(C)2017ARCHES FILMS – CURIOSA FILMS – MOANA FILMS – PATHE PRODUCTION – FRANCE 2 CINEMA – AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA

幻の楽曲“レクイエム”を生んだ〈よそ者〉たちの物語

 今年2月に行われたベルリン国際映画祭でオープニング上映された「永遠のジャンゴ」。ジャンゴとはもちろん、ジャンゴ・ラインハルト(1910~1953)のこと。ジプシー(ロマ)の旅芸人を両親に持つ彼は、ジャズとジプシー音楽を融合させた〈ジプシー・ジャズ(マヌーシュ・スイング)〉の創始者として、そしてそれまで伴奏楽器でしかなかったギターをソロ楽器として使い、その可能性を広げた革新的ギタリストとして知られている。ジプシー音楽独特の憂いを含んだメロディを華麗なテクニックで感情豊かに表現した彼の音楽は、本国フランスから世界中を魅了し、その影響はジャズギタリストはもちろん、B.B.キングをはじめとしてブルースやロックの世界にまで及んでいる。

 本作はジャンゴの生涯に基づいた物語だが、あまり語られることのない第二次世界大戦中の数年間に絞り、ジプシーに対する迫害のなかで苦悩する彼の姿を描いている。

 1943年、ナチス・ドイツ軍占領下にあるパリ。当時すでにミュージシャンとして全盛期を迎え、聴衆を熱狂させていたジャンゴに、ベルリン公演の話が持ち上がる。しかし、それはドイツにおいては、プロパガンダとしての利用以外に何の意味も持たない。ジャンゴの愛人ルイーズ(彼女は実在しない架空の人物で、マン・レイの愛人だったリー・ミラーをモチーフにしている)はそのことと、ドイツでジプシーの迫害が行われていることを彼に教え、パリを離れレマン湖畔の街トノン=レ=バンを経由してスイスへと逃亡することを提案する。それに従い一家でトノンへと移動するジャンゴ。しかし待てど暮らせどスイスへ渡る準備は整わず、彼の目の前ではナチスによるジプシーへの迫害がエスカレートしていく……。

 本作のなかで印象に残ったのは、ジャンゴによる〈よそ者〉という言葉。最初はドイツ公演の危険を説こうとするルイーズに対し「よそ者の戦争さ。ジプシーは戦争しない」。そして「俺はミュージシャンだから、演奏するだけさ」と意に介さない。しかしトノンでは、レジスタンスが傷ついた英国人兵士をスイスに逃がすため、ナチスの晩餐会で演奏して彼らの目を引きつけておいてくれと頼まれ、「よそ者め」と吐き捨てるようにつぶやくのだ。そこにはジプシーたちへの圧力が自分の身にも及び、スイスへも行けないのに後から来る人間の協力をしなければならない苛立ちがあった。このふたつの〈よそ者〉という言葉のニュアンスは明らかに違い、ジャンゴのなかで政治的な問題に対する意識が目覚めたことをシンプルに表現している。このあたりの彼の変化を描くことは、監督のエチエンヌ・コマールにとっても大きなテーマだったという。ちなみに〈ジャンゴ〉とはジプシーの言葉で〈目覚める〉という意味だ。

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 ところで、ここでの〈よそ者〉という感覚は、どういうものなのだろうか。遠く北インドから中東やトルコを経由し、ヨーロッパまで何世紀にもわたり移動生活を続けてきたジプシー。ヨーロッパの人々にとっては自分たちの土地にやってきた〈よそ者〉にほかならないだろう。トノンで次第に追い詰められていく彼らの姿は、絶えず差別や迫害を受けてきた歴史をギュッと凝縮させたかのようだ。しかし、当のジプシーたちにとっても同胞以外は皆「よそ者」。自分と異なる者を〈よそ者〉と認識してしまうことが現在でも世界各地でさまざまな問題を起こしていることを否応なしに考えさせられる。

 その反面、ジプシーがトルコのベリーダンスやスペインのフラメンコなどさまざまな音楽や舞踏の誕生に関わってきたのをはじめ(その系譜のなかに当然ジャンゴも入るべきだろう)、アメリカの黒人音楽やユダヤのクレズマーなど、新しい芸術を作ってきたのは、往々にして「よそ者」として虐げられてきた人たちだというのも興味深い。

 さて、ここでは枚数が足りないが、本作を観た人は、アーティストとしてのジャンゴを愛するミステリアスな女性ルイーズの存在についても気になるはず。また純粋にジャンゴの音楽を楽しみたい、というファンの期待も裏切らない。“マイナー・スイング”や“雲”をはじめ、全編にわたって繰り広げられるジャンゴ作品のレコーディングを担当したのはストーケロ・ローゼンバーグ率いるトリオ。現代最高のジプシー・スイングの担い手であるローゼンバーグのギターはまさにジャンゴが乗り移ったかのようで、心のひだにそっと触れてくるような、細かい音の隅々にまで行き届いたテクニックが感動的だ。

 そして、最後に演奏されるのが“レクイエム”。これはジャンゴが戦時中に犠牲になったジプシーたちのために作ったが、実は一部の楽譜しか残されていない幻の楽曲。その再現にトライしたのはニック・ケイヴの音楽パートナーとして知られるウォーレン・エリスだ。ジャンゴと“レクイエム”。なかなかイメージはつながりにくいが、はたしてどのような曲になったのかは、本作を観てのお楽しみ、としておこう。

映画「永遠のジャンゴ」
監督/脚本:エチエンヌ・コマール「チャップリンからの贈り物」「大統領の料理人」脚本
音楽:ローゼンバーグ・トリオ/ウォーレン・エリス
出演:レダ・カテブ「ゼロ・ダーク・サーティ」「預言者」/セシル・ドゥ・フランス「少年と自転車」「ヒア アフター」
配給:ブロードメディア・スタジオ(2017年 フランス 117分)
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◎11/25(土) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開