 伝説的ユニットの40年を振り返ろう

〈スクリッティ・ポリッティの来日公演〉。グリーン・ガートサイドの〈天使の〉と形容される歌声、そして哲学そのものとも言うべき歌詞に魅了されたことがある者なら、その一文を見ただけで涙するかもしれない。それほど貴重なスクリッティ・ポリッティのライヴがBillboard Live TOKYOで11月4日(土)、5日(日)の2日間にわたって開催される。日本での演奏は2006年以来、なんと11年ぶり。奇跡の一夜になること請け合いだ。ここではスクリッティ・ポリッティのキャリアを振り返りつつ、ライヴに足を運ぶべき理由を語っていきたいと思う。

スクリッティ・ポリッティは、イギリス、ウェールズ州リーズのアートスクールで学んでいたグリーン・ガートサイドがセックス・ピストルズのライヴに衝撃を受け、地元の友人やクラスメイトを誘い77年に結成された。左翼の若者たち(バンド名は、イタリアのマルクス主義思想家であるアントニオ・グラムシの著作をもじっている)による、マッチョで権威主義化したロック・ミュージックを批判する初期のスクリッティは、ローファイなホワイト・レゲエ・バンドであった。当然のようにDIY思想をバンドの根幹に据えていた彼らは北ロンドンのカムデンに居を移し、共同生活のスクワット(不法占拠)をはじめる。非ミュージシャンも含めた流動的なメンバーたちは、夜ごとアンフェタミンに浮かされながら哲学的な議論を重ねたという。自主製作したファースト・シングル、“Skank Bloc Bologna”はグラムシ理論の用語〈歴史的ブロック〉とイタリア・ボローニャでの政治暴動に由来している

78年の楽曲“Skank Bloc Bologna”
 

その後、ラフ・トレードからいくつかのEPやシングルをリリースしたのち、グリーンは薬物の過剰摂取と不規則な生活に因る重度の不安発作に襲われ、休養を余儀なくされる。スクリッティの〈転向〉のきっかけは、その入院中の思索とマルクス主義に対する絶望によるという。そうした経緯を経て、ジャック・デリダの脱構築概念から強く影響されたグリーンは、ポップ・ミュージックの主流に飛び込み、それを内側から食い破ることを固く決意。81年、アレサ・フランクリンなどのリズム・アンド・ブルーズや初期のビートルズを研究した新生スクリッティ・ポリッティは“The ‘Sweetest Girl’”をリリースする。

82年作『Songs To Remember』収録曲“The ‘Sweetest Girl’”
 

同作の高級商品を模したアートワークはDIY思想を捨てさったことを意味している。一時期はインタヴューなどで“The ‘Sweetest Girl’”に代表される初期作品を否定していたグリーンだが、近年のライヴではこれらの楽曲も積極的に歌っているようだ。

“The ‘Sweetest Girl’”の2016年のパフォーマンス映像
 

甘いルックスでフランス現代思想からの影響をNMEなどのメディアで語るグリーンはカルト・ヒーロー化し、その勢いのままバンドは処女作『Songs To Remember』を82年にラフ・トレードからリリースする。クリアなサウンドとソウル・ミュージックやロックンロールからの影響をストレートに表現した音楽は市場にも好意的に受け止められる。が、音楽性の変容を主導するだけでなく、バンド内の権力を自身に集中させて実質的なリーダーとなったグリーンのもとからメンバーたちは離れていった。

82年作『Songs To Remember』収録曲“Faithless”
 

グリーンのソロ・プロジェクトとなったスクリッティはメジャーのヴァージンとサイン。世界を席巻しはじめていたNYのヒップホップ・サウンドに影響されたグリーンは、当地のドラマーであるフレッド・マーと鍵盤奏者のデヴィッド・ギャムソンをバンドに加え、ホール&オーツを手掛けたプロデューサーのアリフ・マーディンとともにダンサブルなポップスをつくりあげることを目論む。そうして、グリーンの言葉を借りれば〈スイス製の時計のように〉制作されたのが、ポップ音楽史にマスターピースとして刻まれている『Cupid & Phyche 85』である。

85年作『Cupid & Phyche ‘85』収録曲“Wood Beez”
 
85年作『Cupid & Phyche 85』収録曲““The Word Girl”
 

“Wood Beez”“The Word Girl”“Absolute”“Hypnotize”“Perfect Way”――アルバムの大半の曲がシングル・カットされ、イギリスのメインストリームのみならずアメリカのダンス・チャートでも好意的に迎えられヒット。漂白されたかのようにフレッシュなファンク/レゲエ・サウンドとマイケル・ジャクソンにインスパイアされた中性的で儚げなファルセット・ヴォイスを携え、スクリッティ・ポリッティ=グリーン・ガートサイドは一躍スターダムにのし上がる。88年には『Cupid』の路線をさらに推し進めた『Provision』を発表。マイルス・デイヴィスが“Perfect Way”をカヴァーした縁からアルバムに客演したことも大きな話題を集めた。

マイルス・デイヴィスの86年作『Tutu』収録曲“Perfect Way”
 
88年作『Provision』収録曲、マイルス・デイヴィスをフィーチャーした“Oh Patti (Don't Feel Sorry For Loverboy)”
 

91年に2つのシングルをリリースして以来、ほぼ活動休止状態に入ったスクリッティは、99年、ついにサード・アルバム『Anomie & Bonhomie』を発表。モス・デフ(ヤシーン・ベイ)ほか3人の新鋭ラッパーを招き、90年代のヒップホップ・サウンドにバンド(ベースはミシェル・ンデゲオチェロ)で挑戦した意欲作となった。

99年作『Anomie & Bonhomie』収録曲“Tinseltown To The Boogiedown
 

スクリッティが再び活動をはじめるのは2006年、4作目にして現在のところの最新作である『White Bread, Black Beer』のリリースがきっかけとなった(同作はラフ・トレードへの20年ぶりのカムバック作にもなっている)。東ロンドンのダルストンにある自宅でグリーン自身がすべての楽器を演奏して録音したこの作品は、簡素かつミニマルで、高額の予算によって制作された『Cupid』と好対照をなしている。ビートルズ風のメロディーやベッドルーム・ポップ的なサウンドは初期のエリオット・スミスの音楽を想起させ、また一方でチープなドラムマシンやドリーミーなシンセ・サウンドはチルウェイヴの先駆として聴くこともできる。ラップ・ミュージックと現代ジャズのシーンを橋渡しした『Anomie & Bonhomie』とともに、スクリッティ・ポリッティの近作は、2017年の今こそ新しいパースペクティヴから再評価できるかもしれない。

2006年作『White Bread, Black Beer』収録曲“The Boom Boom Bap
 

トレイシー・ソーンやマニック・ストリート・プリーチャーズの作品への参加といったトピックもありつつ、近年はバンドを従えたライヴ活動を活発化させ、新しい局面を見せているスクリッティ・ポリッティ。エヴァーグリーンな『Cupid』を中心に、DIY時代の楽曲から最新作までキャリアを横断する選曲には、ポストパンクに熱狂した同時代のファンも、スクリッティを伝説として知った新しいファンもきっと満足できるはず。また、ここ最近のライヴ映像をいくつか観て驚いたことに、グリーンの歌声はまったく衰えを見せていない。あの『Cupid』の頃の、そのままである。40年近い音楽活動を経てもなお現役であるグリーン・ガートサイドの歌をライヴで聴ける――想像しただけで鳥肌が立つ。スクリッティ・ポリッティの輝きを失わない楽曲群をBillboard Live TOKYOの最高の音響空間でぜひとも堪能したい。

 

参考文献: 「ポストパンク・ジェネレーション1978-1984」 サイモン・レイノルズ著、野中モモ訳、2010年、シンコーミュージック・エンタテイメント刊

Live Information
スクリッティ・ポリッティ

2017年11月4日(土)-11月5日(日) Billboard Live TOKYO
1stステージ:開場15:30/開演16:30
2ndステージ:開場18:30/開演19:30
サービスエリア 9,400円/カジュアルエリア 7,900円
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