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廃墟にそびえる電波塔から

 無意識のフィルターを通じて浮かび上がってくる〈イメージ〉で描かれた音の風景。それは妄想のサウンドスケープとも言えるかもしれない。そんななか、NOPPALのラップがフィーチャーされた“Her Favorite Moments”は、そもそも出会った景色のなかにリズムがあった。

 「福生の横田基地で毎年お祭りがあるんですけど、そこで10代の女の子たちがラジカセでドレイクとかリアーナをかけて騒いでいたんです。これまで、そういう音楽がアメリカでトレンドだってことを情報としては知ってても、あくまで遠い国の流行として消費する程度だったんですけど、その風景を見たとき、曲のリズムがリアルなものとして自分のなかに入ってきたんです。曲だけじゃなく、女の子たちの騒ぐ様子にもグルーヴがあって、そのグルーヴを自分なりにトレースして、そこでフィールド・レコーディングした音を混ぜたりして曲を作っていきました。ただ、その新しいリズムに自分のメロディーをはめるのが難しくて。そこでNOPPALに頼んだんです」。

 今回は、NOPPALのほかにも思い出野郎Aチームのメンバー(トランペットの高橋一)、サックスの増田薫、パーカッションの松下源)をはじめ、角銅真実(マリンバ)、Arban Sachs(フルート/サックス)、鶴岡龍(トークボックス)らが参加。“Fiction Romance”では生楽器の演奏が中心になっている。

 「この曲はアルバムのコンセプトが決まってから作った曲です。〈かつて出会った人や風景が、記憶の中から忘れ去られても匂いだけがかろうじて残っている〉みたいなイメージの曲にしたくて、マリンバみたいに伸びない音ですぐ消えていくようなメロディーが必要だったり、トークボックスみたいな機械と人間の中間みたいなエロティックな要素が欲しかったり、曲のイメージに合わせていったらいろんな楽器が必要になったんです。サンプリングしているセリフも重要で、ある映画のものなんですけど、そのセリフの一部は〈フィクションだと思って観ていた映画の中の風景が、ある瞬間に自分にとってリアルなものになる〉というようなことを言っています」。

 “Fiction Romance”というタイトルからしてVIDEOTAPEMUSICそのものとも言える曲だが、このタイトルは彼が考えたものではなく、ライヴで行った高松の街を歩いているときに見掛けた、港に落書きされていた言葉らしい。まるで、風景のほうから彼に語りかけてきたようなエピソードだ。アルバムのアートワークも風景だが、絵を描いたのは坂本慎太郎。映像作家としても活動するVIDEOTAPEMUSICは坂本のMVを手掛けたことをきっかけに交流を深め、昨年は12インチ“バンコクの夜”で坂本とコラボレートしているが、坂本の歌が持つ日常と非日常の間を揺らめいているようなサイケデリックな感覚は、VIDEOTAPEMUSICと通じ合うものがある。

 「もともとジャケットは風景がいいと思ってて。いろいろ考えてたときに、坂本さんにスプレーで風景を描いてもらうのが一番いいんじゃないかって思ったんです。空気中に塗料を出して描くっていう手法が、そのまま『ON THE AIR』的というか、〈空気中に漂う何かを定着させる〉っていうアルバムのコンセプトを物理的に表現する手法でもあるし。去年、坂本さんと共作したとき、お互いの音楽のことも話したりしていたので、僕のやりたいこともわかってくれるんじゃないかと思って。絵に関しては、日本かもしれないし海外かもしれない、時間もいつ頃かわからないような風景がいいと思いました。ただ、電波塔とパラボラアンテナは入れて欲しかったんです。その電波塔から発信される電波を受信したようなアルバムになるといいな、と思ったので」。

 ちなみにアーティスト写真でVIDEOTAPEMUSICの背後にそびえているのは米軍の通信施設の廃墟で、そこにも巨大なパラボラアンテナがふたつ並んでいる。かつて、そこから発せられた電波も『ON THE AIR』のなかに漂っているのかもしれない。感覚の周波数を合わせてみれば、そこから未知の世界が聴こえて/見えてくるはずだ。

『ON THE AIR』に関与したアーティストの関連作品を一部紹介。