COLUMN

愛知県芸術劇場 ミニセレ2017〈加藤訓子×平山素子『DOPE』〉 スティーヴ・ライヒの初期代表作「ドラミング」に挑む ―ひとつ/ひとりが照らす光

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  • 2017.12.12
加藤訓子(C)michiyuki ohba

 

スティーヴ・ライヒの初期代表作「ドラミング」に2人の女性アーティストが挑む
ひとつ/ひとりが照らす光

□DOPEって何だろう?

 さまざまな連想がはたらく。麻薬? ドーピング? たしかにそうだ。いかがわしい意味がありそうだ。ところが、これ、ヒップホップだととても肯定的なニュアンスになる。すげえ。カッコいい。最高。この列島でなら〈やばい〉みたいなもので、おなじことばが時が経ち場所が変わると、ニュアンスが正反対になったりする。じゃ、このDOPE、どっちなんだろ。いや、その両方がいっぺんにある、とおもったほうがいい。

スティーヴ・ライヒ(C)Wonge Bergmann

□スティーヴ・ライヒ《ドラミング》の演奏とダンス。

 いや、すでにあるだろう。すこし前、ベルギーのダンス・カンパニー〈ローザス〉がみごとなステージをみせてくれた。そうした作品がすでにあるのは充分承知のうえでのパフォーマンス、それが『DOPE』だ。

□復習しておこう。まず、音楽から。

《ドラミング》は、パーカッション・アンサンブルのための作品だ。ライヒ自身の代表作であり、また、いわゆる〈ミニマル・ミュージック〉の最初期の金字塔でもある。作曲されたのは半世紀ちかく前、1970年代のはじめ。

 演奏には最低でも9人はいる。音を重ねたり、演奏をつづけることの困難さを勘案して、10人以上であることがほとんどだ。単純に必要とされる音を発するためだけではなく、先にも記したように、1人が発音し、もう1人が発音する。1人の音をべつの人が〈聴き〉、そのうえで、自分の音を発する。加える。それによって、ただ物理的に音がならべられるのではなく、時間の持続のなかでの、音楽としてのつながり、ひとまとまりのリズムが、フレーズが生まれる。ふつうに、ひとりの演奏家がリズムなりメロディなりを奏でるのは楽だ。それを何人かで分割するからややこしい。先の音を聴き、自分の音を発し、つぎの音へとつなげてゆかなくてはならない。物理的に音があるだけでなく、人が認識できる音楽にすること。演奏家どうしのコミュニケーションが《ドラミング》のベースにはある。

 今回の演奏は加藤訓子。すでにライヒの代表作〈カウンターポイント全四作品〉を『kuniko plays reich』としてプリ=レコーディングされたみずからの演奏と〈共演〉するライヴを各地でおこない、高評価を得ている。加藤訓子は、たとえばライヒのあらかじめ録音していた演奏とその場での演奏を重ねるという例を参照し、踏まえながら、初期のアンサンブル大作にアプローチするのだ。それは、アンサンブル作品が複数の演奏家のコミュニケーションによって成立するのとはべつのレヴェル、言い換えれば、べつのフェーズで、ライヒ作品を演奏する。それは他者やコミュニケーションが俎上にあげられていた20世紀後半のパラダイムではなく、自己(とその音・音楽)の多数化、自己(とその音・音楽)の他者化がクローズアップされる。そこにはコンピュータ・テクノロジー、視聴覚メディアの発展があり、また楽譜にあるものが、時代の変化とともに、独り歩きし始める、演奏=解釈者によって新たな光をあてられる、そのさまがここにある。加藤訓子は「この方法だからこそ、今まで見えなかったフレーズや音一つ一つの色彩が随所に現れ、隠されていた曲の構造が浮き上がり、それを常にライヴで表現することができる。そこに驚きと新鮮さ、喜びを感じています」とも。

平山素子(C)Tamaki Yoshida

□そしてダンス。

 アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが振りつけた《ドラミング》は、かなりの人数を必要とする作品だった。《ドラミング》のなかに浮かびあがってくる音の粒、音たちの紡ぐ線、たちあがる三次元に対応するほどの人数が。その多数性・多様性を、平山素子がたったひとつの、ひとりの身体で踊る。からだはひとつなので、同時並行的に複数の身体がステージに現前するわけではない。それを敢えてひとつ/ひとりにすることに対し、期待と好奇心、怖いもの見たさのないまぜになったおもいを抱くはずだ。おもしろいのは、自身に振付を行うにあたり、その検証作業のために、元ネザーランド・ダンスシアター1の小㞍健太に一度振付を行ったものを、再度自身に振付し直すという試みを行っているところ。あらわれてくるのはひとつの身体ではあるが、動きには複数の身体が介在していることを、意識するかしないか。それによってみえてくるものは異なってくるだろう。

 音楽家が1人、ダンサーが1人。たった2人のステージ。ここにあるのは、もしかすると、《ドラミング》という作品のもっている、作曲家自身やローザスがなしえなかった、ほんとうの意味での〈ミニマル〉な、最小限な試み、なのかもしれない。ミニマルをミニマル化する試み。それを〈DOPE〉と呼べるか否か、確かめるのは誰か。

 


LIVE INFORMATION

愛知県芸術劇場 ミニセレ2017|加藤訓子×平山素子『DOPE』
○1/26(金) 開演19:00(開場18:30)
○1/27(土) 開演14:00(開場13:30)
○1/28(日) 開演14:00(開場13:30)
会場:愛知県芸術劇場小ホール
出演:加藤訓子(パーカッション)、平山素子(ダンス)

 

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