INTERVIEW

ビョーク『Utopia』ハートブレイクを乗り越え、ユートピアをめざして歩きはじめた彼女が現在の心境を語る

  • Share on Tumblr
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 2017.12.27
ビョーク『Utopia』ハートブレイクを乗り越え、ユートピアをめざして歩きはじめた彼女が現在の心境を語る

辛い過去を捨て、いざユートピアへ。眼前に広がるのは色鮮やかな花々。フルートの調べが、温かい電子音が、鳥のさえずりが、彼女の再出発を祝福する!

天国をめざして

 〈地獄のあとは天国に行きましょう!〉──それが2015年の前作『Vulnicura』を完成させた時に、ビョークがアルカへ投げかけた提案だった。つまり『Vulnicura』は地獄で、歓喜とフリーダムと希望とハーモニーに満ち溢れた今回のニュー・アルバム『Utopia』が天国。2枚の作品の鮮烈なコントラストをこれほど簡潔に言い当てている言葉はない。そもそもアルバムごとに明確なコンセプトを打ち出す彼女の場合、ふたつと似た作品は生まれないのだが、『Vulnicura』でひとつのエクストリームを極めただけに、反動も大きかったのだろう。ならばそれは、どういうエクストリームだったのか? ご存知の通り、10年以上も生活を共にしたパートナー、マシュー・バーニーとの関係が破綻したことからすべては始まった。ビョークは別離に至るまでの過程を克明に記録。ストリングスとエレクトロニック・ビートと声だけで疑念や絶望感が渦巻く心の内を描出して、かつてなく無防備に自分をさらけ出し、我々に衝撃を与えたものだ。

BJORK Utopia One Little Indian/HOSTESS(2017)

 それだけに、『Vulnicura』のレコーディングには少なからぬ精神的な負担を伴ったことは想像に難くないのだが、ひとつ大きな収穫もあった。ほかならぬアルカである。長年彼女のファンだったアルカからの〈コラボしたい〉というオファーをきっかけに、ふたりが出会い、意気投合したのは2014年秋。当時ビョークはすでに『Vulnicura』へ向けた曲作りをほぼ終えていたため、同作ではごく一部のプロダクションをアルカに依頼するに留まった。しかし「こんなに強いコネクションを感じた人はそう何人もいない」と彼女が明言するほど固い絆を築き上げた両者は、次のアルバムを仕上げるため新たな曲作りに着手したという。そう、天国をめざして。

 「『Vulnicura』は凄くヘヴィーなアルバムだったわ。深い悲しみって硬化したエモーションよね。石みたいで動かすことができないし、最終的にはあそこに収められた曲に恐れを抱くほどになってしまったから、対極にある音楽を作ってバランスを取るのは全然難しいことじゃなかった。〈さあ、今度は自由なのよ! 花火を打ち上げよう! そうだ、ユートピアよ!〉って。でもそのユートピアはまだ見つかっていないの。だからこれはユートピアを探し出すプロセスのドキュメントね。エモーショナルなドキュメントであり、音楽的なドキュメントであり、スピリチュアルなドキュメントであり、そしてポリティカルなドキュメントでもあるわ」。

 アルカとの関係も変わった。本作では対等なコラボレーターとして共同プロデュースにあたり、曲作りにも彼が深く関与。ビョークは「デュエット・アルバム」と言い切り、随所で聴こえる鳥の鳴き声も、彼女の故郷アイスランドとアルカの故郷ベネズエラでのフィールド・レコーディングを使うというこだわりようだ。

 「一緒に曲を作ってオタクになりきっているミュージシャンたちの姿を、じっくり受け止めてもらえたら嬉しいわ(笑)。今回は純粋に音楽を作ることの喜びを噛み締めたかった。ふたつの魂、ふたりの人間がひとつに結ばれるプロセスの記録手段としての音楽、コラボレーション・ツールとしての音楽の偉大さを満喫したかったの」。

 

楽観主義や喜びは存在し得る

 実際、ふたりの革新的なエレクトロニック職人が、各々のエキセントリシティーと美意識を全開にしたサウンドスケープは圧巻だ。構成要素としてはエレクトロニック・サウンド、鳥の鳴き声、クワイアの歌声に加えて、ハープやチェロなども聴こえるが、自由の象徴として選ばれた重要な楽器はフルート。ビョークが人生最初に学んだ楽器であり、本作ではアイスランドの女性アンサンブルが演奏している。

 「船に乗ってとある島へ向かう情景を私は想像していたわ。そこには裸の女性たちがいて、不思議な植物の宝庫で、いままでに見たことのない花々が咲いていて、〈そんな島で鳴っているのはどんな音楽だろう?〉と考えてみた。それは、半分は遠い昔の音楽、半分はSF的であるべきだと思ったの。それに『Vulnicura』の時の私は、ハートブレイクを体験した全女性の悲しみを無意識のうちに受け止めていたから(笑)、メロディーが固定されていたんだけど、今回はそういう状態から自分を解放したかった。楽観主義や喜びが存在し得るのだと信じたかったのよ。そしてこの島に行けば何か新しいものが芽吹いて、ぐんぐん育って、色とりどりの植物に囲まれるのだと信じたかった。アポカリプスのあとに豊穣の時代が到来する……みたいな感じね(笑)」。

 アポカリプスというと大袈裟に聞こえるかもしれないが、本作においては〈世界の終わり〉というよりも〈ひとつの時代の終焉〉と捉えるべきだろう。環境破壊や性差別について近年積極的に発言している彼女は、行き詰まった社会のシステムをリセットしようとも提言している。

 「もはや機能しなくなっている父権制的なヒエラルキーに対し、自分の抵抗感を表そうとしたの。そういう成り立ちの世界は機能不全に陥っているから、解決策を探しているのよ。そんななかでトランプ大統領は、絶滅しつつある恐竜の最後の生き残りみたいなものじゃないかしら。遅ればせながら、いま世界全体が20世紀のグランド・フィナーレと向き合っているような感じね」。

 もちろんその提言のマナーはあくまでもビョーク流。説教臭いメッセージ・アルバムにはなっていない。先行シングル“The Gate”で〈私の胸の傷は癒えてひとつの入り口へと変わり、そこから私は愛を受け取り、愛を与える〉と歌ってモード・チェンジを宣言した彼女は、“Arisen My Senses”や“Blissing Me”で久しぶりに愛に浸り、“Body Memory”で自分の肉体に刻まれた記憶や本能の偉大さを説き、“Claimstaker”では自然との絆を確認。マシューとの親権争いを題材にしたと思われる“Sue Me”は父権制社会の負の面に目を向け、“Saint”は音楽を女性性の聖人になぞらえて賛え、“Tabula Rasa”では〈世界を可能な限り浄化して次の世代に引き継ごう〉と訴える。「この年になると自分のことだけを考えているわけにはいかないのよね」とビョークは言う。

 「自分が身を置くコミュニティーや国、ひいては世界全体の動きに自分を寄り添わせないと変化は訪れないって、私はここへきて悟ったの。となると社会的な意識が強まるし、一種のヴァイブレーションを与えたいという欲求も抱くものなのよ」。

 闇から光、悲しみから歓喜、静から動、そして内から外へ。一気に視野が開けて、もう一方のエクストリームに振り切れた彼女の壮大なヴィジョンは、感性と知性を刺激するのみならず、思考の糧にもなることだろう。

 

『Utopia』に参加したアーティストの作品。

 

ビョークのアルバム。

 

次ページビョークと同じく、ハートブレイクを乗り越えて新たな〈ユートピア〉を見つけたそれぞれのドキュメント
関連アーティスト
読者アンケート