辛い過去を捨て、いざユートピアへ。眼前に広がるのは色鮮やかな花々。フルートの調べが、温かい電子音が、鳥のさえずりが、彼女の再出発を祝福する!

天国をめざして

 〈地獄のあとは天国に行きましょう!〉──それが2015年の前作『Vulnicura』を完成させた時に、ビョークがアルカへ投げかけた提案だった。つまり『Vulnicura』は地獄で、歓喜とフリーダムと希望とハーモニーに満ち溢れた今回のニュー・アルバム『Utopia』が天国。2枚の作品の鮮烈なコントラストをこれほど簡潔に言い当てている言葉はない。そもそもアルバムごとに明確なコンセプトを打ち出す彼女の場合、ふたつと似た作品は生まれないのだが、『Vulnicura』でひとつのエクストリームを極めただけに、反動も大きかったのだろう。ならばそれは、どういうエクストリームだったのか? ご存知の通り、10年以上も生活を共にしたパートナー、マシュー・バーニーとの関係が破綻したことからすべては始まった。ビョークは別離に至るまでの過程を克明に記録。ストリングスとエレクトロニック・ビートと声だけで疑念や絶望感が渦巻く心の内を描出して、かつてなく無防備に自分をさらけ出し、我々に衝撃を与えたものだ。

BJÖRK 『Utopia』 One Little Indian/HOSTESS(2017)

 それだけに、『Vulnicura』のレコーディングには少なからぬ精神的な負担を伴ったことは想像に難くないのだが、ひとつ大きな収穫もあった。ほかならぬアルカである。長年彼女のファンだったアルカからの〈コラボしたい〉というオファーをきっかけに、ふたりが出会い、意気投合したのは2014年秋。当時ビョークはすでに『Vulnicura』へ向けた曲作りをほぼ終えていたため、同作ではごく一部のプロダクションをアルカに依頼するに留まった。しかし「こんなに強いコネクションを感じた人はそう何人もいない」と彼女が明言するほど固い絆を築き上げた両者は、次のアルバムを仕上げるため新たな曲作りに着手したという。そう、天国をめざして。

 「『Vulnicura』は凄くヘヴィーなアルバムだったわ。深い悲しみって硬化したエモーションよね。石みたいで動かすことができないし、最終的にはあそこに収められた曲に恐れを抱くほどになってしまったから、対極にある音楽を作ってバランスを取るのは全然難しいことじゃなかった。〈さあ、今度は自由なのよ! 花火を打ち上げよう! そうだ、ユートピアよ!〉って。でもそのユートピアはまだ見つかっていないの。だからこれはユートピアを探し出すプロセスのドキュメントね。エモーショナルなドキュメントであり、音楽的なドキュメントであり、スピリチュアルなドキュメントであり、そしてポリティカルなドキュメントでもあるわ」。

 アルカとの関係も変わった。本作では対等なコラボレーターとして共同プロデュースにあたり、曲作りにも彼が深く関与。ビョークは「デュエット・アルバム」と言い切り、随所で聴こえる鳥の鳴き声も、彼女の故郷アイスランドとアルカの故郷ベネズエラでのフィールド・レコーディングを使うというこだわりようだ。

 「一緒に曲を作ってオタクになりきっているミュージシャンたちの姿を、じっくり受け止めてもらえたら嬉しいわ(笑)。今回は純粋に音楽を作ることの喜びを噛み締めたかった。ふたつの魂、ふたりの人間がひとつに結ばれるプロセスの記録手段としての音楽、コラボレーション・ツールとしての音楽の偉大さを満喫したかったの」。