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アントニオ・サンチェス 『Bad Hombre』 激動のアメリカ、フラストレーションや怒り ―儀式のように創作された実験的ソロ作

Photo(C)JustinBettman

 

かつてない実験的なソロ・プロジェクト

 悪い奴、悪漢。暗闇にボウと浮かび、こちらを睨み付ける鋭い眼光、圧巻。遠い記憶の中で鳴らされた様な、陽気なマリアッチミュージック(祖父による歌唱だという)に切り込む様に刻まれるビート。不穏に乱れ舞うエレクトロニクス、何か鬱憤を晴らすかの様に矢継ぎ早に打ち鳴らされるは宛ら怨念のゼロセットか。やがてノイズに塗り潰され、まさに悪漢の所業を思わせる。

 2015年、アカデミー3部門を勝ち取ったアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督による「バードマン」。そのサウンドトラックを担ったのがこの剛腕、アントニオ・サンチェスだ。映像に合わせドラムを文字通り〈奏で〉〈作曲〉していく様は映画ファンのみならず世界中の音楽好きを唸らせ、その名はジャズリスナー以外にも広く知られることとなった。そのメキシコ出身のドラマーの最も知られた側面が、15年に及ぶパット・メセニーの片腕としての仕事。力強さとしなやかさを備えた類稀なる技術は当代随一、メセニーのキャリアでもライル・メイズに次ぐ共演歴を考えればその信頼の厚さが覗える。他にもゲイリー・バートンやエンリコ・ピエラヌンツィなど、ファースト・コール・ドラマーとして確固たる地位を築く一方自身のリーダーユニット、マイグレーションもコンスタントに傑作を発表してきた。

ANTONIO SANCHEZ Bad Hombre CAM Jazz(2017)

 今回はそのバンドではなく、電子音など全て彼の手による完全なるソロ作。ツアーやレコーディングの合間に一人録り貯めたモノローグ。それはちょうど彼と祖国との間に壁を作らんとする大統領を生み出した、あの選挙の最中でもあり、アイデンティティに大きく関わる事態だった。不安や怒りが彼を駆り立て、全編を覆う不穏なムードは雄弁に物語る。ドラムのソロ作品は数あれど、ここまでコンセプチュアルかつ表現力豊かに一つの作品に仕立てられたものはそうそうない。それだけの演奏能力と作曲センスと、そして強く動機づけられた意志が彼にはあるのだ。

 

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