INTERVIEW

上野耕平『BREATH -J.S.Bach×Kohei Ueno-』 若きサクソフォン奏者がJ.S.バッハと向き合い、実感してできた注目の3作目

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  • 2017.12.19
上野耕平『BREATH -J.S.Bach×Kohei Ueno-』 若きサクソフォン奏者がJ.S.バッハと向き合い、実感してできた注目の3作目

バッハが生きていた時代にもあったドイツの聖ペーターパウル教会で、バッハが聴いていたであろう響きを実感できたからこそできたレコーディング

 クラシック系の若手サクソフォン奏者として近年最も熱い注目を集めてきた上野耕平。東京藝大在学中に数々の受賞を重ねた後、2014年にソロ・アルバム『アドルフに告ぐ』でレコード・デビューし、16年には2作目『Listen to…』を発表。また今夏には、自身がソプラノを担当するザ・レヴ・サクソフォン・カルテットのCD『デビューコンサート』もリリースされた。テレビやラジオなどメディアにも度々登場しつつ、若いファンを急速に増やしている。

上野耕平 BREATH -J.S.Bach×Kohei Ueno- コロムビア(2017)

 『アドルフに告ぐ』ではアルフレッド・リードやポール・クレストン、吉松隆など近現代の作品を演奏し、『Listen to…』ではビゼーやドヴォルザーク、ガーシュイン、エンニオ・モリコーネといった人気作曲家たちのポップな作品を独自に解釈してみせた上野だが、今回リリースする3作目『BREATH -J.S.Bach × Kohei Ueno』では、タイトルどおり、大バッハの作品に真正面から挑んだ。選ばれたのは、《無伴奏チェロ組曲第1番ト長調》(使用楽器はバリトン)、《無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調》(同ソプラノ)、そして《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調》(同アルト)の3曲。

 「去年《無伴奏フルート・パルティータ》をコンサートで初めて演奏した時、かなりの手応えを感じ、いつかバッハ作品だけでアルバムを作りたいと思った。やりようによってはサックスならではの面白さというか、サックスのために書かれたと思わせることができるくらいの演奏ができるかもしれないなと」

 今回の3曲中、リスナーを最も驚かせるのは間違いなく《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ》だ。なにしろ原曲は和音だらけだし、楽器(アルト・サックス)の限界を超えるような超高音も要求される。といった技術面だけでなく、表現力の点からも、とにかくとびっきりの難曲なのだ。実際、録音前一カ月ほどの練習で「やっぱり無理だ、やめようと何度も思った」と語る。

 そうした上野の不安がにわかに自信へと変化していったのは、今回の録音場所である南ドイツ・メッシンゲンの小さな教会に来てからだった。

 「石造りの礼拝堂の中で《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ》 の冒頭曲《アルマンド》を吹いた瞬間、きっとできるという確信にも似た気持ちがこみ上げてきた。それは、おそらくバッハが聴いていたであろう響きと同じ響きを実感できたからであり、その響きを通して、サックスで演奏するバッハの曲のイメージを初めて自分の中でちゃんとつかめたからだと思う」

 礼拝堂が生み出すナチュラル・リヴァーブの神聖な響き、そしてそこに宿る音楽の神が、上野にインスピレイションと光明をもたらしたのである。

 3日間にわたる録音は、しかし困難の連続だった。教会内の寒さのため楽器の音程が定まらず、蝋燭の火で楽器周辺の空気を温めたり、定期的に鳴る教会の鐘を止めてもらったり、裏の墓地でおこなわれた葬儀のため作業を中断したりと、予想外のトラブルが続発。こうしたイレギュラーな環境の中、上野は根気強く演奏を続け、見事に録音を完遂したわけだが、最大の難関 《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ》を2日がかりで録り終えた瞬間には、同行取材していた私も含めスタッフ全員が思わず立ち上がり、拍手で上野を讃えた。

 この強烈な緊張と不安と向き合いながらの録音は、演奏家としての上野を一回り大きくしたはずだ。

 「《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ》以外の2曲は、普段やっている現代曲に比べたら、演奏が特に難しいわけではない。だからこそ、どう表現するのかが本当に問われる作曲家だと、改めて思った。曲の素晴らしさを演奏でぶち壊してしまう可能性もあるし」

 一見ただのエチュードのように音符が美しく配置された楽譜の背後にあるとてつもない深さ、複雑さと対峙して、シンプルな音をどう表現してゆくかが問われる、それが大バッハの音楽である。

 「その通りです。そういう点も含め、今回の録音を終えて、自分にはできないことはないと感じたし、更に、サックスという楽器は何でも演奏できる、表現できる楽器だなとも思った。演奏家のとりくみ次第で、この楽器にはまだまだいろんな可能性がある」

 ちなみに、今後共演してみたい演奏家は?との問いには間髪置かず、モルドヴァの女性ヴァイオリニスト、パトリシア・コパチンスカヤの名が返ってきた。そう遠からず、二人の共演はきっと実現すると思う。

 


LIVE INFORMATION

The Rev Saxophone Quartet +1
○2018/2/4(日)14:15開場/15:00開演
会場:早島町町民総合会館「ゆるびの舎」文化ホール
出演:ザ・レヴ・サクソフォン・クヮルテット:上野耕平(s-sax)宮越悠貴(a-sax)都築惇(t-sax)田中奏一朗(br-sax)山中惇史(p)
【曲目】
ビゼー作曲 山中惇史編曲「カルメン・ファンタジーfor サクソフォン」(サクソフォンとピアノ版)
ガーシュウィン作曲 山中惇史編曲「パリのアメリカ人」(サクソフォン四重奏とピアノ版) 他
uenokohei.com/concert/

 


TOWER RECORDS INFORMATION

『BREATH -J.S.Bach×Kohei Ueno- 』発売記念ミニLIVE & サイン会
○2018/1/14(日)タワーレコード渋谷店 7F 15:00開演

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